あやかし祓い屋の旦那様に嫁入りします

ろいず

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5章 祭祀の舞

御神木様

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 御神木様と呼ばれる紫陽花に囲まれた巨木に宿る人ならざる者――元が何者なのかは定かではない。
 紫陽花の色彩を持つ目を持つあやかしと恐れられていた。
 その昔、人ならざる者達が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする時代、巨木に宿ったのがこの御神木様である。
 御神木様の周りにだけは人ならざる者が近付かないために、村人達は供え物を置き祀っていた。
 ある時、都で暴れていた人ならざる者を封じることになり、御神木様の話を聞きつけた僧侶が村へとやってきた。

 僧侶は御神木様と対話し、御神木様は自分の枝を僧侶に渡した。
 その枝の不思議な力で都の人ならざる者は封印できたが、再び封印は解けてしまうことを危惧した僧侶は御神木様に問うた。
 『どうすれば貴方の力を借りることが続けられるのか』と、御神木様は自分の子を人の胎へと宿らせることで能力を受け継がせておけばよいだろうと話した。

 そして村娘が一人、御神木様に嫁入りしたという。
 村娘の生んだ子供がほし家の始まりの子供。

 子供は自分と深く『えにし』を結んだ相手が見つかった時にだけ、御神木様の能力を安定させ開花できる。
 そして、一年に一度の豊穣を祝う時期に子孫は御神木様の前で舞を舞う。
 舞が満足のいく物ならば、御神木様は自分の体の一部を授けてくれる。

 優れた舞ならば、わたしがコゲツから貰った身代わりの枝が貰えたり、そうでもない場合は邪気祓い程度の枝らしい。

「身代わりの枝は祓い屋としては常に身に付けておきたい物だったり、身内を狙う人ならざる者から守ってくれますから、ほし家の傘下に祓い屋が集まるのも、親戚がこうして集まるのもこのせいですね」

 コゲツの説明にわたしは頷きながら、首から下げた紫色のお守りを取り出す。
 これは邪気祓いのお守り。

「コゲツはちゃんと、身代わりの枝を身に着けてるの?」
「いいえ。私は自分の身は自分で守りますから」
「……もしかして、わたしがコゲツの身代わりの枝を使っちゃった?」
「そんなことはありませんよ。あれは元々嫁殿の為に大切に取り置いておいた物ですから」

 そうは言われても、わたしが三灯天神に頭を掴まれて身代わりにしてしまったから、無駄に使わせてしまって申し訳ない気がする……と言うか、わたしも千佳と同じように一度死ぬ目に遭っていたということに、コゲツがあの時本気で怒っていたことに改めて反省しかない。

「さて嫁殿、御神木の話としてはこの程度ですが、この話を踏まえて一緒に舞えますか」
「うー……っ、人様に見せれるものじゃないんだけど……本当に」
「ご謙遜を」

 能楽堂の舞台の上で御神木を前に、わたしはコゲツに説明を受け、指導はお義母さんがしてくれるらしいのだけど、いつの間にか親戚の人達も集まっているのは何故なのか?
 これは新しい嫁イビリですか? お義母さん!!

「ミカサさんのために、折角作った花嫁のみが着られる舞衣装なのよ。今日は衣装を楽しむ感じでやれば良いのですよ」
「うぐぅ~っ」
「さあ、嫁殿も腹を決めて下さい」

 手に舞い用の紫陽花飾りのついた扇が手に渡される。
 衣装を楽しめと言われても、なんだかわたしには豪奢過ぎる紫陽花を模した絹糸の着物は、お蚕様の繭糸で作られたお家一軒分のお値段という恐れ多い物。
 楽しむどころか練習で着る物ではないと余計に体が強張るしかない。
 コゲツに手を引かれて嫌々足を動かしていると、後ろから何かが背中に当たり床に落ちてくるくると回っていた。
 舞い用の扇だった。
 後ろを振り向くと、眉間にしわを寄せたカズエさんと目が合う。

「覚悟が無いなら、初めから舞台になど上がらなければよろしいのよ!」

 カズエさんの言葉にわたしはぐうの音も出ない。
 周りが少しざわつき彼女を諫めるが、カズエさんに同情するような声もあがる。
 例年通りカズエさんに舞わせるべきではないかと……
 けど――わたしは彼女にコゲツの横で舞う権利を手渡す気はないと、手に持った扇を握り締める。

「嫁殿、大丈夫ですか!」
「平気。コゲツ、わたし踊るからフォローお願いね」
「え、ええ。分かりました」

 背中を摩ってきたコゲツにわたしは精一杯強気に答える。
 扇でカズエさんを指してから前を向き、ダンッと床を足で踏む。
 能楽堂には音を大きく響かせるため、床下にかめという空洞がある。
 カズエさんに向いていた視線は全てわたしへと移った。

 最初の舞は、扇で顔を隠し夢で見た花嫁のように、悲しみと不安と決意を表情に表すことから形を作る。
 わたしの動きに少し遅れて、囃子はやしという能管と言われる笛と小鼓、大鼓、太鼓の楽器を担当しているほし家の傘下の人達が演奏をしだす。
 メロディというよりリズムに近く、わたしの動きは音を拾いながら舞う。
 コゲツと背中合わせで舞っても、彼がどう動くかはちゃんと覚えているし、感覚で分かる。
 顔半分を布で隠しているような人だから、わたしは察し能力も鍛えられた。
 すれ違い、顔をお互いに合わせた時、コゲツの口元が微笑んで夢で見た彼等と重なる。
 ざあ……と風が吹き、御神木に白い着物の髪の長い男性が立っていた。
 その目は紫陽花色の色彩で、目が合うと少しだけ寂しそうに笑って消えた。
 舞台の上には黄桃に似た実が付いた枝が落ちていた。 
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