やさぐれモードの私はもふもふ旦那様を溺愛中

ろいず

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1章 

年末年始3

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 氷の熊から落ちた包丁を拾い上げると、少し冷たかったけど、暫くすると冷たさは無くなり、刃も柄の部分も氷の様な色と材質っぽいのに、氷という訳では無いようで、溶けたりはしない。

「まぁ、包丁欲しかったし……使える物は使おう!」

 いつもナイフで料理してて少し不便だったのと、この生活では使える物は使うに限る! なのである。
貰える物も貰おう! と、考えはたくましくなった気がする。

「他に熊は居ないよね?」
「ワフッ!」
「ゲキョキョー」
「よし、帰ろう! 二人共怪我してない? 怪我してたら染みる薬付けちゃうからね」
「クウー?」
「ゲキョ」

 興奮してたから、頬や体が熱いだけかと思ったけど、紳士さんのくれたケープは防寒性が良いものらしくて、小屋に着いてからケープを脱いで、部屋の中の寒さにブルッと震えることになって気付いた。
紳士さんはやっぱり『まだ見ぬ君』さんの事を大事にしたいみたいで、良いものを贈ったのだろう。

「愛だなぁ……」

 私の中の紳士さんの株が上がった。
元々、私の中の紳士さんの株は高かったけど、この寒さの中をケープだけで遮断できるのは素晴らしい物だと思う。
こういう細やかな気遣いは女性に人気が出そうだ。

「それはそうと、ゲッちゃん、久しぶりにシャッキリ起きてるね?」
「ゲキョ、ゲキョ」

 ゲッちゃんがテーブルの上にトントンと軽く音を立てて、ジャンプしながら移動を繰り返す。
デンちゃんは私のリュックサックに鼻を突っ込もうとして、フンフン鼻息を荒くしている。
ジャーキーの残りを狙っている様だ。

「仕方ないなぁ。お正月だし、このまま暖炉に火を点けて、お日様が昇るまで起きちゃおうか」
「ワフ?」

 コテンとデンちゃんが首を傾げて、リュックサックにお手をする。
仕方がない。お手をされたらあげるしかない。
ジャーキーをデンちゃんにあげて、竈の火をロウソクに移して暖炉に火を入れ、私達はこのまま朝日が昇るまで過ごすことにした。

 興奮して眠気が飛んだのもあるし、また何か来てもいい様に暖炉の前でデンちゃんをソファ代わりにして三人で固まって朝が明けるのを待った。


***********

 巨大カタパルトから放たれた矢についたフックが、空を舞い地面に勢いよく刺さる。
アイシクルセイレーンの動きを少しは足止め出来てはいるものの、獣人達にとって耳は大事な情報を得る為の武器のような物、それがアイシクルセイレーンの声が響き渡る度に、集中力や動作が遅れる。

 キャアアアァァァァァ!!!!

再びアイシクルセイレーンの声が轟き、耳を潰そうとまでしようとする仲間を止める為にまた陣形が崩れ、怪我人も増えてきた。
この巨大魔獣の討伐の後も、帰路に帰り着く間に討伐をこなしつつ、帰らなくてはならない。
これ以上、部下を失うわけにはいかない。
死んではいないが、重傷者がかなり出てしまっている。

「イクシオン、どうする? 撤退するか?」
「撤退……か。兄上に何を言われるやらだが、兄上一人の小言より、部下達の家族に泣かれる方が辛いからな」

 兄には自分一人がチクチク言われるだけでいいが、部下の家族の元へ、死体で部下を帰す事は出来ない。
最初から兄が魔獣の情報を出していれば、対策も講じられたが、あの兄が素直に言う訳は無いだろう。

「せめて他の国の奴等が大型魔獣を倒してくれれば、消えてくれるんだがな」
「オレ達以外の国の奴等は、どうせオレ達が倒すまでは防衛だけで時間稼ぎしているぐらいだ。期待するだけ、無駄だろうな」

 年末年始の間に出る大型魔獣は幾つかの場所で同時に現れ、一体でも倒せば連鎖反応の様に他の大型魔獣も倒れる。
どういう関連があるのかは謎ではあるが、一番厄介な魔獣は常にヴインダム王国に依頼される。
他の所でも出現している大型魔獣を食い止めているのは、獣人の傭兵や冒険者の雇われ達なので、実質、獣人が一番活躍する時でもある。

