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第七章
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しおりを挟むドラクロワ上将が作り上げた要塞化した駐屯地は、舟のような形をしている。
東側には見下ろす位置を小川が流れているが、要塞内には引き込んでいない。
山間の盆地では増水が怖く、取水口は弱点にもなる。
オークが爆発物を抱えて特攻してくれば、飛び道具で防ぐのは難しい。
西側は、広く森を切り開いて距離と視界を確保していた。
数万から十万の大軍を並べる事が出来る広場だが、舟型要塞の舷側から一望出来る。
つまり、こちら側から攻撃して欲しいのだ。
森林を切り拓いた跡を数百メートル進むと、幅十メートルで深さ半メートルほどの空掘がある。
普通の獣や魔物はこれを見て引き上げる。
次は鉄の杭、先が尖ったものを埋め込んだ幅五メートルほどの障害物帯。
その先は、幅は三メートルだが深さ一メートル半の掘がある。
それを乗り超えても、駐屯地は二メートルの盛り土がなされて柵に囲まれている。
敵が現れても、辿り着くまでに一方的に撃ち下ろすことが可能な堅固な造り。
「さて、行こうか」
アドラーは、夜明けとともに、朝靄の中を西の森から現れた。
「おい、余りくっつくな」
役割があるので、アドラーの口調は荒い。
アドラーに命令されたミュスレアは、目だけで驚いた後で嬉しそうに半歩離れて寄り添う。
「大丈夫かな?」
「危ないわね。お姉ちゃん、上から言われるのに弱かったのかしら……」
森の中では、キャルルとミュスレアが見守っていた。
二人は、団長も姉も危ないことをするのは嫌だったが、一緒に行くと言うなら止めなかった。
この世で一番信頼して尊敬する二人のことだ、上手くやってくれると確信している。
黒い衣装に目と耳を出した覆面を付けたミュスレアが、アドラーに引っ立てられる。
この衣装は、シャーン人のファエリルから取り上げておいたもの。
目の周りと耳を褐色に塗ったミュスレアがダークエルフの振りをする。
もう一人の人質、昨日捕らえた兵士を、ダルタスが担いで付いてくる。
「ここらで良いぞ。とっくに気付かれてるしな」
「うむ」
肩から兵士を下ろしたダルタスは、手枷足枷と目隠しを取ってやり、森へ引き上げる。
「おいお前、戻って良いぞ。仲間に撃つな、話があると伝えろ」
解放された兵士は、両手で仲間に合図を送ってから、早足で駐屯地へ戻っていく。
要塞へ続く道はあるが、折れ曲がって陣地の眼下を並行するように作ってあり、敵が駆け上がってきても横から撃てる。
「よし、俺らも行こうか」
「はい!」
小気味よい返事をしたミュスレアは、後ろ手に縛られているのに何処か嬉しそうでしおらしい。
『こんな感じだったっけ?』と、普段の強気な長女を知るアドラーは不思議に思った。
百五十歩ほどの距離でアドラーは、止まる。
もう攻撃圏内で、盛り土の陣地の上には魔弾杖の筒口がびっしりと並んでいる。
筒先を下に向けても、丸い弾は転がり出たりはしない。
奥まで押し込むと可動式の小さな爪が捕まえて、ロックまで出来る。
常に一発を込めて持ち運べる、これだけで弓を駆逐するに充分な性能。
しかも威力は比較にならない、精度は劣るが数を揃えられる大国にとっては問題にならない。
戦争を変える新兵器を前に、アドラーは述べた。
「アドラクティア大陸、種族連合ヴィエンナ方面軍、独立遊撃隊、隊長のアドラーだ。交渉がしたい」
「サイアミーズ王国、遠征第二軍、総司令官のドラクロワ上将。アドラー閣下か、お初にお目にかかる」
