49 / 49
忘れ物の正体
窓の小さな、閉鎖的な部屋。
窮屈なわけではないが貴婦人にしては質素な部屋だった。
調度品や食器は相変わらず派手なものの、着ているドレスは動きやすそうだ。
不思議に思ったルージュが冷遇されているのか?と尋ねると違うと笑ったメーデアは「趣味が変わったの」と警戒するように厚めのカーテンレースを閉めた。
「ふぎゃあ……」
「少し待ってて下さい。どうしたのルベル」
メーデアの瞳がゆるんで、子供用のベッドの周りを覆うベールが開かれる。
「ーっ、!」
その隙間から見えてしまったのだ。
アルベルトの名前から取ったのだろう。
ルベルと呼ばれたメーデアの息子の美しい金色の瞳を。
ヘルゲンの「忘れ物」を思い出したルージュは顔色を失った。
(まさか、忘れ物って……この子の事だったの?)
なんとか取り繕いながらメーデアがルベルをあやす姿から目を逸らした。
ルージュはとても複雑な気分だった。
メーデアの様子からして、意図してヘルゲンとの子を成した訳では無さそうだが隠し通せるとは到底思えないほど見事な金眼だった。
守るものが出来たメーデアがせっかく改心したというのに、このような形で過去のツケが回ってくるなんて残酷だとも思った。
「ごめんなさい、この子甘えん坊さんで」
「とても大切にしているのね」
「ふふ、この子の為なら何だってできるわ」
「そう……」
あんなにも優しい表情をしたメーデアを見たのは初めてだった。
マルグリス侯爵家にいた頃には意地悪そうに歪められた眉も、憎いと伝えてくる視線も全てが苦手だった。
なのに、赤子の声があまりにも無垢だからだろうか?
彼女があまりにも幸せそうだからだろうか?
(もう全て変わったのね)
ルージュはこの小さな命の為にも全てを許せる気がした。
自分がテンタシオンと出会えて救われたように、彼女もまた救われたのだろう。
「私も、いつか欲しいわ」
「まぁ貴方、純粋すぎるから時間がかかりそうね」
ルージュは今は子のことは黙っておこうと考えた。
彼女が我が子を愛する気持ちが伝わってくるからだ。
どうしたらこの小さな命と母を引き離せるのか?
こんなにも幸せそうな母子を見てそんなことが思えるだろうか。
アルベルトは瞳のことを知らないのかもしれない。
事情こそ分からなかったがルージュはそっと瞳を閉じたのを合図に見なかったことにした。
メーデアも何かを感じ取ったのか、ルージュに感謝するようにティーカップを置いて小さく頭を下げた。
(彼女に救われた人達ってみんなこんな風だったのかしら)
恩を着せる風でもなく、礼を言う隙すらない。
ただ何となくルージュからの大きな思いやりを感じる。
アルベルトですら気遣ってはくれないこの場所。
自分の生き方を振り返ればこうなったのは当たり前だと思っていたメーデアは一人でこの状況を切り抜けて、一人で我が子を守っていくつもりだった。
なのに、あれほど傷つけてしまったルージュから伝わるのだ。
労わる気持ちが声に乗せられいる。
いつ命じたのか、さりげなく女騎士が部屋の隅に置いた物資には誰にも頼れないはずのメーデアを思って、今ルージュが出来る精一杯の手助けなのだろうとも思った。
こんなに素晴らしい人を一度は陥れてしまった。
心が苦しくなるのと、久々に人の優しさに触れたこととの両方でメーデアは涙が溢れ落ちそうになった。
誤魔化すように話題を変えた。
「後の晩餐会には?」
「ええ、テンタシオンと参加するわ」
夜になると試食も兼ねての晩餐会が行われる。
ルージュはメーデアに微笑みかけて「準備しなきゃね」とお茶の礼を言って部屋を出てしまった。
「礼を言うのは私の方でしょう、お人好しなんだから……」
メーデアは沢山泣いた。晩餐会までに腫れさせた目を誤魔化すのにはかなり苦労することになった。
「ルージュ様、公子様にはお伝えしますか?」
「いいえ。でも貴女の立場を理解しているわ全うして頂戴」
凛とした雰囲気、それでいて聖母のような慈悲深さ。
ウィクトルの女主人を差し置いてまで自分をルージュに付けたテンタシオンに一瞬でも不安を感じた事をアルタは恥じた。
今日のことを知ってもなお、テンタシオンはきっとルージュを尊重するだろう。
ルージュもまたそうであるとテンタシオンを信頼しているからこそ、アルタにそう言ったのだろう。
素晴らしい主人に仕えられることをアルタは誇りに思った。
自分たちが入れない女主人の居住区から出てきたルージュとアルタを見かけたヘルゲンは悟っていた。
先ほどのやり取りを盗み見たヘルゲンは、やはりルージュは清く美しいと思いさらに頭の中で彼女を側に置く煩悩に悩まされた。
どちらにせよ、子の出生の秘密を知られたからには早く行動をおこさねばならないとヘルゲンはメーデアのメイドに声をかけた。
「あの、道に迷ってしまって……」
「あっ神父様!」
ほんのりと染めた頬と期待の籠った瞳にうんざりとしたが、案内という名目でメイドとの距離を縮めた。
全ては今晩の為だった。
メイドの手引きで強引に赤子を人前に出して、瞳の色がアルベルトと違うことを指摘するつもりだった。
メーデアは保身の為にヘルゲンとの関係を話さないだろう。
マルグリス侯爵家からの支援も断ち切られ、アルベルトは怒り狂うはずだ。そこでもうすぐ神殿で神官になる自分が神殿で引き取ることを提案すればアルベルトは子供を手放すはずだ。
(メーデアには何もできまい)
ルージュ達がどう出るかだけが不安要素であったが、見たところテンタシオンはお人好しには見えない。
わざわざメーデアに手を差し伸べたりしないだろうと考えた。
「嫌われてしまうのだろうな……」
ふと、ルージュが浮かんでヘルゲンは両手で自分の口を塞いだ。
(今、なんて言った?)