「オレ達が撤退すれば、コイツはどうなるんだろうな?」
「さあ? 今まで倒さずに終わった事は無かったからな……今回のは、他の国も手伝うべき案件を、国王が握りつぶしたんだろうな」
「お前、そんな事を喋って大丈夫か?」
「ハッ、ここで死ぬかもしれないのに? 気にしてられるか! 腹の中のもんをぶちまけて文句の一つでも言わないと、死んで恨み言をブツブツ言うのだけは御免だって事だよ」

 ガリュウが「だろ?」と肩をすくめてみせて、イクシオンも「だなぁ」と眉を下げて笑う。
くつくつと二人が笑い、お互いに腹はくくった。

「部下達を死なせるわけにもいかないからな」
「撤退させている間は、お互い死ねないな」

 アオオオォォーン……
イクシオンの遠吠えに、ガリュウが「撤退だ! 敵は気にするな!」と叫び、部下達が撤退を開始すると、イクシオンと共に、アイシクルセイレーンに向かい、魔法を放つ。

「お前、魔力残量は?」
「余りない。元々、魔法なんて目くらまし程度だからな」
「そうか。こいつが討伐出来ていれば、兄上からお前に魔法の武器を褒美にやれたんだがな」
「ハッ、墓に褒美を入れられても嬉しくもない」

 まぁ、あの兄が大人しく渡すとは思えないが……
兄の家臣ではあるが、ガリュウは裏表のない性格をしていて王と言うならば、ガリュウの方が相応しいと思っている。
兄よりも自分よりも。

 ブツンと音がして、アイシクルセイレーンの動きを止めていたワイヤー入りの縄が地面から引き抜かれ、アイシクルセイレーンが二人に襲い掛かる。

「危ないっ!」

 突き飛ばしたガリュウが大きく目を開け、目が合う。
似合わない面をするんじゃないと、口元を少しだけ上げる。

「イクシオン!?」
 
 自分の体にアイシクルセイレーンの歯が食い込んでいくのを感じて、「ここまでか」と思う。

 思えば、自分の人生は大人の都合で振り回されて、散々だったな。

 獅子族の父は獅子族の側室に子を産ませ、元々ヴインダム国の狼族の王女だった母を后にしつつも蔑ろにし、挙句、母は父以外の男の子を産み落とした。それが自分であり、兄に嫌われている所以ゆえんである。
 正当なウインダム国の王家の血でいうならば、兄よりも自分の方が王位継承権はあるが、母は不義の子を産み落とした事で立場が無く、既に亡くなっている。

 兄が自分を恐れているのは、元々王家に使えていた家臣達や国民の心を掴むほどの能力が兄には無い。その為に、王家の正当性を担ぎ上げられた時、立場が無いのは兄の方だからだ。

 そしてガリュウは兄の家臣であり、従弟にあたる男でもある。
兄を王座から引きずり落して、ガリュウを王座に据えてやろうかとも、たまに思う。
自分には部下達との、のんびりとした暮らしがあればそれでいい。 
まぁ、甥にあたる十五歳になる王子に王座を渡してもいいとも思う、兄と違って分別のある子ではある。
甥の為にもガリュウは甥の家臣になって、彼を導いてやればいい。
オレの所に、お前程の優秀な部下は要らないんだ。

「お前、逃げろ、よ? 部下を、頼んだ……」

 カハッと、口から血が出ると心細くなってくる。
この心細さは、『まだ見ぬ君』を想う時に切なくなる胸の痛さに似てる……ああ、そうだな。
最期に一目でいいから、あの子がどんな姿をしているのかぐらい見たい心残りの胸の痛さだな。
あの子の声は、可愛かった……あの声で名前を呼ばれたかった。

「イクシオン!! このっ、バカが! 置いていけるかよ!」

 お前の声じゃなくて、あの子の声が良かったが、まぁ、これもいいか……そう思った時、世界を白い光が包み、これは大型魔獣が倒された時に放たれる光りだと気付く。
アイシクルセイレーンの動きが止まり、ピキピキと氷にヒビが入る様に音がすると、砕け散った。
誰かが、討伐を完了させたのか……これなら、安心だ。

 カランッとアイシクルセイレーンが砕けた後で、氷で出来た小さなナイフの様な物が落ちる。
可愛らしい熊のマークが入った鞘だった。
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