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ウィクトル城の花火
ウィクトル大公城は門を潜ってからの距離が長い。
それでもテンタシオンと馬車に乗る時間はいつもあっという間だった。
「ルージュ、そろそろ門を潜るよ」
「今日はとても楽しかったわ」
「実はまだ見せたいものがあるんだ」
そう言ってテンタシオンが馬車を止めさせると、同時に花火の音が鳴って、彼が先に馬車を降りて「少し歩かない?」と手を差し伸べた。
目の前に見えるウィクトル城と、手入れされた木々やオブジェ、今日の為に準備してくれたのだろうかキャンドルが道なりに二人を案内してくれていて綺麗だ。
それだけでも十分に幻想的な美しさがルージュを感動させているというのに、ウィクトル城の上空は色とりどりの花火で飾り付けられた。
「とても綺麗……」
ルージュが花火に気を取られている間に、いつのまにかテンタシオンは薔薇の花束を手にしていた。
この幻想的な景色がテンタシオンの深い碧の瞳に閉じ込められていてあまりにも綺麗でルージュは見惚れてしまった。
花束を受け取ったルージュの前に膝をついたテンタシオンは、小さな光沢館のあるベルベット素材の箱を開けた。
ダイヤモンドの指輪がキラキラと輝いて、テンタシオンの声だけしか聞こえない気がするほどに、二人だけの世界に思えた。
「僕と、結婚して下さい」
飾り気のない言葉だったが、ルージュはとても嬉しかった。
実を言うと一度目にテンタシオンがうっかりと口走ってしまったときでさえとても嬉しかったのだ。
「はい。宜しくお願いします」
ウィクトルに帰ってきたばかりだと言うのに、彼はいつの間に準備をしたのだろう?
ウィクトルの皆もとても頑張ってくれた筈だ。
きちんと思い出に残るプロポーズにしたいと言ってくれたテンタシオンの気持ちが、一生忘れられないだろう今日の光景が、あまりにも嬉しくてルージュは涙を堪えられなかった。
「やった! ありがとうルージュ」
「私こそありがとう、テンタシオン」
二人が抱擁したのを合図に、フィナーレの花火が更に上がっていつの間に準備したのか、気恥ずかしくなるほどに可愛い造りの馬車が待っていた。
「さぁ行こう、これだけ騒がせたら母上も驚いたはずだよ」
「お義母様にも言っていなかったの?」
「すぐに顔に出ちゃうから、秘密にしたんだ」
「こんなに可愛い馬車は初めてだわ!」
「子供の頃に憧れていたと聞いた事があったから」
「嫌だったかな?」と自信なさげに言うテンタシオンにルージュの胸はまたきゅっと締め付けられる。
そんな些細な話まで覚えていてくれたんだと思うと、なんとも言えない愛おしい感情が込み上げてきて、落ち着かせようと息を大きく吸いこんだ。
「ううん、とても嬉しい!」
「ルージュはいつも人の願いばかり叶えているだろう?」
「そんな事ないわ……、ただのおせっかいよ」
「たまにはルージュの願いが叶う日があってもいいと思って」
馬車が城に着くなり、可笑しくて仕方がないといった表情のテンタシオンの父と「一体何事ですか?」と慌てた様子の母が出てきたところで、ルージュの左手の指輪と、百八本のバラの花束を見て瞬時に表情を明るくした。
「行動が早いのね!流石私の息子だわ!」
「おめでとう、ルージュ、テンタシオン」
ウィクトル大公の言葉に続いて、使用人達からの拍手合切が起きる中「疲れてはいけない」とテンタシオンはルージュに残りの休日の夜をゆっくりと過ごして欲しいと部屋に戻した。
「実は、奥様の為に部屋を整えるように仰せつかっております」
元々、素晴らしい部屋だったが調度品も全てがルージュの好みに合わせたものに変わっており、クローゼットには沢山のドレスと宝飾品などがきちんと整理整頓されて贈られていた。
「こんなにも沢山……!」
「これから暫く忙しくなるから、その為にと」
彼の行動や言葉だけでも充分に愛が伝わっているというのに、できる限りの全ての愛情表現をしようとしてくれていて、それがとても嬉しいと思った。
「妻としてきちんと努めるわ。それに私とても彼を愛しているの」
「直接それを公子様に伝えて差し上げると喜びになられますよ」
「ええ、ちょっと行ってくるわね!」
テンタシオンの居る所まで、廊下を走るルージュをウィクトルの使用人達は微笑ましく見守った。
大きな花火のおかげか、翌日の新聞には大々的にテンタシオンがルージュにプロポーズしたことが取り上げられた。
暫くはルージュの元には招待状が溢れ返り、忙しく過ごしている内に式はいつ頃かと実家のアザールからルージュの母がやって来たりとあっという間に日々が駆け抜けた。
社交界は相変わらず息の合った仕事ぶりのテンタシオンとルージュの話題で当分はもちきりだろう。
それにーーー
「聞いたか?」
「ええ、あなたとうとうウィクトル大公のご子息が結婚するらしいわね」
「あら、ちょうどウチにも招待状が届きましたのよ」
「お二人の姿を見るのが楽しみですわねぇ!」
皆、二人の晴れ姿を楽しみにしているようだった。
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