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二章 

めめさんとアイスを⑤

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 めめさんのマンションに辿り着くと、めめさんの住んでいた部屋と駆け上がる。
 私達が来た時には、スマートフォンを持った若者たちが部屋から慌てて出て行くところだった。

「うわぁぁ! ヤベェって! 何だよアレ!?」
「だから、ヤバいって言ったじゃん!」

 転がるように逃げ出す彼等を見送り、私達は部屋へと入る。
 そこに居たのは、炎に揺れる人影だった。

「きゃあっ!」
「麻乃!」

 バックドラフト現象のように、密閉された部屋が開かれると同時に炎の海と、車のブレーキ音と爆発音が広がった。
 悲鳴を上げた私を御守さんが腕の中に掻き抱くと、眩しい光と共に何事もなかったように部屋は静まり返っていた。

「健吾……」
「今のは?」
「今のがおそらく、彼が事故に遭った時の記憶を繰り返しているのだろうな。自分が死んだことに気付かない幽霊がなりやすい現象だが、彼はまだ生きているのに……しかも、現場ではなく蒼井の部屋に出るとはな」

 御守さんの腕の中から、暗くなった部屋に月明かりが差し、何かが床で光った。
 何だろう? と、よく見るとそれは小さな青いピアスだった。
 フローリングの溝にしっかり挟まっていて、拾い上げるとめめさんが私の後ろに立って、自分のピアスだと首を傾げる。

「どうしてアタシのピアスが? 死んだ時もしていたんだけど……って、片方無いわ」

 自分の耳を弄りながら、めめさんは私の手の中のピアスを見つめる。
 死んだ時の恰好で幽霊はそのまま出現してしまう為に、死んだ時にピアスは片方だったという事だ。
 ブルーサファイヤのとても小さなピアス。

「もしかすると、そのピアスが彼をこのマンションに呼び寄せているのかもしれないな」
「そういう事ってあるんですか?」
「思い入れのある物には、引き寄せられやすい」
「めめさん、これは坂倉さんに貰ったものですか?」

 めめさんは頷いて片方のピアスを弄る。

「健吾が……くれたの。安物だけど可愛いから良いなって何気なく言ったら、覚えてくれてて……初めてのプレゼントがこのピアスなのよ」
「素敵ですね。御守さん、どうしましょう? 坂倉さんは病院に戻っていると思います?」
「また病院に戻るか……と、その前に」

 御守さんが部屋のクローゼットを開けると、ガチガチと歯を鳴らした男性がスマートフォンを持って座り込んでいた。片手を男性に向けると男性は意識の切れた人形のように倒れ込んだ。
 そしてスマートフォンを男性の手から抜き取り、御守さんは弄り始める。

「御守さん、何をしたんですか?」
「余計な妖を生み出すわけにはいかないからな。記憶を消した。スマホも消しておこう」

 動画に撮られた映像は、少しぼんやりした感じの冴えなさそうな男性が部屋に突然現れたところから始まる。
『うわっ! 本物じゃん!』
『やっぱ時間帯これで合ってる! うひょおー!』
『えー! やっぱ帰ろうよ! やだ! 怖いってば!』
 先程の逃げた男女と、今しがた意識を失った人の声だろう。三人はスマートフォンでお互いに撮り合っているようで、スマートフォンを構えていた。
 男性が三人に向かい走り出し、三人は叫び声を上げ、そこへ大きな破壊音がして男性が火だるまになり『紗香! 紗香!』と、めめさんの源氏名を叫んでいた。
 そして、二人が逃げ出し、一人はクローゼットへ逃げ、私達が部屋へと入ってきた。

「ねえ、トラックの後に、車のブレーキ音がしたって事は、車は二台事故に遭っているのかしら?」
「あっ、そういえば……始めの破壊音が、トラックが車に突っ込む音なら、二台目もあったのかもしれないですね」
「そこら辺は、後で調べるしかないな」

 スマートフォンを御守さんが消して、男性の上に置くと、体を狼の姿に変化させる。
 一回り小さな姿で、フンフンと鼻を鳴らしている。

「御守さん?」
「逃げた男女をオレは追う。動画をアップロードされる前に、消してしまいたいからな。麻乃と蒼井は先にタクシーで病院へ。後で合流する」
「分かりました。気を付けて」
「麻乃、気を付けて行け」
「はい。いってらっしゃい」

 御守さんが部屋から出て行き、私もめめさんと部屋を出てマンションの外へ行く。
 夏の暑さも夜はそれほど暑くなく、コンビニには若い子達が駐車場で騒いでいる。
 迷惑そうな顔をしたコンビニ店員が駐車場をほうきで掃いていた……普通の日常がそこにはあった。

「アタシも若い時は、あんな感じだったなぁ」
「なんとなく、想像がつきます」
「うふふ。若い時は、自分が無敵な感じもしていたし、人の迷惑なんて欠片も感じなかったのよね」
「そういうの、少し分かります」

 しばらく二人で歩きながら、タクシーを捕まえる為に大型スーパーの駐車場へと向かい、タクシーへ乗り込んで病院へと戻った。
 病室へ行くと先程のスマートフォンの動画で見た、冴えない感じの男性が紙に何かを書いていた。

「健吾……さん?」
「え?」

 めめさんの声に声を出すと、男性は顔を上げる。

「君は誰だ?」
「あの、坂倉……さんですか?」
「そうだが? 君は?」

 困惑した顔で目でめめさんを見れば、「違う……」と、目を大きく開けていた。
 よく見れば、ベッドの上には包帯で全身を巻かれた男性が横たわっている。

「もしかして、健吾さんのご親戚ですか?」
「ああ。健吾の兄だ」
「あのっ! 健吾さんの臓器提供を待って貰えないでしょうか!?」
「悪いが、もう金銭的余裕も、時間もないんだ! 誰だか知らないが、もう出て行ってくれ!」
「でも……」
「頼むから……っ、弟と最期の別れをさせてくれ!」

 どうしよう? 私ではさすがに無関係過ぎてどうしようもない。
 それに面会時間も過ぎているのに、ここへ来た理由を聞かれても困るし、めめさんは健吾さんに一生懸命呼び掛けていて、私の方を振り向く余裕はないようだ。
 その時、ガシャーンと先程聞いた車のぶつかる音が、病室に響いた。

「何だ!?」
「まさか……!!」

 私達の目の前に、半透明の坂倉さんが現れた。

「け、んご……?」
 
 驚いて自分の口を片手で覆うお兄さんを目の前に、坂倉さんは私の方へ走ってきた。
 さっきの動画と同じだ……!! どうしよう!? どうすれば!? 考えているうちに目の前で坂倉さんが炎に包まれた。

「きゃあああ!!」
「健吾!? ああああ、何なんだこれは!! 何がどうなってる!?」

 お兄さんが坂倉さんの炎を消そうとして、自分のシャツを脱ごうとしたところで、車が突っ込んできて目を閉じた時には、坂倉さんは消え去っていた。
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