八年間の恋を捨てて結婚します

abang

文字の大きさ
9 / 49

ウィクトル大公家



偶然というにはあまりも仕組まれているが、テンタシオンは今日は探さずとも想い人に会えることに感謝した。


いつもは昼時の休憩中の間にだけ、ルージュの時間を独り占めする事ができる。

けれど今日は母同士ののお使いで彼女はこのウィクトル大公家を訪ねてくるらしい。

分かりやすく鼻歌を歌う母とさっきすれ違ったばかりだが、先日のあまりにも格好のつかない自分の宣誓はどうやら両親をとても喜ばせたらしい。

早々に両家の両親達は張り切ってテンタシオン達が顔を合わせるきっかけ作りを始めたようだ。


これからのランチタイムはルージュを探すのが簡単になるだろう。本当はそろそろきちんと約束をして会いたいのだが、なんて伝えたらいいのか言葉が出てこない。


これじゃあまるで幼い子供だ。
こんなにも言葉を沢山知っているのに、ルージュをスマートに誘えない。

頭の中で試行錯誤しては不恰好な自分が想像できてしまうばかりだった。

そうこうしている間にルージュは母のお使いを終えたようで、嬉しいことにテンタシオンと会いたいと言っている事を使用人が伝えに来た。


「すぐ行く」


今日はやけに幸運が続くなとふと不安になって鏡で身だしなみの乱れがないか素早く確認してから応接間へと急ぐ。


「ルージュ、お待たせしましたね」

「いいえ、突然来たのにこんなにも早く来てくださって感謝します」

「うちの母達のお使いでしょう」

「はい。それと私もちょうどテンタシオン様に会いたかったんです」


想像していた通りの不器用な表情。

ほんの少し眉をひそめて、困ったような表情。

頬と耳の先が少しだけ桃色に染まっているところを見ると、ルージュはもしかしたら……


(照れているのか?)


気付いてしまったらもう、なおさら愛おしくて本当ならば胸の中に閉じ込めてしまいたいところをぐっと堪えた。


「少し唐突すぎるかと思ったのですが」

「とても嬉しかったです。だからどうしても直接あなたにお礼を言いたくなりました」


ふわりと笑ったルージュの表情はいつもの大人びたものではなく、まるで少女のような笑顔でテンタシオンは心臓どころか身体ごと大きく鼓動しているのではないかと不安になった。


「僕も、嬉しいです」


ルージュはテンタシオンの一人称がいつもと違う事に気付いた。

いつもの「私」と言う一人称よりも少し砕けた口調で「僕」と言った彼は自分でそれに気付いたのか少し照れた様子で咳払いした。


互いに上手い言葉が見つからずに視線を絨毯に落としたが、パッと顔を上げるのも同時だった。


「「あの……!」」

「ふふ、お先にどうぞ」

「じゃあ私から……」


テンタシオンは照れ笑いのルージュも愛らしくて仕方がなかった。
どうしても今言わないとまた勇気を失う気がして、彼女の言葉に甘えて先に話すことにした。



「よく会うので、もういっそ僕と毎日食事をしませんか?」

「えっ」

「あっ、いや……よければ貴女の時間を毎日少しだけ僕にいただけませんか?ルージュと過ごす昼の時間が毎日楽しみなんです」



頭の中で何度も考え直したスマートな言葉はどれも出てこなかったし、決して上手くも言えなかった。

けれど観念して正直に言ってしまえば、少し驚いたあとにルージュはテンタシオンを嬉しそうに見上げて「私も近ごろ貴方と話すのが楽しみなんです」と笑ってくれたのだ。


顔に熱が集まっているのが自分で分かる。

ほんのり桃色に染まっているルージュよりもきっと自分の顔はもっと赤いだろう。


「実は私も同じ事を言おうとしていました」

「そうだったんですか……!」

「だから、違う話にしようと思います」

「はい」


あまりにも可愛くてもうルージュの目をじっと見られないでいるテンタシオンに追い討ちをかけるように桃色に染まったままの頬ではにかみながら「敬語は無しにしませんか?」と提案して来たルージュにまた心臓が高鳴った。


「はい、喜んで」

酒場の店主みたいな返事をついしてしまったと恥ずかしくなったが、ルージュはそんな事少しも気にしていない様子で「初めて異性の友人ができました」と嬉しそうだった。


「ではテンタシオンと呼んで下さい」

「もう呼んでいますが?」

「様、と付けるでしょう?」

「あ……敬語」

「あっ、ほんとだ」


なんだかおかしくなって二人で笑った。

しばらく笑って、お茶で喉を潤せばもう二人は元々友人だったかのように自然に砕けた口調で話せていた。
感想 96

あなたにおすすめの小説

婚約者を病弱な妹に譲れと言われた夜、冷徹公爵が「では君は私がもらう」と手を差し伸べてくれました

ゆぷしろん
恋愛
伯爵令嬢リネットは、長年支えてきた婚約者エドガーを、病弱な妹ミレイユに譲るよう家族から一方的に命じられる。領地運営の書類作成や商会との交渉までこなし、婚約者を陰で支えてきたにもかかわらず、その働きはすべて当然のように奪われてきたのだ。 失意の中で婚約解消を受け入れたリネットの前に現れたのは、“冷徹公爵”と噂される王弟アシュレイ・クロフォード。 彼はリネットの才覚を見抜き、「では君は私がもらう」と告げて、公爵領へ迎え入れる。 ようやく自分の能力を正当に認められる場所を得たリネットは、北方公爵領で筆頭補佐官として活躍し始める。一方、彼女を失った元婚約者と家族は、次第に行き詰まっていき――。 これは、搾取され続けた令嬢が、自分の価値を認めてくれる人と出会い、後悔する者たちを置き去りにして幸せを掴む物語。

妃が微笑んだまま去った日、夫はまだ気づいていなかった

柴田はつみ
恋愛
「セラフィーヌ、君は少し、細かすぎる」 三秒、黙る それから妃は微笑んで、こう言った。 「そうですね。私の目が曇っていたようです」 翌朝から、読書室に妃の姿はなかった。 夫への礼は完璧。公務も完璧。微笑みも完璧。 ただ妻の顔だけが、どこにもなかった。

なぜ、虐げてはいけないのですか?

碧井 汐桜香
恋愛
男爵令嬢を虐げた罪で、婚約者である第一王子に投獄された公爵令嬢。 処刑前日の彼女の獄中記。 そして、それぞれ関係者目線のお話

ジェリー・ベケットは愛を信じられない

砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。 母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。 それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。 しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。 だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。 学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。 そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。 ※世界観はゆるゆる ※ざまぁはちょっぴり ※他サイトにも掲載

この恋は幻だから

豆狸
恋愛
婚約を解消された侯爵令嬢の元へ、魅了から解放された王太子が訪れる。

え〜婚約者さん厳しい〜(笑)私ならそんなこと言わないのになぁ

ばぅ
恋愛
「え〜婚約者さん、厳しい〜。私ならそんなこと言わないのになぁ」 小言の多い私を笑い、マウントを取ってくる幼馴染令嬢。私が言葉に詰まっていると、豪快で声のデカい婚約者が笑い飛ばした。 「そうだな、だからお前は未だに婚約相手が決まらないんだろうな!」 悪気ゼロ(?)の大声正論パンチで、幼馴染をバッサリ撃退! 私の「厳しさ」を誰よりも愛する太陽の騎士様との、スカッと痛快ラブコメディ。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

元婚約者が愛おしい

碧井 汐桜香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。 留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。 フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。 リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。 フラン王子目線の物語です。