狼兵は運命の番を逃がさない

ろいず

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天使のような悪魔

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 シズクの表情と声に、頭の中は誤作動を起こしそうだ。
 綺麗な美少年としか思えないのに、それは棘に囲まれた中に咲く薔薇に見える。
 こんなシズクを俺は知らない。

「やっぱり、小鳥を置いていって正解だったよ」
「小鳥って、言うな……俺は、咲だ」
「春人よりいいでしょ? 名前なんて関係ないって、言っていたくせに」

 シズクは蔑むような表情で俺を見つめる。
 よく見る侮蔑混じりの視線に、心臓がキュッと痛みを訴えた。

「ここは何所だよ?」
「ここは、あの遺体のビニーが、僕の・・組織から盗んだ名簿の隠し場所」
「僕の、組織……?」

 周りを見渡せば、木材の上にほこりを被ったシートに覆われたものが、幾つか積み重なって放置されたような倉庫のようだった。
 うず高く積み上げられた木箱には数字が焼き印されていた。
 三〇〇〇、二八九九、数字にビニーのメモを思い出す。
 この木箱の三〇〇二に『プレゼント』__つまり、シズクの言う名簿があるのだろう。

「小鳥には内緒にしていたけど、僕はオメガの売買組織に身を置いているんだ」
「な……っ!? だって、シズクは、オメガなのに……」
「ううん。僕はね、初めっからアルファだよ」

 可愛くいつものように小首を傾げたような笑い方で、シズクは目だけがいつもの親しみのある色を失っていた。
 あんなにアルファを毛嫌いしていたのに、全部が嘘だったのだろうか?

「バカだなぁ。今まで一緒に遺体を遺族に返していたのもね、遺体処理が見付かると面倒だし、証拠が遺体に無いかをちゃんとチェックするのに、最適だったんだよ。小鳥はいい相棒だったし、ずっと一緒に居たかったけど、あんなヤバい奴に目を付けられたら、終わりだからさ。バイバイしよう」

 こんな時でも、シズクの笑顔は綺麗だなと思ってしまうあたり、俺もどうしようもない。
 
「シズク……全部、嘘だったのか。俺や桜樹やササメ達と一緒に過ごしてきた日々も、全部……」

 嘘だって言ってくれたら、笑って冗談がキツイって言ってお終いに出来る。
 だから、嘘だって言って欲しい。
 シズクは少しだけ眉を下げて笑った。

「本当に、小鳥は騙されやすいから心配だよ。弟分として、忠告はしとくよ。あの傭兵のオッサンは、小鳥を鳥籠に入れるだけだから、逃げるなら今のうちだよ」
「シズクは、シズクはどこに行くんだよ!」
「僕は、名簿も手に入ったし、あのオッサンに嗅ぎまわられているのが分かったから、当分は日本を離れるよ」
「待てよ! 俺も一緒に……っ」

 手を伸ばしてシズクの腕を握り締めると、ゴンッと硬いファイルの角で頭を叩かれた。
 痛さに両手で頭を押さえると、シズクは「バーカ」といつものように軽口をたたく。

「小鳥が一緒にきたら、あのオッサンに見付かるだけじゃない。だから、小鳥はホットドッグでも売って、普通の暮らしでもしてなよ」
「シズクも、今まで通りに、俺と一緒に暮らせばいいだろ!」
「それは無理。組織に昔、『支配人』って呼ばれていたやつがいたでしょ?」
「あ、うん。警察に捕まったヤツだろ? それがどうしたって言うんだよ」
「あいつが、僕を裏切ったから、あいつを始末するのが僕の、次の仕事。それに小鳥のオッサンにも目を付けられたから、早目に退散するよ」
「シズク……」

 ファイルを小脇に抱えてシズクは「じゃあね」と、倉庫の中にあったマンホールを開けて下へ降りていく。
 追うべきだろうかとマンホールを覗き込むと、マンホールの下には下水が流れていて、小型エンジン付きのゴムボートが用意されていた。
 
「シズク!」
「僕の事を追ったりしないでよー! 本当に、そういうの迷惑だから!」
「シズク……ッ!」
「あ、そうそう。ササメと桜樹が直きに帰ってくるはずだから、よろしく言っといてよ」

 ゴムボートのエンジンを掛けて、シズクはそのまま去ってしまった。
 長年一緒に暮して来たのに、わけの分からない別れ方で居なくなるなんて、そりゃないだろう?
 用意周到なところは昔からあったけれど、後を追いかけさせてもくれない。
 
 倉庫から出ると、入り口にメイデルが立っていた。

「彼は行きましたか?」
「……シズクの事、知ってたのか?」
「知っているというより、ビニーのメモをサキさんと彼しか知らないはずなのに、組織の人間がホテルで待機していた時点で、怪しかったですからね」
「じゃあ、俺を囮にするとか言っていた意味は……?」

 メイデルはバツの悪そうな顔をして、肩を降ろす。

「サキさんを囮にして、彼を呼び出して交渉しました」
「つまり、俺がぐーすか寝ている間に、シズクと何か交渉をしたって事か」
「ええ。彼から、有力情報を頂きましたので、三十分だけ追う事を遅らせる約束をしました」
「そっか……俺だけ蚊帳の外かよ」

 でも、追うなとは言わずに、逃げる時間を確保する辺り、シズクは余裕があるんだろうな。
 だったら心配はしなくても良いのかもしれない。
 
「サキさん、送ります」
「当たり前だろ。それと、腹減った!」

 でも、シズクが少しでもこいつから逃げられるように、兄貴分としては引き留めておいてやろう。
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