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二章
めめさんとアイスを⑥ 終
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愕然とする坂倉さんのお兄さんと、自分の事で手一杯になってしまった私を正気に戻してくれたのは、御守さんだった。
いつの間に御守さんは来たのか、そして私はいつから御守さんの腕の中にいたのか……
「麻乃、落ち着け。大丈夫だ」
「……御守、さん……?」
「ああ、オレだ。少し遅くなった」
炎を見て記憶と現実がごちゃ混ぜになりそうだった私を引き戻し、落ち着かせるように背中を撫でて囁くように大丈夫だと言った。
「健吾! 今のは何だ!? 健吾!」
ベッドの上で眠る坂倉さんをお兄さんが呼びかけ、頭を抱えてしまっている。
めめさんも一生懸命に坂倉さんに呼びかけをして、意識の回復を図ろうとしているようだ。
「麻乃。蒼井のピアスを持ってきていないか?」
「あっ、うん。持ってきてるよ」
私はポケットに入れておいた、めめさんのピアスを取り出して掌に載せる。
御守さんはそれを摘まんで坂倉さんの眠るベッドへと持っていき、包帯の隙間から見えている耳へと押し込むように刺した。
「おい! アンタ何しているんだ!?」
「今のを見ただろう? あなたの弟さんの意識が戻らない理由を」
「……はぁ? 何を言っているんだ……」
坂倉さんのお兄さんは怪訝な顔をしたが、私も坂倉さんの意識が戻らない理由がわからずに御守さんの顔を見る。
御守さんは坂倉さんの横に立っていためめさんに軽く眉を下げ、坂倉さんに話しかける。
「坂倉健吾、もういい加減自分を許したらどうだ? 蒼井めめは、君を許している」
「どういう事だ? 健吾が事故を起こしたわけでもない。むしろ、蒼井という水商売の女を助けようとしたんだぞ! あんな女助けに行かなければ……健吾は……っ!!」
ああ、そうか。私達はめめさんから何があったかを聞いて知っているけれど、この状態の坂倉さんに、あの時の事故の事は聞けないだろうから、めめさんを悪く思っているのかもしれない。
めめさん自身も悲しそうに、頷いている。助けに行かなければ……そう思ったのだろう。でも、好きな人が目の前で炎に包まれたら、危険を顧みずに飛び込んでしまうのは無理もない事だろう。
そう思った時、私は思い出した。
炎に包まれて手を伸ばした父親の顔を____。
必死に手を伸ばす、父の顔。
あの時、何があったか……まるで雪が降るように、記憶は私の中に降り注いできた。
ああ、あの日は、誕生日だった。
「坂倉健吾が意識を戻さない理由は、自分を許せずにいるからだ。毎回、あの日起きた事故を再現しては、蒼井めめを救おうとして、失敗し、ずっと苦しんでいる」
御守さんの声で私は記憶の中から、現実へと引き戻された。
「健吾……お前が救わなくても良かったんだ……お前が、こんな目に遭わなくても……」
「それは少し難しいだろうな。蒼井めめの事故の後に、もう一台車が突っ込んできているからな。どちらにしろ、坂倉健吾はこうなっていただろう」
「健吾……っ」
やはり、二台目の車は突っ込んできたようだ。
御守さんは私とめめさんよりも詳しく調べたみたい。
「坂倉健吾は、蒼井めめにプレゼントしたピアスに引き寄せられて、意識はピアスに寄って行ってしまう。だから、ピアスを坂倉健吾に付けた。これで意識は坂倉健吾自身に戻るはずだ」
「そう、なのか……?」
「おそらくな。だから、臓器提供にサインをするのは、お勧めしない。ただ、この状態で彼自身が、どう判断するかだ」
また病室に明るい車のライトが光る。
車のぶつかるような音が響き、私は自分の手を握り締めて状況を見守ることしか出来ない。
