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八章
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しおりを挟む太陽と鷲のギルドハウス――元はミュスレア達の家だが――は、援軍の受け入れ準備で大騒ぎだった。
家の外では、オークのダルタスが愛用の斧を使って丸太小屋を作る。
末弟のキャルルと、魔女マレフィカの作ったゴーレムが作業を手伝う。
家の中では、次女のリューリアが長女を飾り付けていた。
妹に流行りの化粧を教わるミュスレアの様子は嬉し恥ずかし。
真剣な妹にミュスレアが尋ねる。
「ねえ、リューリア。ここまで着飾る必要あるの?」
「あるわよ!」と、次女は即座に断言した。
アドラーからは「イグアサウリオと数人を連れて戻る。ご飯の用意をよろしく。今後について大事な話がある」とだけあった。
連絡球――文字メッセージを送れる魔法道具――をじっと眺めた賢い次女は感づいた。
「……やけに曖昧な書き方ね。うちの団長らしくないわ、何か隠してる!」と。
クォーターエルフで団のヒーラー、まだ子供だがもうすぐ大人といった年齢のリューリアは夢見る乙女。
彼女にとって団長のアドラーは、上司で保護者で父親代わりの兄のような存在。
憧れは強いが恋人になるよりも、姉とくっついて義兄になってくれた方が乙女心は弾む。
つまり、ミュスレア以外のアドラーに近づく女は全部敵なのだ。
そして敵の気配を、乙女は鋭く感じ取っていた。
「化粧、派手じゃない?」とミュスレアは妹に聞く。
九年前、十七歳で冒険者ギルドに飛び込み、幼い妹と弟を育てた苦労人のミュスレアは、化粧なんてしたこともない。
「薄いくらいよ? けど大丈夫、お姉ちゃんは元が良いから。わたしの姉だけあって」
姉妹の間の会話なので、次女も遠慮がない。
ミュスレアの稼ぎで一般の学校に通えたリューリアは、女子的な常識を持っている。
自分がどうやら容姿に恵まれていると自覚していた。
美貌を生かす道もあるが、今のリューリアにその考えはない。
癒やしの女神パナシアの加護を貰い、傷つき病める人を癒やすのが天職だと思っている。
ただし、聖職女のように飾らず地味に過ごすつもりはない。
かわいく見せる方法も、学校で習得していた。
今はその腕を姉の為に振るう。
「あーもう、お姉ちゃん朝に髪を梳かさないから……。はい次は服、これを着て」
「えっ? こんなひらひら付いてる服、動き辛い。戦えないわよ」
姉の苦情を無視してリューリアが強引に服を脱がせる。
「あのね、お姉ちゃん。女の戦いには二つあるの、武力の戦いと魅力の戦いよ。これはその戦闘服なの!」
力説する妹の勢いに負けて、ミュスレアは着ているものを脱ぎ捨てた。
肩から足首まで垂れる部分はほとんどない、速さと強さと持久力を鼎立した見事な肢体を見せる。
「はぇーお姉ちゃんの体、綺麗ねえ。腹筋なんて叩くと音がしそう」
妹に褒められたミュスレアが、自慢の力こぶを見せようとして止められた。
「今はそういうの必要ないから」と。
その代わりに、ひらひらで胸元の開いた服を着せられる。
寒い地方に住む白いエルフは長身で細身、森の木々を素早く飛び移れる体格と、獲物の気配を探る長い耳が特徴。
ヒト族とのクォーターであるミュスレアは、耳は短くなったが丸みを帯びた体型になった。
ヒト族の女性用の、胸元が見えるドレスも優雅に着こなせる。
少し羨ましそうにリューリアが言った。
「良いわね、お姉ちゃんは。こういう服も似合って」
姉は驚いた顔を作って返す。
「なに言ってるの、リューはこれからよ。わたしもあなたくらいの時は、男の子みたいだったもの」
「そうだっけ?」」とリューリアは首を傾げたが、斜めになった顔ごとミュスレアが抱きしめる。
両親のいないリューリアとキャルルにとって、長女は母親代わり。
何時も大きくて優しくて柔らかい記憶しかなかった。
準備万端、団長を待ち受ける姉妹の下へ、アドラー達が帰ってきた。
何処で手に入れたか、軍用の高性能馬車を使っての帰還。
「兄ちゃん、おかえり!」とキャルルが馬車に飛び込む勢いで近づく。
ミュスレアとリューリアは、とびきり可愛い格好と笑顔で、アドラーが馬車から出てくるのを待つ。
ほんの数日離れただけだが、半日かけて整え着飾った姉を見れば、アドラーも惚れ直すこと間違いなしとリューリアは確信していた。
そして四頭立ての重厚な馬車の戸が開き、足置きと階段が自動で出た。
