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ウィクトル大公家
偶然というにはあまりも仕組まれているが、テンタシオンは今日は探さずとも想い人に会えることに感謝した。
いつもは昼時の休憩中の間にだけ、ルージュの時間を独り占めする事ができる。
けれど今日は母同士の大した事のない用事のお使いで彼女はこのウィクトル大公家を訪ねてくるらしい。
分かりやすく鼻歌を歌う母とさっきすれ違ったばかりだが、先日のあまりにも格好のつかない自分の宣誓はどうやら両親をとても喜ばせたらしい。
早々に両家の両親達は張り切ってテンタシオン達が顔を合わせるきっかけ作りを始めたようだ。
これからのランチタイムはルージュを探すのが簡単になるだろう。本当はそろそろきちんと約束をして会いたいのだが、なんて伝えたらいいのか言葉が出てこない。
これじゃあまるで幼い子供だ。
こんなにも言葉を沢山知っているのに、ルージュをスマートに誘えない。
頭の中で試行錯誤しては不恰好な自分が想像できてしまうばかりだった。
そうこうしている間にルージュは母のお使いを終えたようで、嬉しいことにテンタシオンと会いたいと言っている事を使用人が伝えに来た。
「すぐ行く」
今日はやけに幸運が続くなとふと不安になって鏡で身だしなみの乱れがないか素早く確認してから応接間へと急ぐ。
「ルージュ、お待たせしましたね」
「いいえ、突然来たのにこんなにも早く来てくださって感謝します」
「うちの母達のお使いでしょう」
「はい。それと私もちょうどテンタシオン様に会いたかったんです」
想像していた通りの不器用な表情。
ほんの少し眉をひそめて、困ったような表情。
頬と耳の先が少しだけ桃色に染まっているところを見ると、ルージュはもしかしたら……
(照れているのか?)
気付いてしまったらもう、なおさら愛おしくて本当ならば胸の中に閉じ込めてしまいたいところをぐっと堪えた。
「少し唐突すぎるかと思ったのですが」
「とても嬉しかったです。だからどうしても直接あなたにお礼を言いたくなりました」
ふわりと笑ったルージュの表情はいつもの大人びたものではなく、まるで少女のような笑顔でテンタシオンは心臓どころか身体ごと大きく鼓動しているのではないかと不安になった。
「僕も、嬉しいです」
ルージュはテンタシオンの一人称がいつもと違う事に気付いた。
いつもの「私」と言う一人称よりも少し砕けた口調で「僕」と言った彼は自分でそれに気付いたのか少し照れた様子で咳払いした。
互いに上手い言葉が見つからずに視線を絨毯に落としたが、パッと顔を上げるのも同時だった。
「「あの……!」」
「ふふ、お先にどうぞ」
「じゃあ私から……」
テンタシオンは照れ笑いのルージュも愛らしくて仕方がなかった。
どうしても今言わないとまた勇気を失う気がして、彼女の言葉に甘えて先に話すことにした。
「よく会うので、もういっそ僕と毎日食事をしませんか?」
「えっ」
「あっ、いや……よければ貴女の時間を毎日少しだけ僕にいただけませんか?ルージュと過ごす昼の時間が毎日楽しみなんです」
頭の中で何度も考え直したスマートな言葉はどれも出てこなかったし、決して上手くも言えなかった。
けれど観念して正直に言ってしまえば、少し驚いたあとにルージュはテンタシオンを嬉しそうに見上げて「私も近ごろ貴方と話すのが楽しみなんです」と笑ってくれたのだ。
顔に熱が集まっているのが自分で分かる。
ほんのり桃色に染まっているルージュよりもきっと自分の顔はもっと赤いだろう。
「実は私も同じ事を言おうとしていました」
「そうだったんですか……!」
「だから、違う話にしようと思います」
「はい」
あまりにも可愛くてもうルージュの目をじっと見られないでいるテンタシオンに追い討ちをかけるように桃色に染まったままの頬ではにかみながら「敬語は無しにしませんか?」と提案して来たルージュにまた心臓が高鳴った。
「はい、喜んで」
酒場の店主みたいな返事をついしてしまったと恥ずかしくなったが、ルージュはそんな事少しも気にしていない様子で「初めて異性の友人ができました」と嬉しそうだった。
「ではテンタシオンと呼んで下さい」
「もう呼んでいますが?」
「様、と付けるでしょう?」
「あ……敬語」
「あっ、ほんとだ」
なんだかおかしくなって二人で笑った。
しばらく笑って、お茶で喉を潤せばもう二人は元々友人だったかのように自然に砕けた口調で話せていた。
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