160 / 214
第七章
160
しおりを挟むアドラーは、慎重に場所を選ぶ。
一方的に戦場を選べるのだ、万全を期すれば負けるはずがない、のだが。
「毒は駄目だよ、毒はー。私でも万能薬は作れないぞ?」
「ごめんなさい、まだ未熟で……」
マレフィカとリューリアでは、事前に毒抵抗を付与するといった芸当は出来ない。
「ロゴスの爺さんでも居ればなあ。いや、そんな事を言っては駄目だな。即効性の毒を食らっても三時間は動けて、三日は死なないようにならない?」
ライデンの盾の異名を持つ、”シロナの祝祭”の団長ロゴス。
この熟練の冒険者なら毒無効すらも可能にするが、いないものは仕方がない。
アドラーの要望を聞いたリューリアは、当然のように怒った。
「もう! また一人で危ないことばっかり! なんで何時も……!」
「リューリア、リューリア」
アドラーは、かわいい妹分を二度呼んだ。
逃げる様子もないので、そっと頭に手を置く。
難しい年頃のリューリアには、アドラーもとても気を使う。
乙女心は春の風よりも気まぐれで、飛びついて来たかと思えば手を引こうとしただけでも逃げる。
「大丈夫だよ。この二日間、リューが一番頑張ってくれたからね。今度は俺の番だ。少し待てば、イグアサウリオが来る。あいつも回復魔法が使えるから」
大量の怪我人を休みなく治癒し続けているリューリアの魔力も体力も、限界に近づいていた。
アドラーが毒に倒れても、手当てする余力がないことが一層彼女を苛つかせる。
「なんで!? 外の人に頼むの!?」
団のヒーラーとして自覚と自信が芽生えて来た彼女にとって、アドラーが知らない人を頼るのは嫌だった。
「ごめんよ、リュー。そういうつもりでは無いんだ」
アドラーは、全面的に任せて貰えないことがリューリアの怒りの原因だと分かった。
けれども、奔放な姉とわんぱくな弟に挟まれた次女は、大好きな団長を困らせるつもりはない。
「うー……ごめんなさい……わがまま言うつもりはないの。ねえ、そのイグアサウリオって人、わたしよりも治癒魔法が上手いの?」
「そうだなあ、あっちの方がちょっと上かな」
アドラーはかなり控えめに答えた。
「ふーん、なら何か習う事もあるかもね。来るの、楽しみにしてるわ!」
リューリアは、強引に機嫌を直してくれた。
「それに作戦もあるからね。マレフィカ?」
「はいはい、お任せあれー」
マレフィカが連絡球を渡す。
上空を飛ぶマレフィカとの連絡用。
魔法技術の進んだ南の大陸メガラニカでも、六白年前に現れた連絡球は時代を押し進めた最も偉大な発明品の一つ。
軍隊や冒険者が使用するだけでなく、収穫した穀物を何処へ運ぶべきか即座に分かる魔法道具は、大陸の人口を四倍増させた。
どれだけ食料があっても、行き渡らなけれな意味がない。
基本術式はオープンソースだが、核術式は今も最初期の物から変わっていない。
余りに高度過ぎて誰も手を入れる事が出来ず、開発者すら不明……であったが、マレフィカとアドラーは誰が作ったのかつい最近知った。
「いけるかい?」
「もちろん。ゲルテンバルグの本に詳しくあった。これで私は大陸一の魔女に近づいてしまったぞー」
不死の大魔導師、今はリッチとなったゲルテンバルグが連絡球の生みの親だった。
それを知ったアドラーは、不死の王を消滅させなかった事を、心から神に感謝するほどだった。
完全に準備を整えて、アドラーと三十人のドワーフはシャーン人を待ち受ける。
ディエンの集落から更に奥、断崖と谷に挟まれた細い道が続く先の広場を戦場に選んだ。
アドラーより更に1キロほど奥には、ダルタスとミュスレアが別のドワーフ族を引き連れて待機。
上空にはマレフィカが飛び、ブランカだけが崖の木の上でのんびりと待つ。
「来たぞ」と短いメッセージが、マレフィカからアドラーへと送られる。
闇と森に隠れたシャーン人は、空からは一切見えないが、奴らがサイアミーズの駐屯地や相互に連絡を取る度にマレフィカには分かるのだ。
連絡球の核術式を知ったマレフィカは、送信時の微量な魔力を探知する魔法道具を作っていた。
「来ると分かった夜襲か。悪いが、うちの魔女が一枚上手なんでね」
アドラーは、三十人のドワーフに強化魔法をかけ、自らも腰の剣を確かめる。
道に沿って二十人、崖上の森から二十人が、アドラーただ一人を狙って襲いかかろうとした瞬間、シャーン人は声以外の連絡を絶たれた――。
――ドラクロワ上将に呼び出されたシャーン人は、派遣された四十人の全てで一人の男を殺せと命じられた。
それは簡単な命令であった。
どれほど優れた戦士であろうと、死を厭わぬ四十人の暗殺集団に狙われて助かる術はない。
また夜の森も彼らにとっては、庭に等しい。
優れた感覚を持つシャーン人にとって、見知らぬ大陸と言えども不自由はない。
目標に向けて進みながら、連絡球を使って細かく本陣に情報を送り、また四つに別けた部隊も静かに連絡を取り合う。
待ち伏せされていると、族長の娘であるファエリル・ヴィコーニアは気付いたが、同時に襲いかかれれば問題ないと判断した。
闇夜に紛れ声も出さずに連携が取れる、四十人のシャーン人に敵うはずがないのだ。
そして、四方からの攻撃タイミングを合わせる為に、最後の連絡をしようとした時、全ての連絡球が通信を拒否した。
「ひひひ、悪いね。製作者権限ってやつだ。まあ私が作った物じゃないけどなー」
ほうきに乗った魔女が、夜空で意地悪く笑った。
最初から通信手段がなければ、動揺も無かった。
