黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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26章

庭とお客と暑い日

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 今日は朝から温泉大陸には団体客が多く訪れていて、団体客が多いとトラブルもあるもので……
我が家の屋敷の庭に何人かお客さんが迷い込んだりしていた。
まぁ、【刻狼亭】が黒を基調として建てられているのなら、私達の屋敷も黒が基調とされているし、門扉は一見料亭の豪華な感じに見えるかもしれない。

「申し訳ありません。斜め前の建物が【刻狼亭】の料亭になっております」
「え? そうなの?」
「ああ、隣りの方か。庭を通り抜ければ良いの?」
「いえいえ、庭からですと調理場の裏になってしまいますので、門を出て道なりに行けば『刻』と書かれた黒い暖簾のれんがありますので、そちらからお入りください」

 お客さんに頭を下げながら道案内をして、今日は何人目だろう? と、ふぅーと息を吐く。
暑い中でお客さんの相手は流石に汗だくになってしまう。
こういう時に限って、うちの子供達は遊びに行っていないし、居るのはスクルードとコハルだけなので、二人からも目を離せないしで目が回りそうだ。

「ははうー、はるー」
「スーちゃん、コハルがどうかした?」
「ふにゃぁぁぁ」

 ああ、泣いてる。急げ急げ。
縁側から屋敷入ってベビーベッドで泣いているコハルを抱き上げ、おしめかなー? お腹が空いたのかなー? とコハルの相手をしていると、また庭にお客さんが……
なんだって今日はこんなに人が来るのか!?

 コハルを抱いたまま、庭に入ってきた冒険者風のお客さんに「【刻狼亭】は隣りですよー」と言いに行く。
泣いていたコハルは暑い中に出されて余計に不機嫌になり大泣きで、お客さんも暑さでイライラしているようだ。
イラついたところで、暑さもどうしようもないし、間違えて入り込んでいるのだから出て行って欲しい。

「お客様、【刻狼亭】はここではありませんよ!」
「ふぎゃああぁぁぁん」
「え? なに? 聞こえねぇ!」
「もう暑いから店に入ろうぜー」
「だーかーらー、ここは【刻狼亭】ではありませーん!!」

 うちの屋敷に入ろうとしたお客さんに、コハルの声に負けないように大声で注意をする。
ゼ―ハ―と肩で息をしながら、お客さんにようやく通じて、私は手で「隣りよ」と指をさす。
庭からお客さんが出て行き、コハルを急いで屋敷の中へ運び、あやして汗でぺったりしてしまったおでこの髪を拭いていると、スクルードがコハルのお世話道具から替えのおしめを持ってきてくれる。

「うー、はるぅー、おしおしー」
「スーちゃんは妹に優しい良い子ねー」
「んふーっ」

 布巾を水玉でサッと洗ってコハルの服を脱がせると体を拭いて、お尻も拭いて乾燥魔法で乾かして新しいおしめに取り換えたら、洋服も新しい物を着せる。

「スーちゃん、お手伝いありがとうね」
「あい。ははうー、じゅーしゅ」
「うん。冷たいの飲もうか」

 コハルをベビーベッドに寝かせて、氷室からミッカジュースを出してコップに注ぐと自分の分とスクルードの分を用意する。

「はい。スーちゃん」
「あいあとー」

 スクルードと一緒にキューッとミッカジュースを飲んで「ぷはぁー」と暑さで火照った体の温度を一気に下げる。
今日に限って、ルーファスは街の人と会合だし、ハガネも人手不足の【刻狼亭】を手伝いに行っているし……ドラゴン達は子供達と遊びに行ってしまうし、今日はお客さんが入り込みやすいし……
もう門を閉めてしまおう!!

「スーちゃん、少しだけコハルを見ててね」
「あい!」

 ルーファスや子供達は門以外からも戻って来れるだろうし、最初から門を閉めてしまえば良かったのだ。
ダッシュで門を戸閉に行くと、『いらっさいませ! 刻狼亭へ』と、子供の字で門の外に張り紙がしてある。
レーネルくんやルビスちゃんはひらがなしか書けないから、この字は誰のものだろう?
道のあちらこちらに『いらっしゃいませ! 団子やろへ』と、街灯やお店等に紙が貼られている。

「いたずら……?」

 いたずらにしてはちょっと可愛いというか、悪意が無いというか……
でも、とりあえず申し訳ないけど、剥がさせてもらおう。
私がぺりぺりと剥がしていると、後ろから「あーっ!」という子供の声が上がる。
後ろを振り向けば、私より少し背が小さい子供達が、荷物を持って眉を下げている。

「もしかして、この張り紙はあなた達かな?」
「それ、目印なんだよ!」
「それが無いと初めての子は道に迷っちゃうの!」

 子供達の荷物を見て「ああ!」と、私もようやく合点がいった。

「もしかして、あなた達は夏休みの荷物運びの子達かしら?」
「そうだよ!」


 やっぱりそうか……十二歳前の働けない子供達のお小遣い稼ぎとかのアルバイトが荷物運びで、今年の夏デビューの子もいるようだ。
この張り紙は、その為の目印なのだろう。
お店の人にも許可が得られるように「ようこそ〇〇へ」と書かれているということか。
子供らしいアイデアだ。

「みんな偉いのね。とっても良い目印ね。でもね、ここは【刻狼亭】じゃないの。隣りの黒い建物が【刻狼亭】だから、この張り紙は隣りにおばちゃんが貼っても良いかな?」
「そうなの?」
「ごめんなさーい!」
「ふふっ、似てるものね。あっ、そうだ少し待ってね」

 屋敷に入って水筒にミッカジュースを入れると外の子供達に持たせる。
熱中症対策だ。温泉大陸の子供は街の人の大事な宝だから、ちゃんと守ってあげなくては。

「水分補給はこまめに、あんまり無理しちゃ駄目よ?」
「はーい。ありがとー!」
「ありがとー!」

 子供達に手を振って、料亭の方へ張り紙を持っていく。
フロントのシュテンに話をして、タマホメとメビナが木の看板を見せの前に出し、その看板に張り紙を張ってくれた。

「これで安心ね!」
「それよりアカリ、子供はどうした?」
「それよりアカリ、子供は大丈夫か?」
「あっ!!」

 タマホメとメビナに言われて、私は慌てて屋敷に戻る。
屋敷に戻ると、スクルードも泣いていてコハルと大合唱していた。
ああ、子供を放置してはいけない……と、少し反省をして、屋敷にお客さんが入り込むことは無くなったけど、今日は疲れたー……と、カウチソファの上でスクルードとコハルが泣き止むまであやし続ける私なのだった。
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