別れてくれない夫は、私を愛していない

abang

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幸せな夜にしよう、そう考えていた。

柄にもなく酷く震える手が情けなくて、少し落ち着かせてからエレノアの待つ夫婦用の寝室へと向かう筈だった。


彼女にとって一番素敵な夜にしたかった。



「で、殿下!!僅かですが、意識がありました……!」



状況をきちんと説明する上で、あくまでも他国の貴族の持ち物である彼をきちんと人なる形で棺に入れて引き渡す予定だった。

その最中、アッシュは息を引き返したらしい。



「は……あれで意識が戻ったのか?」


「はい……通常ならありえません、動く事はできない筈ですが……どういたしましょうか?」


「はぁ、こんな時に……」


ならば一応、最低限の処置をして牢で寝かしておくようにと命じた私は彼を侮っていたのかもしれない。


全てを失った彼が、目の前に居るエレノアを容易に諦める訳がなかったのに……!


ましてやアイリーンを出し抜いたのだから、こうなってもおかしくは無かった。


おかげで緊張が解けたとくらいに考えていた私は、数分後、事態が大きくなった王宮で足を引き摺って隠れ回るアッシュを捜索する羽目になった。



(本当にあの時の自分を殴ってやりたいよ)


動けるはずの無い彼は動くたびに治療しかけの傷が開いていっているのだろう。血の痕跡を残すようになった。


エレノアとうわ言を言っていたようで、こうなっては罪人としてその場で処刑することもあるだろうと明日アッシュの引き取りに登城する為に、国境を越えずに此方に引き返して近くで宿泊しているアイリーンへと報告させた。




どうやら彼女は眠れていなかったらしく、ひどい顔色で直ぐに駆けつけて来たと思えば一瞬、エレノアの侍女が見えたと言ったのだ。


エレノアを道連れにしようとしているのか、

エレノアに「愛してる」と伝え一生消えない傷として残りたいのか目的は定かでは無かったが、予想通りエレノアの階に居ることが直ぐに分かって護衛騎士の一人が、勘付いたエレノアが囮になると部屋を出て来たと報告した。



「ーっ、馬鹿な事をッ!!」

「エレノア……っ私の所為で」

元より遊び感覚で人を玩具のように弄んだり、気に入らない者を徹底して痛めつけることがあるらしいアイリーンはエレノアを傷つけたいんじゃなかったらしく酷く狼狽えていた。



ゆらりとひどい姿でエレノアの元へと近寄るアッシュが、

「あいしてる」と言おうとした時、

彼女にナイフを向けたとき、


エレノアの危機に、焦ったのかもしれない。

アッシュの身勝手さに、大切な人を傷つける存在に、

頭に血が昇って目の前がチカチカした。

エレノアの目の前だと言うのに深く突き刺さしてもう二度と起き上がら無いように、刃を捻ってそのまま引き裂いた。


真っ直ぐにエレノアへ駆けて行ったアイリーンを警戒し無かった訳じゃ無いが、途中で靴を脱ぎ捨て髪を振り乱して懸命にエレノアを探す彼女を疑えなかった。



ましてや、令嬢が騎士達に勝てる筈もない。

殺意を向ければソラはいつもは控えめだが、間違いなく条件反射で剣を抜くだろう。彼女がかなりの腕利きなのはエタンセルに昔から聞いていた。



全てが終わった後、酷く汚れた廊下を隠すものを持って来させてエレノアを部屋へを入れた。




「お前達はアイリーン嬢を来賓室へ案内しろ。彼女への聴取は明日行う」



扉を閉めれば、エレノアはまっすぐに私を見ていて得体の知れない罪悪感に思わず俯いてしまった。



「シド、ごめんなさい」

「……何で、エレノアが」


「私の所為よ。ちゃんと彼を納得させられなかった」


「違う!悪いのはエレノアではない……っ!」

「でもまた、守って貰ったわ」



泣きながら笑ったエレノアは私の腰に強く細い腕を巻き付けて、鼻声で言った。


「一緒に水に濡れてくれて、今度は一緒に汚れてくれたでしょ?それに私を地獄から救ってくれたわ」


「最後のは、エレノアの決心のお陰だろう」

「でも、だからね、シド……悪いと思わないで」

「じゃあエレノアも、自分を責め無い?」



ありがとうと小さく呟いたエレノアが小さく頷いて、「忙しくなるから、少しだけお預けね」なんて悪戯に言うものだから忘れていた緊張を思い出して、複雑な感情になった。



強い彼女だが、きっと少なからず傷ついているだろうエレノアをこれからはちゃんと守ろうと私の心の中に誓った。

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