「……ぁ、ああぁ……」
かすれたような声がして、病室内の全員がベッドで横たわっている坂倉さんを見ると、熱くはない映像だけの炎が坂倉さんを包んだ。お兄さんは火を消そうとバタバタと自分の服で消そうとしていたけれど、途中で火が映像のようなものだと気付き、坂倉さんに声をかける。
「健吾! しっかりしろ!」
「健吾! もう大丈夫よ! 助けてくれなくても、あたしなら大丈夫だから!」
お兄さんとめめさんの声に反応して、坂倉さんの手がゆっくりと上に上がった。
その手をお兄さんが取るが、めめさんもまた手を握っていた。
「……さゃ、か……」
「健吾! すぐに医者を呼んでやるからな!」
めめさんの源氏名を呼び、坂倉さんの目はめめさんを見つめて、涙を流していた。
お兄さんがナースコールを押した為に、私達は病室の外へと出て行く。
めめさんは坂倉さんの所に残るようで、御守さんと私は診察が終わるまでは談話室になっている場所で、長椅子に並んで座る。
「坂倉さん、意識が戻って良かったよね」
「そうだな。でも、麻乃は……少し複雑そうだな?」
「だって、めめさんとお別れしなきゃいけないじゃない?」
「それは仕方がない事だ。死者には死者の居場所があるのだからな」
「私達もいつかは行くところ……? お父さんやお母さんも居るかな?」
「妖には死の概念があるかどうかは、わからないな……妖は生まれ方が特殊だからな。でもまぁ、妖には妖の眠りにつける場所があるかもしれないな」
ほんの少し、死というものがめめさんのように、幽霊でも残ったり、毎年現世に帰ってこれる日があるのならば、父や母も私に会いに来ていただろうか? そう思っただけなのだ。
「麻乃ちゃん」
「めめさん……え?」
声をかけられて顔を上げると、そこにはめめさんと坂倉さんが立っていた。
足元は……二人とも無い。
「お前達……それでいいのか?」
「御守さん、麻乃ちゃん。これでいいの。ありがとうね!」
「めめさん……」
坂倉さんの病室が騒がしくなり、廊下をバタバタと走る人達の音がしていた。
めめさんは笑って坂倉さんの腕に抱きついて、坂倉さんは少し恥ずかしそうな顔でめめさんに笑いかける。
「麻乃ちゃん。ダッシュボードの中身はプロポーズリングだったわ! うふふ。でも無いから、お揃いのピアスよ! あたし達、死んでしまったけど、結婚します!」
めめさんの耳と坂倉さんの耳には、恐ろしの小さなブルーサファイヤのピアスがしてあった。
確か、死んだ時に身に着けているものを死者は持っていくという話らしいし……めめさんらしくていいのかな?
「あたし達、もう行くわね」
「めめさん、坂倉さん。おめでとうございます。良かったですね」
「ありがとー」
二人が廊下を歩いてそのままスゥー……と、消えてしまう。
ようやく、めめさんは迷わずに逝けたようだ。大好きな人と、結婚までしてしまって……
「麻乃。オレ達も帰ろう」
「はい……っ。ん……っ、め、めさん……~っ」
「泣き虫だな。蒼井の門出のようなものだ。笑って見送ってやればいい」
「はい。わかってる……わかってるけど、うぅー……っ」
最初からめめさんは亡くなっていて、別れることは分かっていたのに、それでも、どこかずっと一緒にいられるような気さえしてしまっていたのだ。
優しくて明るい人だから。
御守さんは、別れを惜しむ私の手を引いて、少しでも長く見送れるように歩いて帰ってくれた。
おおかみ宿舎にたどり着いたころには、夜も更けてしまっていたけれど、冷蔵庫から目を冷やす為の氷を出そうとしたら、カップアイスが目についた。
めめさんの好きなストロベリーレアチーズアイス。
「……ひとり一個だって、言ったのに……いつの間に入れたんだか」
とても、めめさんらしい。
