黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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9章

神官と王族

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 温泉大陸が落ち着きを取り戻し、日常に戻り始めた。
温泉街では『踊り子』がミシリマーフ国の元・神官テルトワイト・ジスに相変わらずべったりと張り付いて、歩く姿は花魁道中の様だ。

 息子のイルマールがポカーンと口を開けて目を見開いて、油の切れかけた人形の様にギギギと首を動かし、従者のエスタークとダリドアを見れば、エスタークも驚いた表情をしていたが、直ぐにイルマールの目を両手で塞ぐ。
ダリドアは目を上に逸らしてそ知らぬふりを決め込む。

「主は見ちゃいけません。子供には毒です」
「いやいや、父上・・・えー?父上が???えー!!!」

 イルマールの混乱した声が上がり、テルトワイトがその声に気付くと優し気な笑みでイルマールを呼ぶ。

「イル。おかえり無事に帰って来たようですね」
「ただいま戻りました・・・えと、ち、父上!あの、その人達は?」
「ミシリマーフ国から追われていた時にお世話になった方々ですよ」
「そ、そうですかー・・・」
 ギギギギと、回れ右をしてぎこちなく逃げようとしたイルマールとエスタークをダリドアが止める。

「主、エスターク、逃げるな。悪い人達ではない」
「離せ!ダリドア!」
「いや、悪いもくそも無いからな!」
 『踊り子』を前にイルマールを逃がそうとするエスタークと『踊り子』の魅了に掛かってたまるかと逃げようとするイルマールを見て、テルトワイトがクスクス笑う。

「皆さん、すいませんが息子と話があるので、後程お誘いください」
「「はぁーい。またねぇーテルトワイト様」」
 『踊り子』達が笑いながらテルトワイトから離れ、温泉街を華を振りまく様にしゃなりしゃなりと歩き始める。

 テルトワイトがいつも通りの優しい笑みを向けてイルマール達と共に4人で借りている貸家へ入ると、出ていく前と変わらず簡素な室内に男4人で小さなテーブルに向かい合う。

「さて、ミシリマーフ国から無事に帰って来たという事は上手くいったのかな?」
 サラッとした長い金髪が揺れてサファイア色の瞳がイルマール達を見つめる。
自分の父親ながら絵になる姿に『踊り子』が夢中になるのも仕方が無いとイルマールはため息を吐く。

「はい。王と妹姫を捕らえ、ジャガールが王になりました」
「そうですか。ジャガールも腹をくくりましたか」
 テルトワイトが目を細めて物言いたげなイルマールに微笑む。
エスタークがお茶を淹れてテーブルに置くと、テルトワイトの言葉を待つ。

「ジャガールの事が聞きたい・・・と、言う感じでしょうか?」
「ええ。父上、ジャガールは自分の事をジス家だと言っていました!あの男は何なのですか?!」
 エスタークとダリドアもうんうんと頷いてテルトワイトを見る。

「王家の分家はジス家にあたるのですが、これは王家に何かあった時に神官の家系のジス家が代わりに国を導く様にという金竜エデン様に言われた事です。しかし王家の争いごとに巻き込まれない様に、ジス家は王家の血筋が出てしまった子供をリンデル家の者として育てていました。矢面に立つのはジス家、ジス家に何かあってもリンデル家の王族の血を濃く持つ者が無事ならば良しという感じで代々守って来たのですよ」
 
「どうやって王家の血が濃く出ていると分かるのですか?」
 イルマールの言葉にテルトワイトは自分の頭の上の丸く白い耳を指さす。
「ジャガールには耳も尻尾も無い!」
「獣人ではない事が王家の血か!」
 エスタークとダリドアが「わかった!」と言わんばかりに声を弾ませると、テルトワイトが笑って頷く。

「正解です。ジス家は白虎族の獣人家系ですが、王家の血が濃く出ると獣人ではない子が生まれます。それがジャガール。私の弟であり、イルの叔父になります」
「でも父上、ジャガールはドラゴン信仰を毛嫌いしていたじゃありませんか?!」
 動揺しながらイルマールがジャガールが自分の叔父とは認められずに矛盾を探そうとテルトワイトに困惑した顔をすると、テルトワイトが苦笑いする。

「それは生まれて直ぐに余所の子にされた原因がドラゴンの言葉によってなされた事ならドラゴンが嫌いになるでしょうからね。すっかり捻くれた子に育ちましたが、ジャガールは誰よりも国の事を憂いていたのできっと良い国を作ってくれるはずですよ」
「まぁ、確かにそう言われると・・・ドラゴンが嫌いになりますよね」
「あれは捻くれ過ぎともいうが」
「まさに態度の悪い感じだった」
 エスタークとダリドアがジャガールの捻た態度を思い出し首を左右に振って苦笑いする。

「王家さえ何ともなければ、ジャガールも平穏な人生を歩めたのですが、今の王家の王はどうしようもなく悪政でしたから、ジャガールも苦渋の決断をしなければならなかったんです。たまに神殿に来ていたのは私に泣き言を言いに来ていたからですよ」
 くすくす笑いながらテルトワイトが「弟って可愛いですよね」と、お茶を飲みながら、ふぅと息を吐く。
3人が「あのオッサン可愛いか?」という様な事を目線で会話して首を振る。

「父上、おれ達はこれからどうしますか?国に帰りますか?」
「我らは主に従う」
「我らは主が居る所が帰る場所だ」

「そうですねぇ・・・。金竜エデン様の声ももう聞こえませんし、神官としての仕事は終わってしまいましたから、私はこの島のボギー・ボブ医師の所で治療師として働くことにしましたし、イル達も私の事は気にせずに好きに生きていいんですよ?国に戻るも良し、冒険に行くも良しですよ?イルは世界を冒険して周りたいと小さな頃から言っていましたし」
 ニコニコとテルトワイトが自分の転職先を見付け温泉大陸で生きていくことを決めてしまった事にイルマールも従者2人も開いた口が塞がらない。

「父上~っ!!おれを困らせないでください!」
「そうだぞ!父君!主を困らせるのは我らの仕事だ!」
「我らは主の困り顔の為に日夜頑張っているのだから!」
「おい!お前等、おれを少しは主扱いしろ!!」

 ワーッと、イルマールが騒ぎ従者2人が揶揄いテルトワイトが微笑ましそうに眺める。
いつも通りの日常がここにも戻ってきていた。

 

 後日、イルマールがエスタークとダリドアを連れてミシリマーフ国へ行き、壊された神殿の中を歩きながら3人でこれからの事を話し合い、ミシリマーフ国で移住の書類を提出し、温泉大陸の住民として登録を完了させ、冒険者として活動を開始することになる。
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