ヘルゲンは振り切るように早足で部屋に戻った。
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(96件)
あなたにおすすめの小説
婚約者を病弱な妹に譲れと言われた夜、冷徹公爵が「では君は私がもらう」と手を差し伸べてくれました
ゆぷしろん
恋愛
伯爵令嬢リネットは、長年支えてきた婚約者エドガーを、病弱な妹ミレイユに譲るよう家族から一方的に命じられる。領地運営の書類作成や商会との交渉までこなし、婚約者を陰で支えてきたにもかかわらず、その働きはすべて当然のように奪われてきたのだ。
失意の中で婚約解消を受け入れたリネットの前に現れたのは、“冷徹公爵”と噂される王弟アシュレイ・クロフォード。
彼はリネットの才覚を見抜き、「では君は私がもらう」と告げて、公爵領へ迎え入れる。
ようやく自分の能力を正当に認められる場所を得たリネットは、北方公爵領で筆頭補佐官として活躍し始める。一方、彼女を失った元婚約者と家族は、次第に行き詰まっていき――。
これは、搾取され続けた令嬢が、自分の価値を認めてくれる人と出会い、後悔する者たちを置き去りにして幸せを掴む物語。
元婚約者が愛おしい
碧井 汐桜香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。
留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。
フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。
リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。
フラン王子目線の物語です。
え〜婚約者さん厳しい〜(笑)私ならそんなこと言わないのになぁ
ばぅ
恋愛
「え〜婚約者さん、厳しい〜。私ならそんなこと言わないのになぁ」
小言の多い私を笑い、マウントを取ってくる幼馴染令嬢。私が言葉に詰まっていると、豪快で声のデカい婚約者が笑い飛ばした。
「そうだな、だからお前は未だに婚約相手が決まらないんだろうな!」
悪気ゼロ(?)の大声正論パンチで、幼馴染をバッサリ撃退!
私の「厳しさ」を誰よりも愛する太陽の騎士様との、スカッと痛快ラブコメディ。
妃が微笑んだまま去った日、夫はまだ気づいていなかった
柴田はつみ
恋愛
「セラフィーヌ、君は少し、細かすぎる」
三秒、黙る
それから妃は微笑んで、こう言った。
「そうですね。私の目が曇っていたようです」
翌朝から、読書室に妃の姿はなかった。
夫への礼は完璧。公務も完璧。微笑みも完璧。
ただ妻の顔だけが、どこにもなかった。
もうお別れしましょう!これであなたとはもう二度と会うこともないでしょう!
睡蓮
恋愛
ガーフ男爵はエリアスに対して思いを告げ、二人は婚約関係となった。しかし、ガーフはその後幼馴染であるルミナの事ばかりを気にかけるようになり、エリアスの事を放っておいてしまう。その後ルミナにたぶらかされる形でガーフはエリアスに婚約破棄を告げ、そのまま追放してしまう。…しかしそれから間もなくして、ガーフはエリアスに対して一通の手紙を送る。そこには、頼むから自分と復縁してほしい旨の言葉が記載されており…。
『愛人を連れて帰ってきた翌朝、名前すら呼ばれなかった私は離縁状を置いて旅に出ます。これからは幸せになります――そう思っていました。』
まさき
恋愛
夫に名前すら呼ばれず、冷たく扱われ続けた私は、ある朝、ついに限界を迎えた。
決定打は、夫が見知らぬ女性を連れて帰ってきたことだった。
――もういい。こんな場所に、私の居場所はない。
離縁状を残し、屋敷を飛び出す。
これからは自由に、幸せに生きるのだと信じて。
旅先で出会う優しい人々。
初めて名前を呼ばれ、笑い、温かい食事を囲む日々。
私は少しずつ、“普通の幸せ”を知っていく。
けれど、そのたびに――背中の痣は、静かに増えていた。
やがて知る、自らの家系にかけられた呪い。
それは「幸せを感じるほど、命を削る」という残酷なものだった。
一方その頃、私を追って旅に出た夫は、焦燥の中で彼女を探し続けていた。
あの冷たさも、あの女性も、すべては――。
けれど、すべてを知ったときには、もう遅くて。
これは、愛されていなかったと信じた私が、
最後にようやく“本当の愛”に気づくまでの物語。
長い…
更新が遅すぎて、話の内容がわからなくなってました…
次から次へといろんな問題が起こり、いつ幸せなエンドになるのか…
終わりが見えず、また更新も遅く、あまりにダラダラ続く話、最初は楽しく拝読してきましたがなんかしんどくなりました。
ギブです…
なかなか、ルージュに穏やかな幸せが訪れず、気の毒です。
メーデアには何度目かのざまぁがあるのかな?
きっとイリアにも…。
でも、この神官も嫌なヤツですね~
続きを楽しみにお待ちしております。
メーデアがいよいよ妖怪じみてきましたね
こわーい