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三章

当時のスイ② スイ視点

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 その日は、小さなお姫様の五歳の誕生日だった。
 前々から『いっしょにゆーえんちにいくのよ! やくそくね!』と、言われていたのに……仕事が入った。
 未知の妖が暴れているらしく、未知ゆえに対処法を手探りしつつの攻防に、ヘルプが休暇中の星夜と自分のところへ回ってきた。

「折角の誕生日だ。片付き次第、追いかけるから先に行っていてくれ」
「悪いね。僕が行けば早いだろうけど、流石に娘の誕生日を見逃せないからね」

 大人同士の話し合いは簡単に済み、問題のお姫様は膨れっ面で非難轟轟ひなんごうごうといった感じだった。
 予約していたケーキを必ず夕飯の時に持ち帰ると約束し、お姫様からは『約束のリボン』を差し出された。
 
 笑顔で別れた。
 小さなお姫様を、自分を眷属にした星夜を、悪友のような小百合を___
 自分はずっと忘れないだろう。
 それが、笑う三人の姿を見た最後だった。

 現場に入り、未知の妖というモノが確かに厄介だった。
 上野駅の構内で百六十センチ程の白い猿のような妖が、長い手足を自由に動かし逃げ回っていた。

「スイ! あいつ全然捕まらねぇんだよ!」

 悲痛な声を上げたのは二階堂で、江島七緒と紫音と紫雨が猿を追いかけ、連携して投網のような網を妖力で作り出しては、猿に投げかけて失敗を繰り返していた。

「もぉー! あいつ何なんだよ!」
「もぉー! ムカつく! 全然ダメ!」
「紫音! 紫雨! 文句言ってるんじゃないわよ! まだやるわよ!」
「「姉さんもう無理ぃぃ!!」」
「おだまり!」

 声を合わせてギブアップする双子を七緒が𠮟りつけ、こちらに気付くと「あんたも早く参加して!」と、怒鳴り声が飛んでくる。
 この状況から、大分、七緒も疲れてきているのだろう。

「妖力の網をどうやってすり抜けてんだよって、話だよな」

 二階堂は顎に手をやって考え込むが、確かにどうやって潜り抜けているのか? と、自分も不思議に思う。

「男共! アタシにいつまで働かせるつもりよ!」
「ヒェッ! おっかねぇ」
「仕方がないな。オレも早めに切り上げたい。素早く捕まえよう」
「おひぃさんの誕生日だっけか? 俺、まだお姫さんに会ったことないんだよなー」
「二階堂は、オレのお姫様は目に毒だからな」
「なんだそりゃ!?」

 可愛い娘を見せびらかしたい気持ちと、大事な娘だからこそ、他の妖から隠したい星夜のせいで、大事なお姫様の姿を知っている妖は両手の数ほどしかいない。
 星夜の信用度の低い者ほど、生まれたことすら知らない。

「行くぞ!」
「へいへい。俺もくたくたなんだけどなー」

 白い猿は人混みの中に潜り込んでしまう。
 人間に危害を加えれば、問答無用で消去されてしまうのが新しく生まれた妖の定めでもある。
 全員に緊張が走る。
 生唾を飲み、この後どうなるのかと最悪の状況を想像して、首の後ろがチリチリとした。
 しかし、人混みから悲鳴が上がることもなく、白い猿はスイスイと所々で見失っては現れる。

「何なのよ。あいつ……ッ!!」
「姉さん、あいつおかしいよ!」
「姉さん、あいつ、消えてない?」

 紫雨の言葉に目を凝らせば、確かに猿は一瞬、かすみがかったような姿で消えているような気がする。
 
「「「アーッ!! あいつ、じゃない!!」」」

 江島姉弟三人の声が重なり、二階堂も「あー!」と声を上げた。
 見れば、猿は人を避ける時、細かい粒子のように別れ、一つにまとまっては姿を現す。
 これでは七緒達が妖力の網を張ったところで、すり抜けてしまうわけだ。

「どうするよ?」
「一匹ずつ確保するのは、ちょっと骨が折れすぎるわね」
「「うげぇー……」」
「仕方ないな。少し広い場所におびき出して、結界で囲い込んで逃げられないようにするか」
「それしかねぇな」

 作戦開始の合図と共に、江島姉弟の三人が追い込みをかけ、二階堂が誘導し、新幹線乗り場の通路へとおびき出す。白い猿が誰もいない空間に来た瞬間に結界を仕掛ける。

「どうだ? スイ」
「何とか捕まえられたな」
「これ、どうする?」

 五人で考えあぐねてから、江島姉弟が催眠術で眠らせ、防弾ガラスで作った箱に詰め込んで封印して会社に持ち帰った。
 残された二階堂と一緒に事後処理をしているうちに、昼を過ぎ……せめて、夕方には間に合うように終わらせたいところだと思っていたところだった。

「あ……」
「どうした? スイ」

 眷属としての繋がりが、プツッと切れ、今まで星夜によって制御されていた力が自分の中に湧き出したのを感じた。
 初めての事に一瞬呆けてしまったが、ただ事ではないと星夜の携帯へ連絡を入れたが、携帯は通じず……

 仕事を終わらせて、予約したケーキを受け取り街を足早に歩いていた時、街の宣伝パネルに映し出された遊園地の火災ニュースに、足が止まる。

 足元から力が抜けていくように、手に持っていたケーキが落ちそうになって「あの子に怒られる」と、持ち直す。
 
「大丈夫、だよな……?」 

 自分でも驚くほど声は震えていた。
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