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遅刻の原因は……
しおりを挟むリベルテが約束に遅れた事なんて一度だって無い。
それなのに今日はもう三十分は待っている。
エイヴェリーはリベルテの身に何か起きたのでは?
と心配になって何かあれば見落とさないようにと馬車には乗らず歩いて彼女を迎えに行く事にした。
暫く歩くと人気のない不自然な場所に停められている彼女の馬車を見つけて、慌てて駆け寄る。
「リベルテは!?」
「それが……」
御者に尋ねると、彼の頬には打たれた跡があり申し訳なさそうに説明をし始める。
けれど、その声を遮るように大きく馬車が揺れた。
「ーーて!離して下さい!」
珍しいリベルテの悲鳴にも似た大声に慌てて馬車を開けると、彼女に覆い被さるようにして押さえつけるカルヴィンと、髪を乱して必死に抵抗するリベルテが居た。
どんな表情をしている?
自分は何をしている?
思考などとうに止まっていて気付けば力づくで引き剥がしたらしいカルヴィンを馬車の外に投げ捨て馬乗りになっていた。
「やめて下さい!公爵閣下!」
「お前はリベルテのその声に応えていたかな?」
「私はただ、恋人として躾を……」
「リベルテに恋人などいないよ。僕は親友だ全部知ってる」
身を整えて慌てて出てきたリベルテが自分に駆け寄り心配するとでも思ったのか期待の眼差しで彼女を嬉しそうに呼ぶカルヴィンにさらに胸の中のザラザラとした何かが増す。
けれど、彼女が口にしたのはエイヴェリーの愛称だった。
「エイヴ……っ!怪我はない!?」
「リベルテ……っ!何で……、お前は私のーーっ!!」
思わず彼の頬を殴った。
これ以上は彼女を侮辱する言葉を聞いていられなかった。
「お前の何だ?」
「ーっ、私の愛じ……っんぐ!!」
別に人を殴る事が初めてな訳じゃない。
痛むのは擦りむけた拳よりも、心のほうだった。
リベルテの赤い瞳が潤んで、小さく何かを呟いた。
それよりも大きな声でカルヴィンが叫ぶ。
「じゃあ……っ!貴方の何だと言うんだ!!!」
「彼女は僕の大切な人だ」
考える余地も無かった。
彼女にあんな顔をさせてしまった事が何よりも辛い。
早く抱きしめて「今日はやっぱり邸で美味い酒を飲もう」と笑顔で慰めるべきなのに、カルヴィンはまだリベルテの名を呼び彼女は自らのモノだと叫んでいる。
「違う、リベルテは私から離れられない……!」
「まだ口が動くのか?」
「エイヴ……、帰ろうよ」
背中が温かくなって、好きなリベルテの香りがふわりと香る。
言い聞かせたり、宥めたりするような声色ではない。
悲しさを滲ませるリベルテの声と、子供が甘えるような話し方。
ぎゅっとお腹で握られた両手は震えていて、小さな声で「ありがとう」と言った彼女の声は泣くのを堪えているようだった。
「ーっ、ごめん!リベルテ!」
「違うの。私の為に貴方を傷つけたくないの」
「傷ついてなんかないよ、傷つけたかもしれないけど……」
「そんな事ないわ!我が身のように怒ってくれる親友が居て、それが貴方で心強かった。嬉しいわ」
もう動く事が出来ないないのだろう、うわ言のように彼女を呼びながら瞳だけ動かせるカルヴィンを悲しそうに見て、リベルテははっきりと「さようなら」と告げた。
「もう、二度と会いに来ないで」
「リベルテ!!」
御者に彼を送るように伝え、ついでに自分の馬車を呼んだ。
馬車の中で、向かい側に座った彼女は髪を手櫛で治してからまだ目尻に涙を残したまま嬉しそうに笑った。
「かっこよかったわ、助けてくれてありがとう」
「こっちに来て」
「エイヴ?」
髪を片側によけた際に見えた首元の赤い跡に胸がざわりとして、思わず彼女を呼ぶと、不思議そうに隣に座る。
彼女の首元を撫でて知らせると、顔を青ざめさせて「やだ、最低」と呟くがそれすらも聞かず触れるだけのキスで上書きした。
「きゃっ、エイヴ!?」
「変態男より、僕の方がましだろ……」
「ふっ、どうして貴方も怒ってるの?」
「笑わないで。君を穢す奴は僕が全員許さない」
「頼もしい親友が出来たわね」
笑うリベルテの頬はほんのりと桃色だったが、エイヴェリーが持つ親友以上の感情には気付いていない様子だった。
だからこそエイヴェリーはリベルテのそこをもう一度だけハンカチで拭って「邸に帰ったら、湯を浴びてから飲み明かそう」となるべく明るく笑った。
「ええ、お出かけは今度ね!」
「いつでも行くさ」
「忙しい癖に」
「そうならそうで、またどちらかの邸で仕事すればいい」
「あなたって本当、私が大好きね」と悪戯に笑うリベルテに向ける笑顔がもっと深い愛情だと言う事を彼女が知るのはいつになるのだろうかとふと考えながらも、彼女の好きな酒の肴とウイスキーの銘柄を考えた。
(あぁ、大好きだよ。気付けばどんどん深く想ってる)
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