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目を閉じれば浮かぶセレンのあの表情、目を開ければすぐ側に来ているような気がして怖くて、水の中だったから聞き取り辛かったけどはっきりと分かった僕を呼ぶ声がずっと聞こえていた。
そして、今もずっと聞こえている。
「やめてやめてやめてやめて」
ベッドで蹲る僕を見下ろしてアイリーンが呆れた声を出した。
「なによ、このザマは?」
「セレンが、居るんだ」
「居ないわ。貴方は仕事があるのよさっさとなさい」
「出来ないよ!どうせ君は僕なんか居なくてもいいだろ!」
「当たり前よ、貴方立場が分かってないのね……」
アイリーンはアッシュの胸ぐらを掴んでベッドに片膝を乗せてアッシュに説明した。
まず、クレイブン侯爵家は家門と爵位を失うこと。
アッシュにはもう苗字が無いこと、アイリーンの持つ爵位にしがみつく他に生きる術がないこと、
そしてその恩恵が全て「エレノアの夫だった過去」があるからだと言う事。
「キスはしたの?」
「は……それどころじゃっ」
「した事あるの?」
「触れる程度なら……結婚式で……」
そう言うとアイリーンは唐突にアッシュに口付けて、恍惚とした表情をした。
「はぁ~、あの人が欲しかったのに」
「エ、エレノアが好きなの!?」
「当たり前でしょ、あんなに無垢で美しいのに意思の強い人が居る?」
「お、女同士だろ」
「性別は関係ないの、エレノアさんだから好きなのよ」
アッシュはすっかりとアイリーンのペースに巻き込まれてしまっているが、ふとした時にやはり見える傷を負ったセレンのあの表情、水の中だというのに目をかっ開いてアッシュを見ていたあの顔が見えるのだ。
「ーっ!!」
「貴方、色々と差し引いても夫としては失格ね」
怯えるアッシュの前髪を掴んで顔を上げさせると、にっこりと笑ったアイリーンは「特別なペットってとこかしら」と言った。
(それどころじゃない、セレンがあそこに居るのに……っ!)
「あ、その寝衣はエレノアさんからのプレゼントだったわね?」
「そ、うだけど……アイリーンっ、後に……!!」
「はぁ……居ないわ何も。気が触れたのかしら……」
呆れたように低い声を出したアイリーンはいつも近くにいる従者にしてはやけに見目のいい男達の一人に「クスリ」と命じる。
「はい」
ピンク色の如何にも妙な液体の薬を医者でもない、ただの令嬢のアイリーンが注射器に入れて僕の腕に刺す。
「やめて、アイリーン」
「すぐに気持ち良くなるわ」
(媚薬……!?)
ドクンと身体が波打って途端に過ぎる快感と、更にそれを欲する感情が湧く。
「役立たず、ここで遊んでなさいな」
「ーっ、ふーっ、ふーっ」
「エリナ、ジェイク、遊んでやりなさい」
「待って、アイリーン」
「せめて退屈な男じゃなくなったら遊んであげるわ」
女だけじゃなく男も僕に触れて、訳が分からない。
暫くつまらなさそうに見ていたアイリーンはため息をついて、「ベッドでも赤ちゃんでしょうね、貴方は」と興味を失ったように部屋を出て行った。
「赤ちゃん……?」
「ふふ、旦那様は赤ちゃんじゃないですかぁ~」
「そうですよ、同じ男として恥ずかしいです」
「ーっ、ふっ、あぁ!!」
「せめて、アイリーン様を楽しませられる旦那様になりましょうねぇ~」
(なんだこの、ふざけたメイドは……)
ただ快楽に思考を奪われ、苦しくても、泣いても強制的に行われる「教育」に耐えるしか無かった。
「旦那様はツイていましたね」
「……っは?」
「エレノア様の元夫ってだけでこの程度でアイリーン様に見そめられたんですから」
「どう言う意味……っあぁ!もう、やめて!」
「アイリーン様は価値のある者には優しい、私共も貧民でしたが外見に価値を付けて雇って下さった」
「私達はぁ~、忠犬ですよぉ~、だからやり方教えてあげますねぇ」
(苦しい、もう逃げたい!)
クスクスと笑う二人の背後には目を開いて僕を見つめるセレンが見えて、ただ流れる涙と快楽と恐怖に震える身体をもう自分では止める事ができなかった。
「エレノア……、助けて……」
「あら、その人寝たのね」
「「はい」」
「ふふ、エレノアさんったら素敵だわ。新聞見た?」
「ご婚約、されたと……」
「この記事、起きたら見せてあげて」
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