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疲れ果てた秘書と領地
寒々とした領地、監獄に適した環境。
決して誰も逃げ出す事が出来ない程の過酷な寒さと岩や氷山に囲まれた場所。
本来ならば環境を整え、国を守る要塞としての役割も果たす領地へと有益化する予定だったこの場所は、未だに改善できずずっと監獄として運営されている。
テンタシオンはルージュを連れて来たことを後悔していた。
きちんと収監されているだけでもマルゴ子爵の努力が伺えるというものだろう。
更生しうる者、更生の余地のない者それを分けたプログラムが組まれていないせいで囚人同士でカースト制度やいざこざが絶えないようだった。
「おっなんだぁ?貴族のねーちゃん、そんな優男よりコッチの方が力強いぜぇ」
檻の中から声をかける大柄の男をひと睨みして通り過ぎる。
心配になってルージュを盗み見ると、こちらが心配したり後悔していたことが恥ずかしくなる程、感情の読み取れない澄んだ表情をひとつも動かず、相変わらず優雅に堂々としていた。
(強いひとだよな、僕の妻は)
一通り今日確認すべき場所の視察を終え、本日行われるというヒリング子爵家の囚人への慰問と、ブリーズ領に勤める者達へ行われているという食材についての講習を見学する予定になっている為に、一抹の不安を抱えつつルージュと一緒に用意された部屋に一度戻ることにした。
「疲れてないか?」
「ええ、テンタシオンこそずっと気を張ってたでしょう」
なんとなくぎゅうっとルージュを正面から抱きしめたテンタシオンは心の中で珍しくも悪態づく。
(領地の経営すらままならないとは……彼は一体何をしているんだ?)
「テンタシオン、きっと何も起こらないわ」
微かにだがテンタシオンに表情の強張りを感じたルージュはそうであるように願いを込めて彼に言い聞かせるように言った。
彼の心配事が何であるのか分かっている上に、テンタシオンがルージュに危険が及ぶのではないかと心配していることにもちゃんと気付いていたからだ。
アルベルトとメーデアだけではなく、ヒリング子爵の代わりにイリアまでが来ていることは予想外であった。
何も起こらなければいいと願いながらも、そんな筈はないと身構えてしまう。
「そう願うよ。念の為僕のそばを離れないで」
「ありがとう。約束するわ」
テンタシオンの眉がぴくりと反応する。
人が近づいてくる気配を感じてルージュの肩を抱いた。
「ご挨拶に伺いました。イリア・ヒリングです」
久しいが間違いなくイリアの声だった。
彼女とて一人でブリーズ領を歩き回ることは危険だろうとルージュが慌てて扉を開けるように指示するが彼女は一人ではなかった。
「初めまして。慰問の為、同行した神官のヘルゲンです」
「宜しく頼むよ。陛下からの命で参りました。テンタシオン・ウィクトルです」
「妻のルージュ・ウィクトルです」
ヘルゲンは二人を見て驚愕した。
厳密に言うとルージュを見てだ。
ヘルゲンは欲深い人々を嫌悪している。
神殿の人間や貴族などは特にだった。
それに対して無垢な子供や無欲な老人などに興味こそ薄いものの嫌悪は感じていない。
正統な聖なる血がそうさせるのか、彼の性格によるものなのかは考えたこともなかったが、そういった面での見る目はあるのだと自負している。
だからこそ驚いたのはルージュの澄んだ雰囲気と、貴族だと一目で分かる整えられた装いとは相反する清廉さだ。
会話を交わさなくとも分かる、メーデアやイリア、出会ってきたどの女性達とも違う言葉では言い表せられない清らかさ。
大義の為に穢れてしまった自分と比較すると恨めしいのと同時に自分の想像した守るべき清らかな民たちはこんな人だろうとも思った。
けれどきっともうこの大公に穢されているはずだ。
どう見ても貴族社会に生きる生粋の貴婦人であるし、大公夫人ともなれば様々なライバルを踏み越えて来た筈……
(それなのに……なんて清らかな空気を醸し出すんだ)
イリアは硬直するヘルゲンの横顔を見て嫉妬心が燃え上がる。
テンタシオンだけでなく、ヘルゲンまでもがルージュに見惚れてしまうだなんて。彼は女嫌いではなかったのか?
「ごほんっ……ヘルゲン」
「あぁ申し訳ございませんお二人が余りにもお似合いで」
「……構いませんよ」
テンタシオンの瞳の奥の冷たさに二人はぞくりとした。
まるでルージュへのそれぞれの思考を読み取られたかのように鋭く感じたからだ。
イリアの反応を見ても一目瞭然だが、ウィクトル大公には涼しげな表情と柔らかく見える物腰の裏側に鋭い刃を持っているのだろう。
(まぁ女などに興味はないが……)
もう一度チラリと盗み見て、この領地のどこかに居るであろうヘルゲンの聖なる血筋を引いた子を考えた。
(望むものは、未来だ。私の跡を継ぐ子と大神官の地位だけ)
テンタシオンもまたヘルゲンの優しげに下がった目尻と、ほんのりと上がる口角を一瞬だけ見て気味が悪いと考えていた。
ルージュをエスコートする手に少し力が入る。
何が何であれ、視察を終えるまでは目を離さないでおこう。
気を引き締めたテンタシオンはまだ気付いていない。
そんなヘルゲンや、テンタシオンの様子をメーデアが見逃さないことを。
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