八年間の恋を捨てて結婚します

abang

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きっかけなど些細なもの


メーデアは人目を避けつつ、すれ違い際に一人の看守に声をかけた。

「お疲れさま」

「奥様、恐縮です」

「ロジックと共に今夜、いつもの部屋へ来なさい」


だらしなく鼻の下を伸ばした看守は「はい」と返事もそこそこにロジックという見目と体格の良い若い囚人の牢へと駆けつけて行った。

トムと言う中堅の看守は無類の女好きで、ある程度整った容姿をしているメーデアにすぐに靡いた。


彼の手を借りて、従順で見目の良い者をえらんでをしていたがお腹が大きくなるにつれてそんな気は起きなくて、近頃はめっぽうだった。

勿論、今回はその為に二人を呼んだわけではなく彼らをルージュにけしかける為だ。それもなるべく分かりやすく。

ヘルゲンは自分も女性を利用している癖に聖職者の性か、少し潔癖な一面があった。
下世話な会話や、女性や子供に乱暴をするようなことはとても嫌った。

それならば、目の前でヘルゲンののルージュが絡まれていたら彼はきっと助けに入るだろう。


テンタシオンが近くに居る方がいいのだ。

ヘルゲンにその行動を起こさせることによってテンタシオンとルージュからの警戒を薄めることが目的なのだから。
彼らは義理堅い人柄ゆえにヘルゲンとの距離も縮まるだろう。


(さぁヘルゲン、欲しいものは近くにあると手に取りたくなるものよ)


その先は欲が出たヘルゲンの行動にきっとテンタシオンは黙っていないはずだ。上手くいけばヘルゲンはすぐに追い出せるだろう。

メーデアは何がなんでもヘルゲンに子供の瞳の色を知られる訳にはいかなかった。

思惑通り、後日テンタシオンの隙を突いてロジックをルージュに近付け慌てて追ってきた振りをしたトムが大袈裟にテンタシオンに謝罪をして足止めすると、衛兵達よりも早く真っ先にヘルゲンがロジックとルージュの間に入った。


「やめなさい」

「そんな女みたいな風貌で何言ってんだ、神父さんよぉ」

「あなたは……」

「大公夫人、大公閣下の元へ行ってください」

「ヘルゲンさん、貴方は大丈夫でしょうか?」


丁寧に感謝しつつも、ヘルゲンを気遣ったルージュを見たヘルゲンは「大丈夫ではないと言えば手を引いて一緒に逃げ出してくれるのだろうか?」などと自分の欲深い煩悩にぞわりとした。

煩悩を振り払い「どうぞ、安心して下さい」と笑みを貼り付けたが、テンタシオンがこちらへ向かうのが見えた途端にあからさまに安堵するルージュに胸がチクリとした。


(まさか、私が助けたのに美味しい所をもっていかれたと嫉妬しているのか?)


ヘルゲンは脳内で自問自答し続けていたが、その様子を遠目で見ているメーデアはほくそ笑んでいた。

これがうまく行けばヘルゲンはさっさとこの領地から引き上げさせられる。メーデアが我が子と離れる心配が無くなるのだ。

ロジックは罪人だが賢く、狡猾だ。
貧しい故郷の為に反乱を起こした彼は、メーデアの身体に惹かれたのではなく故郷の為にどうにか彼女を利用しようとしているのだ。

上手く誤魔化すだろう。何も起きていないし何も起こす気のない彼はせいぜい元の檻へ戻るだけだ。
ルージュの方がメーデアより地位と権力を持つ事をもう既に読み取っているだろう。
彼はあっさりとテンタシオンにひれ伏す筈だ。


(私の周囲にはそんな男ばかりね……)


自嘲気味に笑って、少し執拗に声をかけられただけだと言うのに大袈裟にルージュを心配して腕の中に仕舞い込んで離れないテンタシオンを見て少し羨ましいと思った。


(彼との子なら幸せでしょうね)

いつも憂鬱な表情をしていたあの頃のルージュとは違う。
血色の良い頬や、幸せそうな笑顔をみて今までとは違う感情が湧き上がってきたがそれが何かまでは考えなかった。


そしてふと、嫉妬と憎しみ、欲望に満ちたイリアが視線に入って冷静になった。


自分もあんな風な表情をしているのだろうか?

そんな醜悪な心で愛おしい我が子に笑いかけているのだろうか?

「そんなの……、だめよ」

どうしてあれほどまでにルージュに拘っていたんだろうかと急に虚しくなった。
それはアルベルトへの燃えるような想いが無くなったからかもしれないし、我が子には自分のようにはなって欲しくないと思ったからかもしれない。

それでもふっと力が抜けた。

するべきことが終わったら、大切な我が子の為だけに生きようとさえ思えた。


「大変失礼致しました。公子様、ルージュ様」

「メーデア……」

「トム、ロジックを牢へ。早く」


思わず足が進んでいた。
ルージュがいなければ、彼女が自分と似たような人間だったならこんな気持ちには気づかなかったはずだ。

今回はヘルゲンを追い出す為に餌になってもらうが、今となっては彼女には感謝すべきなのかもしれないとメーデアは思った。

ルージュは女主人らしくその場を収めたメーデアの行動に彼女が「変わった」と感じて思わず彼女を引き止めた。



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