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それでいいと思っている
しおりを挟む「テンタシオンっ」
「あ……少し歩くのが早かったかな?」
振り返ったテンタシオンが本当にそう心配しているのが分かる。
間違いなく彼は自分の為に行動している訳じゃなくて、ルージュのことを思って行動してくれたのだと信じられた。
だからこそルージュはテンタシオンが優しいからと、アルベルトと自分の問題に巻き込んでしまったのではないかと案じている。
実際に恋仲であるメーデアとアルベルトとは違って、エスコート以外で手を繋ぐことも触れ合ったこともない。
気の合う友人であり、「少し気になる人」程度の他人だ。
けれど周囲の人の視線がやけに刺さり、囁くような声でされる噂話がやけに耳に通る。
アルベルトはメーデアと、ルージュはテンタシオンと……まるで互いが別の人を愛したかのように見えているのだろう。
先ほどのようにテンタシオンがルージュを庇うことによってさらに彼を噂の渦中に引き込んだことが気がかりだった。
相変わらず心配そうな表情で覗き込んだテンタシオンの深い蒼色の瞳を誠意を込めて見つめながら、ルージュは心を込めて謝罪した。
「あなたを巻き込んでしまってごめんなさい」
ほんとうに何のことだから分からないという風なテンタシオンへルージュが説明するように言葉を続けると彼はふわりと笑った。
「私の抱える問題の所為で貴方まで不誠実だと噂されるわ」
「ふ、気にしすぎだ。ルージュは優しいね」
「きちんと婚約解消を伝えて早く公表するわ」
別に、ルージュがテンタシオンとの関係を急いでそう言ったわけではないと知っている。
ただ彼に迷惑をこれ以上かけないようにという意味合いだとも。
けれど今度はテンタシオンがこんなにも純粋で律儀なルージュに申し訳なくなった。
ただのいい人、友人、ルージュから見た自分が例えまだその程度だとしても自分はルージュが好きだ。
それほど長い期間居た訳でなくともきちんと恋心を持っているし、傷ついたルージュにつけ込んでいるようなものだ。
いつも些細なことで感謝して、噂好きなだけの貴族達の視線からどうにかしてテンタシオンを守ろうとするルージュにテンタシオンもフェアでいたいと思った。
「本当は、そうなったっていいと思ってるんだ」
「え?」
「ちゃんと下心があって優しくしてるんだ」
テンタシオンは大公家の跡取りだ、お金にも困っていないしウィクトル大公家がわざわざ遠回りして伯爵家から何かを得る必要もない。
ルージュはいくら考えても彼の言う「下心」が想像出来ずに促すようにテンタシオンを見ることしかできない。
そんなルージュに一歩近づいたかと思うと片膝を立て跪いたテンタシオンはルージュの手を取って少し眉尻を下げて微笑んだ。
「ルージュに意識して欲しくて努力してる」
いくら鈍感だとしても、テンタシオンの真摯な瞳と手の甲の柔らかい唇の感触に頬が熱を持つ。
(なんだかドキドキするわ……)
女性としてルージュに対してそう言ってくれているのだろうか?
婚約を解消したばかりの自分が彼の言葉に胸をときめかせていることが後ろめたくてほんの少しだけ地面に視線を落とした。
それを読み取ったようにテンタシオンは「急ぎません」と言って立ち上がるとルージュの髪を撫でた。
「今は僕を知って欲しい」
「わ、私……」
「何も言わないでただ魅力的な友人として接して」
悪戯に笑うテンタシオンはルージュが考えすぎないように戯けているのだろう。
そんな気遣いさえも申し訳ないのに嬉しくて、ルージュはテンタシオンに思わず泣きそうな顔で笑った。
(あなただったらよかったのに)
もう愛していない婚約者と心の中でだとしても比べるようなことは失礼だと理解しながらも、アルベルトではなくテンタシオンと出会っていればと思ってしまった。
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