コンビニ帰りに食べていたのに、ちゃっかりもう一個を確保しておく辺り、しっかり者だ。
「もう、居なくなっためめさんが、悪いんですからね」
めめさんのアイスを口に入れて、甘酸っぱいイチゴのソースにレアチーズの酸味が爽やかに口の中で広がった。
いつの間に御守さんは来たのか、そして私はいつから御守さんの腕の中にいたのか……
「麻乃、落ち着け。大丈夫だ」
「……御守、さん……?」
「ああ、オレだ。少し遅くなった」
炎を見て記憶と現実がごちゃ混ぜになりそうだった私を引き戻し、落ち着かせるように背中を撫でて囁くように大丈夫だと言った。
「健吾! 今のは何だ!? 健吾!」
ベッドの上で眠る坂倉さんをお兄さんが呼びかけ、頭を抱えてしまっている。
めめさんも一生懸命に坂倉さんに呼びかけをして、意識の回復を図ろうとしているようだ。
「麻乃。蒼井のピアスを持ってきていないか?」
「あっ、うん。持ってきてるよ」
私はポケットに入れておいた、めめさんのピアスを取り出して掌に載せる。
御守さんはそれを摘まんで坂倉さんの眠るベッドへと持っていき、包帯の隙間から見えている耳へと押し込むように刺した。
「おい! アンタ何しているんだ!?」
「今のを見ただろう? あなたの弟さんの意識が戻らない理由を」
「……はぁ? 何を言っているんだ……」
坂倉さんのお兄さんは怪訝な顔をしたが、私も坂倉さんの意識が戻らない理由がわからずに御守さんの顔を見る。
御守さんは坂倉さんの横に立っていためめさんに軽く眉を下げ、坂倉さんに話しかける。
「坂倉健吾、もういい加減自分を許したらどうだ? 蒼井めめは、君を許している」
「どういう事だ? 健吾が事故を起こしたわけでもない。むしろ、蒼井という水商売の女を助けようとしたんだぞ! あんな女助けに行かなければ……健吾は……っ!!」
ああ、そうか。私達はめめさんから何があったかを聞いて知っているけれど、この状態の坂倉さんに、あの時の事故の事は聞けないだろうから、めめさんを悪く思っているのかもしれない。
めめさん自身も悲しそうに、頷いている。助けに行かなければ……そう思ったのだろう。でも、好きな人が目の前で炎に包まれたら、危険を顧みずに飛び込んでしまうのは無理もない事だろう。
そう思った時、私は思い出した。
炎に包まれて手を伸ばした父親の顔を____。
必死に手を伸ばす、父の顔。
あの時、何があったか……まるで雪が降るように、記憶は私の中に降り注いできた。
ああ、あの日は、誕生日だった。
「坂倉健吾が意識を戻さない理由は、自分を許せずにいるからだ。毎回、あの日起きた事故を再現しては、蒼井めめを救おうとして、失敗し、ずっと苦しんでいる」
御守さんの声で私は記憶の中から、現実へと引き戻された。
「健吾……お前が救わなくても良かったんだ……お前が、こんな目に遭わなくても……」
「それは少し難しいだろうな。蒼井めめの事故の後に、もう一台車が突っ込んできているからな。どちらにしろ、坂倉健吾はこうなっていただろう」
「健吾……っ」
やはり、二台目の車は突っ込んできたようだ。
御守さんは私とめめさんよりも詳しく調べたみたい。
「坂倉健吾は、蒼井めめにプレゼントしたピアスに引き寄せられて、意識はピアスに寄って行ってしまう。だから、ピアスを坂倉健吾に付けた。これで意識は坂倉健吾自身に戻るはずだ」
「そう、なのか……?」
「おそらくな。だから、臓器提供にサインをするのは、お勧めしない。ただ、この状態で彼自身が、どう判断するかだ」
また病室に明るい車のライトが光る。
車のぶつかるような音が響き、私は自分の手を握り締めて状況を見守ることしか出来ない。
「……ぁ、ああぁ……」
