悪役令息に転生したビッチは戦場の天使と呼ばれています。

赤牙

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番外編:忘却の病④

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 先王が眠りにつき、役目を終えた俺とノルンは離宮に用意された部屋へ戻る。
 先王の世話も明日で終わりだ。それ以降は、魔獣の活動が活発になる時期にはいるためしばらく王宮には来れないだろう。
 ベッドに腰掛け先王やジェス王子と過ごした日々を思い返す。
 大切な人を思い探し続ける人と、目の前にいる大切な人に気づいてもらえないもどかしさ。
 色々と考えていると、ノルンが隣に座りポツリと呟く。

「……大切な人に忘れられるということは、とても辛いことですね」

 ノルンの一言に、もしもノルンが俺を忘れて……なんて、考えると辛すぎてたまらない。
 横に腰掛けていたノルンの脇腹に突進するように抱きつくと、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
 
「アンジェロ様、今日は一段とお元気ですね」
「元気じゃありませんよ。これからのことを考えると僕は心配なんです。歳をとり病で大切な人との記憶を無くした先には一体何があるのだろうかと。幸せよりも絶望が待っているのではないかと思うと、片時もノルンさんから離れたくありません」

 俺の言葉にノルンは笑みを深めさらに強く抱き締めてくれる。

「私は何があっても決してアンジェロ様のことを忘れませんよ。常に一緒にいるのですから、どこにいても、何をしていてもアンジェロ様との思い出だらけです」
「僕だってノルンさんと過ごした日々はどれもこれも忘れられない大切な思い出です」
「そうですね。お酒に酔っていたアンジェロ様が寂しいからトイレに一緒に行こうと誘われて、手を繋いだままお小水をすませた時のことも大切な思い出ですね」
「それは消えてもいいやつです!」

 思い出したくない恥ずかしい記憶。あの時は、ヘラヘラしながら「ノルンさ~ん」なんて激甘えしちゃって、しまいにはおしっここぼして泣いて着替えるという黒歴史中の黒歴史。
 記憶の底の底のドン底まで沈めておきたいやつだ。
 話題を逸らすようにノルンを押し倒して「早く寝ますよ」と急かすと、ノルンはおかしそうに笑った。
 不貞腐れたままノルンを抱きしめて、黒歴史の記憶を消す方法についての魔法はないものかと考えを巡らせながら眠りについた。

 次の日、先王に別れを告げた後、ジェス王子の書斎へ招かれる。
 王子は俺とノルンを見るなり「気持ちが変わり、このままここで先王に仕える気はないか?」と問いかけてくる。

「やはりアンジェロ殿がいてくださる時が、お祖父様が一番明るく元気に過ごせている。もし、仕えてくれるというのならば私が後ろ盾になり守ることを誓う。もちろん、東の前線への兵士や治癒士の派遣に武器や食料の輸出も今まで以上にサポートしよう。給料の面もアンジェロ殿の納得いく額を準備しよう」
「ジェス王子、お話はとても嬉しいのですが僕の気持ちは変わりません。前線の治癒士アンジェロとして、この国の民を、大切な人々を守ることが使命なのです」

 まっすぐそう答えると、王子は深いため息をついて残念そうな笑顔を浮かべる。

「アンジェロ殿のような人にこそ、お祖父様のそばにいてくれると幸せになっていただけると思うのだがな……。まぁ、今は諦めるとしよう。今は、だ」

 そう言って不敵な笑みを浮かべるジェス王子。
 王子がそばにいることが先王にとっては一番の幸せだろうと思うが、存在を忘れられた王子にそう言っても苦笑いされるだけだろう。
 
 帰る支度を済ませ滞在していた部屋を出るとジェス王子が見送りにきてくれる。
 王子にそんなことをしなくていいと断りをいれるが、気にするなと言われ馬車が待つ場所まで一緒に向かう。
 途中、中庭を通り先王との思い出話をジェス王子が話し始めた時、目深くフードを被った者たちが前を塞いだ。
 ジェス王子の護衛たちとノルンは、一瞬で俺たちの前へ。不穏な空気に包まれたと同時に、立ち塞がった者たちが剣先をこちらに向けた。
 剣がぶつかりあう音が響き緊張が走る。
 敵は王子めがけて攻撃を仕掛けていく。狙いはジェス王子のようだ。
 
「アンジェロ殿は私の後ろに」

 ジェス王子は腰に下げていた剣を抜くと、声を上げ敵の方へ。普通の王子なら大人しく守られるのだろうが、過酷な前線で死線を潜り抜けてきただけあって、護衛兵とノルンとともに敵を薙ぎ倒していく。
 ジェス王子たちが優勢だが、途中から駆けつけてきた衛兵の一人が敵の攻撃を受けて倒れてしまう。
 俺は急いで傷を負った衛兵のもとへ。

「大丈夫ですか!?」

 衛兵はうめきながら腕を押さえている。腕をみると深い傷を負っていた。血も多く流れている。
 
「すぐに治療します」

 手を傷にかざし治癒魔法をかけると、ゆっくりと塞がり血も止まる。
 一安心し衛兵に、もう大丈夫だと声をかけようと振り向くと衛兵が俺に血まみれの手を向ける。
 驚き目を見開くと、衛兵はニタリと笑みをこぼし口を開く。
 
「消えろ、『アンジェロ・ベルシュタイン』」

 目の前で強い光が放たれ衛兵の言葉が脳の奥まで入り込み、ジリッと焼けるような痛みが走る。
 後ろでノルンの叫び声が聞こえたが、それを最後に俺の意識はプツリと消えた。
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