かつんと、最初に高い音を立てたのは女物の靴。
森の木漏れ日を避けるように、右手を額の上に掲げた褐色の肌が出てくる。
「だ、誰よ、あんた!?」
まず問い詰めたのはリューリア。
一人くらいは女性が混じってると覚悟はしていたが、同じエルフ族の女、しかもリューリアも見たことがない程のエキゾチックな美女が出てくるとは予想していなかった。
豊かな胸を揺らしながらリヴァンナが階段を下りる。
ほんの数歩の仕草も、リヴァンナは名家名門の出なので、気品がある。
「リヴァンナ」とだけダークエルフは名乗った。
そして続いて出てきたアドラーを指差し、次に自分を指差して、ぽっと頬を染める。
「んなっ!?」
乙女らしからぬ汚い叫び声が出たリューリアを制し、姉が一歩前へ出た。
「ようこそ、リヴァンナさん。昔の、お知り合いだそうで。わたくし、今の、アドラーと一緒に住んでるミュスレアと言います。短い付き合いになると思いますが、お見知りおきを」
ドレスで仁王立ちしたミュスレアが、真正面から睨みつける。
死霊の王リヴァンナは、一瞬声も出さずに驚いたが、半歩も引かずに受けて立つ。
両者の距離がじわりと縮まり、死を呼ぶ間合いに入った。
ゆっくりとした動きで二人の美女は右手を出し、押しつぶさんと握り合う。
二人の握手を見た間抜けな団長が、気の抜けた声を出した。
「やあ、さっそく仲良くなったみたいだね」
その場に居た誰もが、アドラーの正気を疑った瞬間、二人は同時に仕掛けていた。
見た目は変わらずとも中身は激昂していたリヴァンナが、同時に五体のレイスを召喚し敵の魂を凍らせようとする。
腕力に勝るミュスレアは手首の動きだけで相手を崩しながら、絶対障壁でレイスを全て散り飛ばす。
戦女神の力はアンデッドごときに負けはしない。
誰も見ていない数瞬の間に、二人の美人エルフは凡人なら五回は殺せる攻撃をしていた。
「あれ? なんだ、殺気か?」
アドラーが気付いた時には、二人は互いの実力を悟っていた――このままでは二人とも死ぬ、と。
「なかなかやるじゃない」とミュスレア。
リヴァンナも「貴女もね」と返す。
ほんの少し互いを認めあったところで再戦する。
「今はこれくらいにしといてあげる。アドラーの、大事なお客様だから」
ただの客人だとミュスレアは言い張った。
「わたし、現地妻は認めるつもりなの。わたしの隊長の力は独占して良いものではないから」
珍しく長い台詞でリヴァンナは応戦した。
森の小動物が気絶するほどの殺気が渦巻く空間から、まずダルタスとマレフィカが逃げた。
馴染みのイグアサウリオを誘い、酒でも飲もうと三人で消えた。
ギルドの守り猫、冒険の女神バスティが怯えた瞳で呟いた。
「これほど恐ろしいキャットファイトは、見たことないにゃ……」と。
不穏な空気におろおろするだけのアドラーは、きつい眼差しでリヴァンナを見るリューリアに尋ねた。
「ど、どうしたのかな、ミュスレア。いつも誰とでも仲良く出来るのに、何か機嫌悪くなること、あった?」
リューリアは心から尊敬し慕う団長をひと睨みすると、遠慮なく脛を蹴ってから言った。
「お兄ちゃん!? もう、ほんとに馬鹿ね!」
この後、小康状態のまま夕食に雪崩込む。
まだ誰も決定的でないと知り、女性陣は矛を収めたのだった。
それから、満場一致で有翼族の救出に向かうと決まった。
これには何の異論も出ず、アドラーの下で一丸となると皆が誓った。
本当の戦いは、さらにその後なのだ。
そしてキャルルは、北の大陸から来た『男の子』と遊んでいた。
ブランカとどっちが強いか言い争う所に、参戦していったのだ。
「魔法はなしな!」とキャルルが提案し、「良いだろ、相手してやるよ!」とバシウムが受けた。
バシウムは超絶技巧の魔法使いだが、素早さにも定評がある。
軽い体と翼を上手く使い、相手がエルフでも捕まらない自信があった。
だが数々の冒険に参加したキャルルは、有翼族の少年をあっさり捕まえて押し倒す。
「へへっ、どうだ? 参ったか?」
「ば、ばかっ、俺の変なとこ触るなよ!」
下からのびんたを食らったキャルルは、右の手のひらに感じる柔らかい膨らみに気付く。
「お、お前、女だったのか……?」
「男だなんて一度も言ってないだろ! 早く降りろ!」
二人のやり取りを見ていたブランカは爆笑していた。
旧い仲間と新しい仲間、アドラーの下にはかつてない人材が集結していた。
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