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第七章
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しおりを挟む敵軍は山に迫られた盆地に陣取り、アドラーは南から見下ろす山の裏側に陣取る。
お互いの姿はまったく見えないが、直線距離では五キロから七キロ程。
軍事的な基準で言えば、目と鼻の先である。
アドラー達は、夏の高原にいると言って良い。
「むさ苦しい髭のドワーフに、戦いに興奮するリザード、この男達の群れでなければ天国なのに」
自分で呼んでおいて、アドラーはそんな事を考えたりもする。
そして今の問題は、嫌がるキャルルに夏の高原野菜を食べさせる事だった。
キャルルが恨めしそうな目つきでアドラーを見る。
「食べなさい。そのトマトは栄養もあるし、せっかく採ってきてくれたんだ」
キャルルは今度は助けを求めてミュスレアを見た。
「アドラーの言うとおりよ。食べ物は少ないの、好き嫌いはだめよ」
末の弟は、こんな時に次女が一番厳しいのを知っている。
リューリアを素通りしてダルタスに聞いた。
「ダルタス、食べる? あげるよ」
「そうもいかん。戦場の食事というのは全員がきちんと食べねば意味がない」
「くそっ、マレフィカー?」
「赤くて酸っぱくて美味しいじゃない。是非とも鍋でぐつぐつ煮込みたいわー」
魔女は血のように赤いトマトを気に入っていた。
この夏野菜は、アドラクティア大陸特産である。
「舌が子供だな。太陽の味がしてうまいのに」
ブランカが勝ち誇る。
アドラーは、食い物を心配していた。
一気に五千人にまで増え、大砲造りは捗ったが飢えては台無しだ。
しかし、この年のこの山間部は、野草や果実に加え、山芋や獣まで大豊作だった。
「山がこれほどの恵みをくれるなど始めてですじゃ!」
二百年は生きるドワーフ族の長老も驚くほど。
程よく雨が降り太陽は照り、精霊が活発になった山は生命力に満ち溢れる。
原因は、アドラーの隣でトマトを丸かじりする竜の少女だったが、当人も含めて誰も知らない。
大陸の守護竜とは、そういう生き物だった。
豊かな恵みを享受する一団が、アドラーの目と鼻の先にもいる。
ドラクロワ上将は、多少の小競り合いはあったが、万事が順調であると判断していた。
上将とは、複数の軍団を束ねたり、政治や戦略的な判断が求められる時に軍団を指揮する。
戦闘部隊のトップである軍団長と、軍隊の司令官である上将は役割も権限も大きく違う。
大国のサイアミーズでも、軍団長に値する人材は五十人以上いるが、上将となると名誉職を除けば十六人しかいない。
ドラクロワは、部下からの報告を受けていた。
「駐屯地の設営工事は、修正計画に従って進めております。冬までには全員分の小屋を用意出来るかと」
「兵站は大きく改善しました。この地域は獲物が豊富で、狩りだけでもしばらくは賄えそうです」
「本日までの損害は、重傷百六十五、死亡四十二。軍団戦力への影響はありません」
ドラクロワは大きく満足する。
敵対勢力や魔物は予想していて大規模な工事が続く中で、損失は最低ラインだった。
「うむ、ご苦労。ところで、狩りはそれほど獲物が取れるのか? 毎日新鮮な肉が食卓にあがるが」
二万近い遠征軍の胃袋を預かる管理官は、嬉しそうに答える。
「それはもう。こちらの鳥や獣は、我が軍の武器を知りませんから、面白いように。兵も良い息抜きになっております」
野生の動物は、安全な距離を知っている。
覚えるといった方が良いが、これまで弓矢しかない大陸に長射程の魔弾杖を持ち込めば、当分は幾らでも狩ることが出来る。
ドラクロワ上将は、北へ伸びる道を整備する傍ら、兵に狩りや周囲の散策を許可した。
何が出るにせよ、踏み込んでみないと分からないとの判断で。
ブランカが帰ってきた大陸は、毎日のように数百羽の鳥と数十匹の獣を与えてくれ、山芋も掘り放題だった。
最後に幕僚が上将に尋ねた。
「そこで南方ですが、この十日間は敵勢力も茶色い髪の男も見ておりません。再度の調査を致しますか?」
ドラクロワはしばらく考える。
三千人の兵と全ての馬、さらに輜重と数百人の護衛部隊、かなりの戦力を北方にいるはずの友軍を探しに向かわせていた。
