悪役令息に転生したビッチは戦場の天使と呼ばれています。

赤牙

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新章:

番外編:消えたアンジェロ ④

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 ノルンを拒否したあの日から、ノルンは俺の三歩後ろを黙ってついてくるだけになった。
 今までは、何をするにも鬱陶しいくらいに声をかけてきたのに、俺が声をかけるまで常に無言。
 空気は重く、一緒にいるのが辛く感じてしまう。
 皆が俺にアンジェロを求め、アンジェロでない俺に対して冷たい視線をむけるなか、先王クラークと過ごす時間が今では一番の癒しになっている。
 ノルンがいると気が散るので先王の部屋の前に待たせ、部屋の中に入ると聞きなれない女性の声が聞こえてくる。
 先王は椅子に腰掛け、仏頂面のまま相手の話を聞いている。

「陛下……いえ、お父様。どうか、もう一度あの子とお話を」

 すがるような女性の声。
 訪ねるタイミングを間違ったかと思い引きかえそう後ずさりした時、物音を立ててしまう。
 先王クラークと視線が合うと「オリビア」と呼び止められる。
 名を呼ばれたら無視などできない。
 立ち止まると女性と目が合った。女性は俺を見て表情を硬くするが、すぐに柔らかな笑顔を向けてきた。

「アンジェロ様、息子がお世話になっております」
「え、あ……こちら、こそお世話になっています」

 息子が世話になっていると言われて、ジェス王子を思い出す。先王の部屋に入れるのは王家の身内のものくらいだ。つまり、この人は王子の母親……つまり、王妃か!
 慌てて頭を下げると、王妃はクラークのそばから離れ、俺のもとへ。
 気品溢れる香りをまとった美魔女が目の前で笑みを浮かべる。
 さすが王妃。
 歳をとってはいるが美しく品がある。

「お父様の治療にいらしたのですか?」
「そう、ですね」

 ノルンと一緒にいるのが気まずくて暇つぶしにきたなんて言えずそう答えると、王妃は笑みを深める。
 
「アンジェロ様は、どのような時であっても生粋の治癒師なのですね。陛下、それではまたお顔を拝見に参ります」

 王妃はそう言うと部屋を去っていく。 
 先王は眉間に皺を寄せ渋い顔をしていたが俺と二人きりになると、いつもの柔らかな表情に戻る。

「よく来たなオリビア。さぁ、座りなさい」
 
 先王に促され椅子に腰掛けると、昔話が始まる。いつものように話を聞いていると、先王が心配した顔で声をかけてくる。

「オリビア、どうしたんだ? 浮かない顔をして」
「え、いつもと変わりありませんよ」 
「嘘をつくな。私には分かっているぞ。さぁ、何があった。話してみなさい」

 先王はいつになく優しい顔で話しかけてくる。
 自分の不安に気付いてもらえたことが嬉しくて、思わず本音がポロリとこぼれた。

「どうしたら、本当の自分を見てもらえるんでしょうか」
「本当の、自分か……」
 
 しばらく無言が続き、先王は思い出すように語り始める。

「嫁いできたばかりのフィオナも同じようなことを言っていたな。政略結婚でやってきた自分は、この国に受け入れられていない。自信を無くしたフィオナは悩み自分が何者なのか分からないと泣いていた。そんな時に、オリビアが言った言葉を覚えているかな?」
「い、いえ……」

 先王はニコリと微笑み俺の手を握りしめる。

「まずは自分が何者なのか、何を成し得るためにいるのか考えてみなさい。己が進むべき道の先には、大切な何かがあるはずだ。それを守るために自分たちは逃げずに戦い続けている。その姿を見て、配下の者たちは私たちが何者なのかを理解し、本当の姿を見てくれるようになるのではないのか。決して簡単な事ではないが、努力した先には明るい未来が待っているのだと。あの時キミがフィオナに伝えた言葉に私は心から感動したよ。だから大丈夫だ、そのままでいい。本当のキミを見ている者は必ずいる」

 目尻に深い皺を刻み先王が微笑みかけてくれる。亡き王妃に向けられた言葉なのだと分かってはいるが、先王の言葉が胸に響いた。

 その日は、先王に慰められ元気づけられながら一日が終わり、先王の部屋から出る頃には日も暮れていた。
 部屋から出ると、すぐにノルンがそばにやってきてニコリと微笑み頭を下げ、俺の視界に入らないように後ろにつく。
 先王に愚痴って慰められている間、ずっと頭に浮かんでいたのはノルンのことだった。
 冷静に考えてみれば、恋人であるアンジェロの体に入り込んだ訳のわからない奴の世話を文句一つ言わず真面目にやってくれていた。
 もしも逆の立場だったら、ノルンと同じような優しさを持って接していられるだろうか。
 そう考えると、アンジェロと比べられた位で拒絶するなど失礼なのは俺の方でないかと思い罪悪感が大きくなっていた。
 こういう場合は、あとになればなるほど関係を修復しづらくなる。ノルンは今の俺にとって一番身近にいてくれる大切な味方だ。
 本当に嫌われてしまう前に、謝って仲直りをしておかなければならない。
 ノルンにどう謝るか考えを巡らせていると部屋の前にたどり着く。ノルンが頭を下げこの場から去ろうとしたため慌てて話しかける。

「あ、あの、ノルンさん」
「— —! はい、なんでしょうか」

 声をかけられただけでノルンはパッと顔を輝かせる。

「少しお話をしたいのですが」
「喜んで!」

 ずっとクールな印象だったノルンが、俺の言葉にくいぎみにへ返事をして思わず笑ってしまう。
 部屋の中に招き入れ、俺は頭を下げる。

「ノルンさん、今まで失礼な態度をとってしまい申し訳ありません」
「— —!? トーマ様、顔をあげて下さい。トーマ様は何も悪くありません」
「いえ、俺は優しくしてくれているノルンさんに対して近づくなとか、話しかけるなとか失礼なことばかり言って……」
「それは、私のいたらなさが招いてしまった結果です。トーマ様にそのような言葉を吐かせてしまった責任は私にあります」
「いや、それは違……」
「いえ、私のせいなのです。今思えば、トーマ様の近くに私がいること自体がご迷惑になっているのではないかと感じています。ですが……どうか、このまま私にトーマ様を守る役目を」

 ノルンの必死な思いがひしひしと伝わってくる。そんな姿を見せられて断る奴などいない。

「もちろんです。こんな自分ですが、これからもどうぞよろしくお願いします」

 微笑みかけるとノルンは嬉しそうに目を細め、遅くなってしまった夕食の準備をはじめる。
 それから仲直りの晩餐をいただき、慌ただしい一日が終わった。
 布団に入るとちょうど月明かりが入り込んでくる。その月明かりに左手にはめている指輪が光る。
 月のあかりにそっと指輪をかざすと、指輪の色が月のあかりと混じりノルンの瞳の色になる。キラキラと輝く美しい光に思わず見惚れてしまう。

「明日、ノルンに教えてやろーっと」

 口元を緩ませながら手を月明かりに何度も重ね、手のひらで包み込み胸元で腕を組み、眠りについた。
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