防衛を指揮する大隊長でなく、ドラクロワが直々に顔を見せた。
「こちらこそ、お会いできて光栄です、閣下。早朝の訪問をお許し願いたい」
ドラクロワは、皺一つない軍服に制帽と指揮杖、あごひげまで整えて完璧な将軍の姿。
「会えるのを楽しみにしていた。貴公に見張られながら過ごすのは、いささか寝付きが悪いものでな。まずは、捕虜の返還を感謝する。要望があれば伺おう」
アドラーが最初に切ったのは、兵士の返還。
捕らえておいても持て余すので何の問題もなく、敵将としては誠意を示した敵を無言で攻撃するのは憚られる。
「そちらに捕らわれた有翼族は、非戦闘員だ。子供や幼子もいるだろう、女だけでも解放してくれないか」
徐々に朝日が登り霧が薄くなり、アドラーとドラクロワは互いの顔がはっきり見える。
はっきりと頷いたドラクロワは、幕僚に指示を出す。
亜人種と言えど、女子供の処刑は兵士の心に悪い、有能な上将は元よりそこまでするつもりはない。
「そちらもシャーン人の女を離してくれまいか?」
「まだだ。だが近づこう、敵意のない証だ」
アドラーはさらに三十歩も近づく。
「確実に殺れます」
指揮を取る大隊長が上将に進言した。
百二十歩の距離で三百の兵士が狙いを定めている、どんなに少なくても三十発はアドラー達の体に吸い込まれる。
「まだだ。命令あるまで絶対に撃つな」
ドラクロワは、厳命した。
この遠征軍を成功させて本国へ戻れば、ドラクロワは軍内どころか宮廷での出世も約束される。
官吏経験もある上将なら、王国の宰相への道さえ開ける。
そして……目の前の物知りな男が指揮下に入れば、こちらの大陸で王になることさえ可能。
常には考えぬようにしていた野心が、ドラクロワ上将を襲う。
手元の連絡球を見たアドラーが、口を開いた。
「要塞から外に解放してくれないのか?」
「それは無理だ。翼のある種族を、我等は知らぬ。だが丁重な客人として扱うことを約束しよう」
戦利品だろと、突っ込みたいのをアドラーは我慢した。
「ならば、また進もう。男達の縄も解いて、まとめて安全な所へ送ってくれ」
「ふーむ……良かろう……了解した」
ドラクロワは、幕僚に指示を出す為に振り向いて、多くの事を伝えた。
「攻撃に備えよ。東西両面の見張りを怠るな。翼の者どもは、本国へ送ってしまえ。こっちの動きは筒抜けのようだ」
総司令官のドラクロワが恐れているのは、アドラーでも現地民でもない、バルハルト率いるミケドニア帝国軍だった。
ミケドニアの遠征軍司令に、バルハルト将軍が就任したのは当然知っている。
そして三日前の定時連絡で、およそ二万の軍勢と共に消えたと伝えられた。
帝国の名将に引きられた大軍が、現地民と協力しての襲来、ドラクロワが恐れるのはこれだけだった。
アドラーの遥か上空、魔女が地上を監視していた。
「転移装置のある遺跡の位置はあそこか……。団長へ、全員が地下へと引っ立てられたよ、と」
アドラーは、連絡球を読み取る。
敵の要塞の中は兵士が動き回って騒がしくなり、ドラクロワの横に見知った顔をアドラーは見つけた。
「ミュスレアさん、バレたね」
「はい、バレました。何でも命令してください」
「……ミュスレア、大丈夫?」
「はっ! も、もちろん! こう縛られて乱暴に扱われると、なんだか妙な気分で……」
アドラー達がひそひそと話す間に、ドラクロワは従軍聖職者から報告を受けた。
「あれは、敵のエルフ女です」と。
褐色に塗って体型も似てるファエリルとミュスレアだったが、80歩の距離まで近づけば誤魔化せない。
「シャーン人はどうなった?」
「全滅させたよ。あっけないもんだ」