「今は駄目だな。兵の仇は必ず取るが、優先順位がある。ただし、敵がまだ居るものとして警戒は怠るな。姿を見せないからといって……いや、敵は攻撃の準備をしているものとして備えよ」
ドラクロワは、アドラーのような単独でも戦闘力が高い者共を知っている。
名のある傭兵や、ミケドニア帝国自慢の冒険者には、一部隊に匹敵する戦士がいると。
ただし、どんな猛者でも万の軍隊を相手には何も出来ないと分かってはいたが、本国首脳部が対ミケドニアの防衛線を任せていたドラクロワが油断するはずはなかった。
アドラーは、この十日ほど新兵器の実験に明け暮れていた。
魔弾杖の中心技術は三つ。
内部に彫り込まれた加速魔法、穴の内径に合う弾丸、そして外部から魔力を供給する装置。
他にも細かな工夫は幾つもある。
「弾丸を押し出す時に、負圧で減速しないように空気の吸入口を幾つも開けてる。さて、その穴を塞いで内部に高圧ガスを発生させて初速を与えればどうなるか? マレフィカ、分かるかな?」
アドラーは自信満々で魔女に尋ねた。
魔弾杖の加速は火薬の燃焼ガスには及ばない、だがこの世界では硝石の結晶を見たことがない。
その代わりに、魔法で圧縮した空気を大砲の根本で解放してやる。
「知らんぞ……どうなっても……」
マレフィカが、北の大陸で最初の大砲に魔法を加える。
「うーん、みんな離れようか。危険な予感がする」
アドラーの悪い勘はよく当たる。
魔弾杖は、多段加速式。
このタイプの砲は、地球でも考案された。
遥か百キロ以上も先の都市攻撃を目的として……。
空気の圧力と内部を超高速で移動する鉄球の衝撃に負け、溶かした鉄を固めただけの北の大陸で最初の大砲は、見事に壊れた。
弾はあらぬ方向へと飛んでいくが、軽く二キロは離れた大地にめり込んだ。
「だから言ったのに」
今度はマレフィカが上から目線。
「……これ程の威力は要らないな。山から撃ち下ろすだけだし。うん、実験終了!」
貴重な一門を壊したアドラーの顔色は悪い。
全てがドワーフの手作りで、今は一日に五門がやっとだった。
それでもドワーフ職人の技術は高く、また一日で寝る時間以外は全力で働く。
アドラーとマレフィカとドワーフは、出てきた問題を一つ一つ解決していく。
砲の内部には、蜜蝋を厚く塗って内径を調節することにした。
ドワーフと言えば蜂蜜から作った蜂蜜酒。
養蜂の副産物、薬や料理にも使う蜜蝋は大量にあった。
横に弾がぶれるのは諦めた、むしろ適度に散らばってくれる事を期待する。
前後の調節は、空気の吸入口の数で調節した。
穴を一つ塞げば、それだけで射程は短くなる。
「団長は本当に悪魔だなあ……」
ガラス砲弾の発射実験をしたあと、マレフィカはアドラーだけにそっと言った。
表面張力で引き合う球形のガラスは、割れた瞬間に激しく飛び散る。
誰かでなく、その辺りをまとめて攻撃する事が出来る。
「……獣や種から絞った油では無理だが、もっと簡単に気化する油があれば、中に詰めて攻撃が出来る。ライデン市でも焼き尽くす事が可能だ」
アドラーもマレフィカだけにそっと告げた。
小柄な魔女は、悲しそうな顔で団長を見上げた。
「そんな事を知ってるなんて、アドラーの前世は怖い所だったのか? 今聞いたこと、私は書き残さないよ」
「いやいや、そんなに悪い世界ではなかったよ。やり過ぎてもうすっかり大人しくなってさ、三回目のやらかしがなければ大丈夫!」
「えっ……に、二回はやったのか……?」
今や世界で一番危険な知識を持つ魔女は、ドン引きしていた。
一番の問題は、重い鉄の固まりを山の上部まで運ぶことだった。
運搬から適切な位置と方角に合わせて設置するのに、力自慢のリザード族が十人かかりで丸三日もかかる。
これに加えて砲弾まで運ぶ必要がある。
高空からバスティが撮影した画像がなければ、方角を揃えるのさえ不可能だったが、リザードの英雄イグアサウリオと盟友のアドラーが揃うとあってリザード族の士気は高い。
順調に、見つからないように準備を進める中で、問題が起きた。
「アドラーさん、大変です! 奴らに捕まった者がいます!」
見張りのドワーフが飛び込んできて、恐れていた事が起きたと告げた。
人口密度が低いといっても、小さな集落は幾つかある。
駐屯地に捕らわれた人々が居れば、アドラーには攻撃命令を出せる自信がなかった……。
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