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慈愛と目覚め
キラキラと輝く金髪のうぶ毛を撫でながらメーデアは甘い溜息をついた。
子供など邪魔だと考えていたし、もしアルベルトの子であればそれを理由に侯爵家へとまた入る事ができるかもしれない。
その程度の利用価値があるだけの存在だった筈なのに……
(なんて可愛いのかしら……っ!)
目がきちんと開いたら、この子の瞳の色はアルベルトと同じ色素の薄い青い瞳だろうか?
貴族らしい金髪、白い肌、まだ赤子だというのに分かる整った顔立ち。全てメーデアが欲しくて止まなかったものだ。
それに加えて幸運な事に男の子だった。
という事は侯爵家へと戻れなくとも、ブリーズ男爵家として私達を見捨てる事はできないはずだ。
「私の可愛い赤ちゃん、ありがとう」
我が身から生まれ出て来た所為かやけに愛おしく感じる息子をみつめて、とうとうこんな場所でも人並みの幸せを手に入れたのだとニヤニヤと口元を緩ませた。
そんなメーデアをゾッとしたような表情で見るメイドは数少ないブリーズ領に残ったメイドだが、メーデアは表情管理の出来ない無能なメイドを嫌っている。
それでも女手が少ないブリーズ領でまともなメイドを見つけることは難しいと理解してきたので、メーデアは舌打ちをしたものの彼女に振り上げようとした手を堪えるようにぎゅっと握った。
「アルは?」
「男爵様は執務室におられます」
「ふん、そう」
アルベルトの青ざめた表情と落胆したような声色。
恐怖の混じった瞳、あれはきっとメーデアを追い出す口実がなくなった事に絶望していたのだろう。
考えるだけでも腹立たしいが、アルベルトとて自分の子が可愛いくなるはずだ。いつまでも無視はできないだろう。
しかしメーデアにとってブリーズ領に来てから初めて、やっと訪れた平凡な日々はたったの数日、招かざる客によって打ち砕かれた。
「ようこそ、ブリーズ領へ」
「お招きありがとうございます。訪問が遅くなり申し訳ありませんブリーズ男爵」
常に食糧不足に悩むこのブリーズ領を運営する為にマルゴ子爵の案で取引をした商談が取引をしている家門、ヒリング子爵家の夫人イリア・ヒリングの訪問だった。
干した野菜や、作物が豊かな田舎ならではの長期保存方法。
寒い地でも育つ作物の共同研究についての視察と打ち合わせだ。
慰問を兼ねての視察であるので騎士や聖職者が立ち会う。
「どうして……」
「なんだ?調子が悪いなら部屋に戻ってーーー」
「いいえ!大丈夫よアル!」
メーデアが煩わしいのだろう、公用の優しげな表情を貼り付けたアルベルトが彼女を部屋に戻そうとする声を遮り、メーデアはその場に残ると伝えた。
厳密にいえば、イリア・ヒリング夫人が問題なのではない。
彼女の後ろに控える同伴者、ヘルゲン司教、彼が問題なのだ。
形式的な自己紹介を交わすアルベルトとマルゴを他人事のように眺めながら、恐る恐るヘルゲンを盗み見る。
「ーーっ、!」
神秘的な金色の瞳がふわりと微笑みかけ、人の良さそうな表情がみるみる内に仄暗く変化すると怪しげに口角を吊り上げたのだ。
メーデアがまだ学生で、彼がまだ王都にいる頃。
大神官の親族かもしれないと噂のヘルゲンに目を付けた彼女は執拗に彼に言い寄ったが、彼は人当たりこそ良いもののメーデアに靡く事はなかった。
それに彼はどうしてか自ら田舎の教会を志願したのだと噂で聞いた。メーデアもまた良い成績を残し卒業するとマルグリス侯爵家でアルベルトの秘書として働き口を得てすっかりと忘れていた。
婚約者のいるアルベルトを誘惑しながら、慣れない貴族社会での秘書業は楽では無かったが、ルージュから彼を奪えた。
そんな自分への褒美だとこっそり飲みに出かけた先で再会したのが、当時仕事で王都に立ち寄ったヘルゲンだった。
一度ではない。懐かしさからか、彼の美貌の所為か、メーデアは彼が王都に滞在している間、何度も彼と逢瀬し関係を持った。
あれほどまでに靡かなかったヘルゲンが何故、あえてメーデアと関係を持ったのかなどと考えもしなかった。
母は強し、皆がよく使う言葉だ。
メーデアもまた母になった事で鋭くなったのだろうか、それともただの杞憂か?
何故かヘルゲンを見て危険だと感じるのだ。
(お互いにただの火遊びよ、何も起こらないわ)
けれど、自分に言い聞かせて考え耽るメーデアを置いて先々と中へと客人を招き入れるアルベルトのおかげで、彼女とヘルゲンはすれ違うことになった。
「お疲れ様、期待通りだよ」
「……は?」
ヘルゲンが囁いた言葉の意味が理解できない。
そんなメーデアを気遣う素振りを見せたヘルゲンは彼女の元へと戻り、恐ろしいほど綺麗な笑顔で意味の分からない言葉を更に告げた。
「何も持っていない人が良かったんです」
「なに、どういう意味?」
「実は、女は嫌いでね。使い捨てられる人を探してたんだずっと」
混乱するメーデアを覗き込んだ彼が怖くなってアルベルトの元へと半ば走るように追いついた。
振り返るとヘルゲンはもう聖職者らしい優しげな表情でイリアとなにやら言葉を交わしている。
(なによ、不気味な奴ね)
メーデアは嫌な予感がした。
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