アドラーは背中にミュスレアを庇いながら答える。
個々の戦闘力では兵士以上のダークエルフ四十人を全滅と聞いて、ドラクロワは決断した。
「この男は、生かしておくには危険過ぎる」と。
「攻撃せよ」とドラクロワが命じると同時に、アドラーは上空のマレフィカに通信を送る。
「攻撃開始」
まず百五十の魔弾杖が一斉に加速弾を撃ち出す。
全員が照準をずらすこともない、精鋭部隊の容赦ない斉射。
「続けて撃て」
大隊長は次の百五十人に命令を出す。
既にアドラーは、ミュスレアに覆いかぶさる格好で倒れていた。
そこに百五十の弾丸が殺到したが、歴戦の大隊長は手応えに疑問を感じる。
「再装填、急げ」
二人は一塊になって倒れて、赤い液体が大量に流れ出していたが、大隊長は再度の斉射準備に入る。
兵士が慣れた動きで筒先から弾丸を入れ、槊杖を使ってカチッと音がするまで押し込む。
あとは狙いを付けて命令を待つばかりとなった……が。
三回目の斉射が始まる前に、要塞へ砲弾が降り注ぐ。
「一番砲台良し、二番は飛びすぎ、三番は短い、四番はそのまま」
各砲台へ、観測員を兼ねたマレフィカとバスティの指示が飛ぶ。
「やれやれ、魔女の仕事じゃないなー」
「そういうにゃ。神さまの役目じゃにゃいけど、二人が死ぬのは嫌だにゃ」
南から南東にかけて、盆地に浮かぶ戦艦のような駐屯地を見下ろし囲んだ各砲台が、全力で砲撃を始めた。
「良い的だ。どんどん弾を持って来い!」
ドワーフ族にとっては、これが復讐戦である。
「なにごとだっ!!?」
「敵襲だ!」
「空からだ!」
「違う、山からだっ! 奴ら、この霧の中でどうやって照準を……!」
ドラクロワは、魔弾杖を大型化した攻城兵器の存在を知っている。
だがその攻撃を受けるなど、夢にも想定していない。
鉄球が跳ねて転がり、兵と建物をなぎ倒す。
恒久的拠点にするために、地面をレンガと木板で覆っていたのが裏目に出た。
柔らかい大地ならば、ここまでの惨状にはならぬ。
「閣下!」
至近に落ちたガラス弾から、幕僚がドラクロワを庇う。
十以上の破片に襲われた幕僚は、首の動脈が切れて即死した。
「伏せろ!」
「いや、盾だ盾を持って来い!」
「穴だ、穴を掘れ! レンガなど引っ剥がせ!」
的確な命令もあるが、精鋭一万の軍勢が混乱する。
このような攻撃を受けたのは、彼らが史上初だった。
ドラクロワ上将は、数少ない木造りの小屋へ何とか逃げ込んだ。
「反撃は?」と聞くも「敵の位置が知れません」とだけ返ってくる。
「駐屯地を捨てては?」との進言があったが、ドラクロワは退けた。
敵の狙いはそれだとの確信があった。
「数が多すぎる……。我が国でも百も配備されてない兵器だぞ! 何故こんなとこにこれ程の数がある!?」
ドラクロワが怒鳴ったが、返事はない。
二百近い大砲は、確実にサイアミーズ軍を壊滅へと追い込んでいた。
そして、数分だけ攻撃が止む。
ドラクロワも幕僚も兵士も、弾切れかと期待した。
小屋に、一人の兵士が飛び込んで来て言った。
「敵襲です!」と。
「何処からだ?」と聞き返した幕僚は息を飲み、そして斬られて死んだ。
トマトまみれの茶色い髪の男が、剣を片手に立っていた。
「ここまでか!」
絶叫したドラクロワは、最後まで勇敢であった。
指揮杖でアドラーに挑もうとしたのだから。
アドラーが小屋に入り込むと同時に、砲撃は再開された。
何時までも命令が来ない兵士達は、負傷した仲間を引きずり、唯一の退路――転移装置のある遺跡――へと殺到し始めた……。
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