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一章
泡が弾ける
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オルゴールの中からシロツメクサの指輪をそっと手の平に載せる。
少し力を入れただけでカサリと潰れて、粉々になってしまいそう……どのくらいの月日を、この指輪はこの中で過ごしていたのだろう?
「小さな指輪……」
子供の指になら、ピッタリとはまっただろう。
シロツメクサの指輪を再び、オルゴールの中へ戻そうとした時、オルゴールの底に写真を見付けた。
髪の短い御守さんと、柔らかそうな栗色のふわふわした髪を、水色のリボンでサイドに結んでいる三、四歳の女の子が写真に写っていた。
その子と御守さんがシロツメクサの花畑で笑って、シロツメクサの花冠や首飾りに腕輪、そして指輪をしていた。
幸せそうな二人の写真を、私は食い入るように見つめる。
目がどうしても外せなかった。
胸がチクチクと痛い。
これは、何の痛みだろう? 鼻の奥が痛い。泣きそうなこの気持ちは、何だろう?
パチンと、以前何処かで聞いた、何かが割れる音がする。
泡が破裂する様な小さな音が、パチパチと小さく繰り返されていく。
「あ……」
自分の手を見れば、透明の泡が私の中から出ては、弾けて消えていた。
「なに、これ……?」
後退ると、手からオルゴールが落ちてゴトンと音を立てる。
手の中のシロツメクサがクシャリと潰れて、茶色くなった花弁がハラハラと落ち、輪っかだけが残った。
意外と、乾いてしまっても頑丈なものらしい。
二人の思い出の品を壊してしまった罪悪感で、軽く下唇を噛みしめる。
オルゴールを拾い、指輪と写真を閉じ込めると、パチンとまた泡が弾け散った。
私の体から、何かが出て行っている?
この泡は何?
「なんなのこれ? 私、どうしちゃったの?」
私の問いに答えをくれる人は、ここには居ない。
真珠のような涙も、この泡も、一体何なのだろうか?
考えている間にも、泡は私の中から出て行って弾け散っていた。
泡が出る度に、私の中の何かが失われていくようだった。
「御守さん……怖いよ……」
ギュッと両腕で自分を抱きしめると、自分の体がじわじわと濡れて、全身が水を被ってしまったみたいだ。
私が、溶けて消えてしまいそう。
ポチャン……と、水音がする方を見れば、私の足元に水溜りが出来ていた。
そして、その水溜まりから小さく細い手が伸びて、私の足首を掴んだ。
「きゃあっ! いやっ!」
足を必死に上げようとすれば、爪が足に食い込む。
下へと手は私を引き寄せ、私は必死に手近な物を手に取り、掴んできた手を攻撃する。
一瞬ひるんだ手から足を引き剥がし、私は逃げた。
バシャバシャと自分から水音が出て、体は深い水の中で足を動かしている様に重くなっていく。
「はぁ、うぅ、はぁ……体が、上手く、動かない……」
息も苦しい、足がもつれそうだ。
白い曼荼羅文字の外へ出てしまうと、途端に辺りはまた暗闇へと戻ってしまう。
手にした懐中電灯を頼りに元来た階段を上がるものの、息が上がって懐中電灯を持つ手さえ力が入らない。
相変わらず、体からは泡が弾けては消えていく。
「何なの? 本当に、これは……」
ゴトンと、懐中電灯が手から落ちて、バウンドしながら階段から転がり落ちていった。
暗闇の中をただ、手に掴まりたくない思いだけで必死に階段を上がっていく。
階段を上がりきったところで、閉じたままの入り口に行き当る。
「開けて! ここを開けて!」
重たい手を何度も入り口に叩き付け、叫んでいた。
ヒヤリとした手が、また私の足を捕らえて、下へと引きずり込む。
もう逃げられない。体が床に引きずり込まれ始めた時、入り口の奥で激しい物音がした。
「麻乃!」
入り口が開き、私の腕を引っ張り上げたのは、御守さんだった。
私の重い体を軽々と抱き上げて、足から手が離れていく。
「み、もりさ……」
「っ、その姿は……思い出して、しまったのか?」
「何を……?」
御守さんの腕の中で、さっきの写真が頭を過る。
胸が痛い。この気持ちは何なんだろう? どうして、私はこんなに胸が苦しくて、泣いてしまっているのだろう?
心配そうに覗き込む御守さんの顔を見るだけで、体がバラバラになりそうだ。
「麻乃……頼むから、消えないでくれ……君にまで居なくなられたら、生きていけない」
強く抱きしめられた腕の中で、パチンと弾ける音を聞いていた。
まるで、恋が叶わずに泡になって消えてしまう人魚のようだ。
少し力を入れただけでカサリと潰れて、粉々になってしまいそう……どのくらいの月日を、この指輪はこの中で過ごしていたのだろう?
「小さな指輪……」
子供の指になら、ピッタリとはまっただろう。
シロツメクサの指輪を再び、オルゴールの中へ戻そうとした時、オルゴールの底に写真を見付けた。
髪の短い御守さんと、柔らかそうな栗色のふわふわした髪を、水色のリボンでサイドに結んでいる三、四歳の女の子が写真に写っていた。
その子と御守さんがシロツメクサの花畑で笑って、シロツメクサの花冠や首飾りに腕輪、そして指輪をしていた。
幸せそうな二人の写真を、私は食い入るように見つめる。
目がどうしても外せなかった。
胸がチクチクと痛い。
これは、何の痛みだろう? 鼻の奥が痛い。泣きそうなこの気持ちは、何だろう?
パチンと、以前何処かで聞いた、何かが割れる音がする。
泡が破裂する様な小さな音が、パチパチと小さく繰り返されていく。
「あ……」
自分の手を見れば、透明の泡が私の中から出ては、弾けて消えていた。
「なに、これ……?」
後退ると、手からオルゴールが落ちてゴトンと音を立てる。
手の中のシロツメクサがクシャリと潰れて、茶色くなった花弁がハラハラと落ち、輪っかだけが残った。
意外と、乾いてしまっても頑丈なものらしい。
二人の思い出の品を壊してしまった罪悪感で、軽く下唇を噛みしめる。
オルゴールを拾い、指輪と写真を閉じ込めると、パチンとまた泡が弾け散った。
私の体から、何かが出て行っている?
この泡は何?
「なんなのこれ? 私、どうしちゃったの?」
私の問いに答えをくれる人は、ここには居ない。
真珠のような涙も、この泡も、一体何なのだろうか?
考えている間にも、泡は私の中から出て行って弾け散っていた。
泡が出る度に、私の中の何かが失われていくようだった。
「御守さん……怖いよ……」
ギュッと両腕で自分を抱きしめると、自分の体がじわじわと濡れて、全身が水を被ってしまったみたいだ。
私が、溶けて消えてしまいそう。
ポチャン……と、水音がする方を見れば、私の足元に水溜りが出来ていた。
そして、その水溜まりから小さく細い手が伸びて、私の足首を掴んだ。
「きゃあっ! いやっ!」
足を必死に上げようとすれば、爪が足に食い込む。
下へと手は私を引き寄せ、私は必死に手近な物を手に取り、掴んできた手を攻撃する。
一瞬ひるんだ手から足を引き剥がし、私は逃げた。
バシャバシャと自分から水音が出て、体は深い水の中で足を動かしている様に重くなっていく。
「はぁ、うぅ、はぁ……体が、上手く、動かない……」
息も苦しい、足がもつれそうだ。
白い曼荼羅文字の外へ出てしまうと、途端に辺りはまた暗闇へと戻ってしまう。
手にした懐中電灯を頼りに元来た階段を上がるものの、息が上がって懐中電灯を持つ手さえ力が入らない。
相変わらず、体からは泡が弾けては消えていく。
「何なの? 本当に、これは……」
ゴトンと、懐中電灯が手から落ちて、バウンドしながら階段から転がり落ちていった。
暗闇の中をただ、手に掴まりたくない思いだけで必死に階段を上がっていく。
階段を上がりきったところで、閉じたままの入り口に行き当る。
「開けて! ここを開けて!」
重たい手を何度も入り口に叩き付け、叫んでいた。
ヒヤリとした手が、また私の足を捕らえて、下へと引きずり込む。
もう逃げられない。体が床に引きずり込まれ始めた時、入り口の奥で激しい物音がした。
「麻乃!」
入り口が開き、私の腕を引っ張り上げたのは、御守さんだった。
私の重い体を軽々と抱き上げて、足から手が離れていく。
「み、もりさ……」
「っ、その姿は……思い出して、しまったのか?」
「何を……?」
御守さんの腕の中で、さっきの写真が頭を過る。
胸が痛い。この気持ちは何なんだろう? どうして、私はこんなに胸が苦しくて、泣いてしまっているのだろう?
心配そうに覗き込む御守さんの顔を見るだけで、体がバラバラになりそうだ。
「麻乃……頼むから、消えないでくれ……君にまで居なくなられたら、生きていけない」
強く抱きしめられた腕の中で、パチンと弾ける音を聞いていた。
まるで、恋が叶わずに泡になって消えてしまう人魚のようだ。
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