かすれたような声がして、病室内の全員がベッドで横たわっている坂倉さんを見ると、熱くはない映像だけの炎が坂倉さんを包んだ。お兄さんは火を消そうとバタバタと自分の服で消そうとしていたけれど、途中で火が映像のようなものだと気付き、坂倉さんに声をかける。
「健吾! しっかりしろ!」
「健吾! もう大丈夫よ! 助けてくれなくても、あたしなら大丈夫だから!」
お兄さんとめめさんの声に反応して、坂倉さんの手がゆっくりと上に上がった。
その手をお兄さんが取るが、めめさんもまた手を握っていた。
「……さゃ、か……」
「健吾! すぐに医者を呼んでやるからな!」
めめさんの源氏名を呼び、坂倉さんの目はめめさんを見つめて、涙を流していた。
お兄さんがナースコールを押した為に、私達は病室の外へと出て行く。
めめさんは坂倉さんの所に残るようで、御守さんと私は診察が終わるまでは談話室になっている場所で、長椅子に並んで座る。
「坂倉さん、意識が戻って良かったよね」
「そうだな。でも、麻乃は……少し複雑そうだな?」
「だって、めめさんとお別れしなきゃいけないじゃない?」
「それは仕方がない事だ。死者には死者の居場所があるのだからな」
「私達もいつかは行くところ……? お父さんやお母さんも居るかな?」
「妖には死の概念があるかどうかは、わからないな……妖は生まれ方が特殊だからな。でもまぁ、妖には妖の眠りにつける場所があるかもしれないな」
ほんの少し、死というものがめめさんのように、幽霊でも残ったり、毎年現世に帰ってこれる日があるのならば、父や母も私に会いに来ていただろうか? そう思っただけなのだ。
「麻乃ちゃん」
「めめさん……え?」
声をかけられて顔を上げると、そこにはめめさんと坂倉さんが立っていた。
足元は……二人とも無い。
「お前達……それでいいのか?」
「御守さん、麻乃ちゃん。これでいいの。ありがとうね!」
「めめさん……」
坂倉さんの病室が騒がしくなり、廊下をバタバタと走る人達の音がしていた。
めめさんは笑って坂倉さんの腕に抱きついて、坂倉さんは少し恥ずかしそうな顔でめめさんに笑いかける。
「麻乃ちゃん。ダッシュボードの中身はプロポーズリングだったわ! うふふ。でも無いから、お揃いのピアスよ! あたし達、死んでしまったけど、結婚します!」
めめさんの耳と坂倉さんの耳には、恐ろしの小さなブルーサファイヤのピアスがしてあった。
確か、死んだ時に身に着けているものを死者は持っていくという話らしいし……めめさんらしくていいのかな?
「あたし達、もう行くわね」
「めめさん、坂倉さん。おめでとうございます。良かったですね」
「ありがとー」
二人が廊下を歩いてそのままスゥー……と、消えてしまう。
ようやく、めめさんは迷わずに逝けたようだ。大好きな人と、結婚までしてしまって……
「麻乃。オレ達も帰ろう」
「はい……っ。ん……っ、め、めさん……~っ」
「泣き虫だな。蒼井の門出のようなものだ。笑って見送ってやればいい」
「はい。わかってる……わかってるけど、うぅー……っ」
最初からめめさんは亡くなっていて、別れることは分かっていたのに、それでも、どこかずっと一緒にいられるような気さえしてしまっていたのだ。
優しくて明るい人だから。
御守さんは、別れを惜しむ私の手を引いて、少しでも長く見送れるように歩いて帰ってくれた。
おおかみ宿舎にたどり着いたころには、夜も更けてしまっていたけれど、冷蔵庫から目を冷やす為の氷を出そうとしたら、カップアイスが目についた。
めめさんの好きなストロベリーレアチーズアイス。
「……ひとり一個だって、言ったのに……いつの間に入れたんだか」
とても、めめさんらしい。
コンビニ帰りに食べていたのに、ちゃっかりもう一個を確保しておく辺り、しっかり者だ。
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