おおかみ宿舎の食堂でいただきます

ろいず

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一章

人魚

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 御守さんに抱き上げられて、嬉しいと思う心と胸の奥で切ない気持ちが渦巻いている。
 御伽噺おとぎばなしの人魚姫のようだと、自分の中にストンと合致した気がした。
 報われない恋に身を焦がした初恋は泡と消えた人魚姫……私は、どうして同じ状態になっているのだろうか?
 御守さんの事が___好き?
 ああ、言葉がしっくり胸に落ちてくる。

「麻乃……」

 私を抱きかかえる御守さんの顔を見て、また涙が溢れて頬を伝う。
 いつからこの気持ちが芽生えた物なのか、私には解らない。でも、この気持ちが私の体の中から泡を出している。
 相変わらず、体は水に溶けるように濡れて、抱きしめている御守さんの体も濡らしていた。

「麻乃、手に何を……?」

 そういえば、足首を掴まれた手を引き離すのに、何かで殴りつけた時に咄嗟に手に持ったのだった。
 懐中電灯と一緒に落としたと思ったのに、こちらは手に持ったままだったらしい。
 御守さんが私の手からそれを取り上げると、先程のオルゴールだった。
 
「随分、懐かしいな」
「開けな、いで……」

 私が言葉を出したのと同時に、オルゴールの曲が短く鳴り蓋が開けられていた。
 私の壊してしまったシロツメクサの指輪に、胸がまた痛んだ。
 
「覚えているか? この花畑で一緒に遊んで楽しかったよな」

 眉を下げたまま笑う御守さんに、一緒に遊んだと言われて一緒に遊んだのは写真の子でしょう? と、思いながらも、目を瞑ると私の中にシロツメクサの花畑が思い浮かび、それは鮮明に蘇ってくる。
 白いシロツメクサの花畑で、小さく可愛い声が「スイ」と呼べば、大きな手が頭を撫でて笑っていた。
 シロツメクサを摘んで二人で花冠や指輪を作った。「お揃いね」と、大きな指にシロツメクサの指輪を付けて、私は笑った。
 スイは「いつか本物を、君の薬指にはめてやろう」と、言って小さな私の手を取って、シロツメクサの小さな指輪を私の指にはめてくれた。
 
「スイ……スイ、私も、楽しかった」
「ああ。また行こう。だから、まだ麻乃のままでいてくれ」
「私は、私だ、よ……」

 少しだけ思い出してきた。
 私がかつて、可愛らしい女の子で、御守さんを「スイ」と呼んでいた事。
 今の私と女の子は姿形が、まったく似ていない。
 私は、誰だろう?
 私は何だったのだろう?
 ゴボッと、水の中に沈むように口から水が溢れてきた。
 目に映る物も水中から見ているようだ。

「麻乃ッ!! 駄目だ! お前を悲しみから救うから……消えるな!」

 悲しみ? これは悲しみで起きた現象だろうか? 救われるとしたら、それは御守さんスイが私を好きでいてくれる事が条件になるだろう。 
 だって、これは……これは、何だっただろう? 
 思い出そうとして、赤いシャツに強気な目をした美人な女性を思い出す。
 あの地下にあった箪笥の服の持ち主、私の、母親。
 母は言った。

『人魚姫が不幸なまま終わるなんて、有り得ないのよ?』
『だから、ママは、幸せな人魚姫になったわよ!』
『あなたも幸せになりなさい! パパとママみたいに!』

 幸せそうな笑顔で、母は私に自信満々に自慢した。
 私も、幸せな人魚姫になれるだろうか?
 手を伸ばして、御守さんの頬に触れると、私の手はもう透明に透けていた。
 御守さんの手が私の手に重なって、水がパシャンッと音を立てた。

「麻乃……ッ」
「み、もり、さ……好き、で……」

 告白をしようとして、子供の頃の記憶が、少しずつ紐解かれていく。
 私が、こんなに好きだと思うのに、御守さんには想いが届かないと、胸が痛くなって泡になろうとしているのか、それを思い出した。
 御守さんには、たった一人、愛した人が居たから……
 子供の頃に、それを聞いて私は泣き喚いた。
 両親も御守さんも困った顔をして、私を宥めたのだから、私の告白は無駄に終わるだろう。
 その時も、私は泡になろうとした。
 そして、御守さんがシロツメクサの指輪を私に作ってくれた。
 
「指輪を、君の為に、ずっと作って持っていた」
「え……?」
「麻乃、消えてしまったら、渡せなくなるぞ……それで良いのか?」

 嬉しいけど、胸が痛い。
 私が泡になって消えないようにする為に、用意してくれていたんだろうな……そう思うと、迷惑を掛けてごめんなさいと、口が震える。
 声を出したら、泣き出すか、泡になって散ってしまいそうだ。
 私が首を左右に振ったのを、どう捉えたのか、御守さんは泣きそうな顔で笑って、頷いた。
 頬に触れていた手にしっかりと御守さんの手の温度が感じられて、透けていた手は肌色に戻っていた。
 そして、私の薬指に指輪が光った。
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