だが突如として通信を失った部隊は、立ち直るまで時間がかかり……アドラーが見逃すはずもない。
「六!」
斬り込んだアドラーは、一瞬で十人の内の過半数を片付け、距離を取った四人は無視して次の隊へ向かう。
シャーン人の族長の娘ファエリルは、大声を出して叫んだ。
「総掛かりだ! ひるまずに討ち取れ!」
この一声で、森からも二十人が飛び出るが、作戦の成功には繋がらなかった。
ただし、彼女の命は救った。
「指揮官!」と判断したアドラーが、本能的にファエリルを狙ったが、声が女のものであったのと、黒い覆面から飛び出た長い耳に気付いて気絶させるだけにした。
刀の柄でファエリルの腹を突いたアドラーに向けて、小さな弩を使った毒矢が飛ぶ。
同時に九本、半分は叩き落として数本は避けたが、太ももに一本だけ刺さる。
「痛っ!」
叫んだアドラーは、すぐに小瓶を取り出して飲む。
毒の種類は分からないので、効くかもしれないと言うマレフィカの解毒薬。
「不味い!」
アドラーは、解毒薬の味の恨みをシャーン人にぶつける。
人数が増えた敵は、何とかしてアドラーを囲もうとしていた。
上空のマレフィカは着々と指示を出す。
ミュスレア達には前進を、ブランカには「ぶっ放せ」と伝えたが、意外な返事が帰ってきた。
「ねえ、変なトカゲがそっちに向かってるけど?」
「うん?」
マレフィカは、今日の昼に見た顔を上空から確認した。
「う、嘘だろ……こんなに早く来るとは」
「通して良いよ。団長の知り合いだ」とブランカに伝え、それから数分後、竜のブレスが道を破壊した。
アドラーは何本かの毒針や毒矢を受けていた。
体が重くなるが、まだ動く。
マレフィカの薬のお陰か、強力な防御のお陰か、まだ致命傷ではない。
三十人のドワーフは、盾を使ってアドラーを守ろうとして、数人が毒で動けなくなった。
「あと少しで、後ろからマレフィカとダルタス達が来る」と、アドラーは確信していたが、意外にも最初の援軍は前から来た。
「アドラー、きさま! 本当に生きていたか!!」
大柄なリザード族が、長い金属製の杖を振り回しながら乱入してきた。
「どけいっ!」
アドラクティア大陸で最強のプリーストが振り回す祈りの杖が、二人同時にシャーン人をなぎ倒す。
「イグアサウリオか、相変わらずだな。それにしても早かったな」
「報せを聞いてそのまま走って来たわい! 黙って消えた貴様を殴る為になっ!」
大柄なリザードは遠慮なく、常人なら即死の拳をアドラーへと繰り出した。
「おっと、とっと」
かろうじて避けたアドラーの足がもつれる。
「ん? なんだアドラー、お前弱くなったなあ」
「違うわ! 毒だ、毒。いいから治せ」
「ふん、相変わらず脆弱なヒト族めが」
リザード族の毒耐性は、二足種族でもずば抜けて高い。
「お前らと一緒にするな。早くしろ」
イグアサウリオは、昔を思い出して嬉しそうに笑ったてから、杖の一振りでアドラーの受けた毒を全て中和した。
「ついでに、毒など無効にしてやったぞ。感謝しろ」
リザード族のプリーストが恩着せがましく言った。
「あっちのドワーフ達も頼む」
アドラーは、イグアサウリオを見ずに頼んだ。
シャーン人の退路は絶たれた。
もう毒も効かない。
四十人の暗殺部隊は、あとは全滅を待つのみになった……。
0
あなたにおすすめの小説
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜
みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。
…しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた!
「元気に育ってねぇクロウ」
(…クロウ…ってまさか!?)
そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム
「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ
そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが
「クロウ•チューリア」だ
ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う
運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる
"バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う
「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と!
その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ
剣ぺろと言う「バグ技」は
"剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ
この物語は
剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語
(自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!)
しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる