別れてくれない夫は、私を愛していない

abang

文字の大きさ
37 / 53

37


「井戸……?」


井戸というには前衛的な透明の筒状の何か。

人が二人ほど立てる程度の直径で縦はそれなりに深い。


そこの真ん中にぽつりと突出した輪っかのようなものにシャリシャリと無機質な音を立てて鎖が繋がれる。


その鎖のもう片方は、セレンの両足の枷に繋がっており両手の枷の鎖を垂らして少しずつ中央に降ろされたセレンはまるで見せ物のように透明な筒状の中に閉じ込められていた。



「シド、一体何が起きるの……?」


「目には目をと言うわけじゃないけど……目を逸らしておいた方がいい。態々見届けてやる必要もないんだから」



「言い残す事は?」


執行人がまるで意味のない言葉のように淡々と問いかけると、セレンはカッと目を見開いてアッシュを見た。


「アッシュ……!アッシュ……!一緒に来てよ、ひとりにしないでよぉ!!!許さない、許さないからぁ!!!!」



「セレンッ……っひ、や、僕は……っ」

「みっとも無いわね。落ち着きなさい」


そう言ったアイリーンは過呼吸になっているアッシュに深く口付けてセレンの方を見て笑ったーー


「許さないから……ッ!!はッ……!そうだ、エレノア……!」


思い出したように見渡すと国王夫妻の席の一段下、守るように肩を抱いたシドと表情の読み取れないエレノアが見えた。

艶やかな肌、美しい髪、アイリーンと口付けた瞬間、アッシュが真っ先に気にして向けた視線を辿って見つけたエレノアの姿はあまりにも完璧で自分とは真逆にも見えた。


王太子という肩書きの美しい恋人に大事そうにされて、アッシュからは切なげで悩ましい瞳を向けられる。

何故か代わりに仇でも打つかのように挑戦的なアイリーンだって気に食わないが、皆に大切にされて愛されるエレノアが一番気に食わない。



(ずっと見下してたのに!情けない妻だって……!)


「私の方が、愛されてたのに!!!!」




セレンがエレノアにそう叫ぶなり、シドが片手を挙げる。

それを合図にセレンの頭上から落ちてきたのは……



「は、水……?」


徐々に増えていく水量、このペースならあっという間に自分の身長を超えて遥か高い天井に辿り着くだろう。


「出して!!!嫌よ!苦しいのは嫌!!!!」


処刑するならばさっさと殺せばいいものの、何故こんな手の込んだ処刑をあえて準備するのか意味が分からなかった。


(あっ……、まさか……)


「アンタね!!私が池に落としたから!!!」


「……」

「エレノアは関係ないよ。私が考案した」



「あの時確実に殺しておけばよかった!!死ねば良かったのに!!!!」



もう正気じゃないのだろうセレンの首元まで水が届いて、ジタバタするも身動きが取れない。


セレンが水の中でもがく姿を見て湧く歓声にも似た声に、人間なんてものはなんて悪趣味なんだろうと呆然と考えながら相変わらず表情を崩さないエレノアと目が合った。



「おやすみなさい」


(は?嫌味な女……っもう、息が持たない)



(苦しい)




水の中で浮かびあがろうと思えば足首が擦り切れて痛い。


浮上することすら出来ず、ただ苦しくて人々の醜い表情がやけに怖く感じる。



表情を変えない高位貴族や王族の何も感じていないような空っぽの瞳すらも怖くて、このまま水の中で死ぬのだと理解できた。



(アッシュ……)


アッシュが自分を見る瞳はもうあの時のように愛おしげでも優しげでも無くて、怯えるような、ゾッとしたような瞳をしていた。





「忘れないで、わたしを」


もう声は届かないだろう。

けれど私はずっとアッシュの中に居続けたかった。


「わたしを愛していて」


「アッシュはわたしの」




ああ、あの泣き顔も好きだななんて思った。


視界の端で酷い顔をした母親が見えたが何も思わなかった。




セレンは十数分間、貼り付いてアッシュを見るように瞳を開けていたがとうとう目の玉が裏側に回って力が抜けたように水に身体を預けた。




「僕……、ゔっ、セレンは僕をずっと見て……っゔぇえ!!」


「この臆病者を片付けて、連れて帰って頂戴」


「やだ、ひとりにしないでよ!エレノア!僕セレンに呪われ……ッ」


「私はエレノアさんじゃないし、貴方は呪われて当然よ」


先に席を立ったアイリーンに邪魔だと足蹴にされたアッシュにはまだ家門の没落という試練が待ち受けていた。




「大丈夫よ、エレノアさんが触れたものは簡単に捨てない」







感想 286

あなたにおすすめの小説

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

もうあなた達を愛する心はありません

佐藤 美奈
恋愛
セラフィーナ・リヒテンベルクは、公爵家の長女として王立学園の寮で生活している。ある午後、届いた手紙が彼女の世界を揺るがす。 差出人は兄ジョージで、内容は母イリスが兄の妻エレーヌをいびっているというものだった。最初は信じられなかったが、手紙の中で兄は母の嫉妬に苦しむエレーヌを心配し、セラフィーナに助けを求めていた。 理知的で優しい公爵夫人の母が信じられなかったが、兄の必死な頼みに胸が痛む。 セラフィーナは、一年ぶりに実家に帰ると、母が物置に閉じ込められていた。幸せだった家族の日常が壊れていく。魔法やファンタジー異世界系は、途中からあるかもしれません。

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

一番悪いのは誰

jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。 ようやく帰れたのは三か月後。 愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。 出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、 「ローラ様は先日亡くなられました」と。 何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・