暴君に相応しい三番目の妃

abang

文字の大きさ
84 / 99

大陸進出への小さな扉

しおりを挟む

執務室では有意義な話し合いができ、ヒンメルがこれ程にも妻の言葉に耳を傾ける人だということをドルチェは初めて知った。


「ドルチェ様だからですよ」


レントンが微笑ましげにそう言ったのを気にする様子もないヒンメルをちらりと見てから、ドルチェは曖昧に笑った。

愛されているようだと自惚れてしまう時もあるが、そういった驕りはきっとヒンメルに伝わるだろう。


(今はただ、認められたのだと思っておくべきね)


彼の愛情は例えばドルチェが普通の令嬢ならば得られなかっただろう。
彼と肩を並べる程の魔力を生まれ持ち、それを自在に操れるように努力を惜しまなかったからこうして彼と向かい合って茶を啜っているのだ。

取り調べた結果、本当に特に深い意図は無かったようで使者の男はこちら側からの介入が手に負えなくなって駆け込んできたとある町の使いだった。

彼らはただ、今までのように家族と些細な幸せを喜べる平凡な暮らしを望んでるだけだった。

その使者から地図を得て、いくつの街と派閥に分かれているのかを詳細に調べ上げた。


おおよその状況把握が済んだ頃、この使者の街は向こう側の大陸では二番目の規模の町の者だと言う事を明かされた。

そして一番大きな街に、こちらの貴族が介入し何かを目論んでいるともーー。



「派手に動けば逃げられるだろうな」

「お忍びで視察へ向かうのはどうかしら?」


そう思案する二人にレントンは思わず驚いた。
どうやっても目立つ二人にお忍びという言葉があまりにも似合わない所為だ。


「ですが、お二人ともどうやって……」

「ふふ、そこの使者さんに手伝ってもらうのよ」


ドルチェが取り出したのは少し大きめの丸い鏡のようなもので、彼に「何もない、目立たない人避けのされた部屋」を指定しドルチェの魔力が少しだけ込められた魔力石をそこで取り付けるように指示した。


「こ、これは……?」


使者の男は理解が出来ないと言った風に困惑した様子だがドルチェは男の目をじっと見つめて声のトーンを落とした。


「売ったり、他人の手に渡る事があればすぐに分かるわ」

「そんな事はしません……っ」

「ほんと?あなたの街ごと更地にしてしまう方がこちらは楽なの。どうか私を悪者にしないで頂戴ね」


くつくつと愉快そうに笑うヒンメルと、もはやもうそんなヒンメルよりも悪役が似合うドルチェの姿にすら心酔し「素晴らしい交渉です」と微笑ましげに称賛するレントン。

使者の男は「皇族」というのはこれほどまでに恐ろしにものなのかと震え上がった。


「命に変えても無事に持ち帰ります!」

「そ、なら安心ね」


今度は見惚れるくらいの優しい笑顔を浮かべるドルチェにヒンメルはつまらなさそうにそっぽを向いた。


「とはいえ、何が起こるか分かりません。王宮から騎士を数名紛れさせましょう」

「そうだな。それなりに腕の立つ者を選べ」

「ふふ、決まりね。それだけしてくれれば後はこちらで対応するわ」


使者を客室に帰した後、自分も皇妃宮へと戻ろうとするドルチェをヒンメルは引き止めた。


「ドルチェ」

「ヒンメル、分かってる。危険はないわ」

「何をするつもりだ?」

「ゲートを開くのよ、探知されない小規模のものを」

「そんなものがあるのか?」

ドルチェは「作ったのよ」と得意げに笑った。


但し、大勢で通り抜けられるほどの扉ではない事、長い時間扉を開いてしまうと探知されてしまう事を説明し、使者の到着を待つことになった。


「どこか、対になる鏡を置く場所を提供願える?」

「ああ。レントンーー」

「準備は整っています。ご案内しましょう」

「ありがとう」


一見、横暴にも見える彼女が欠かさない「ありがとう」や「ごめんなさい」の言葉にドルチェの根本的な心の清らかさを感じていること。

ただ乱暴に振る舞うのではなく鞭の後に使う飴の使い道が上手なところに、ヒンメルやレントンが感心しているとは知らないドルチェはまるで持っている力が愛される全ての原因だと思い込んでいる様子だったが、特にヒンメルにとっては今まで見たどの女性よりもドルチェの内面的な美しさが輝いて見えていた。



「ドルチェ」

「なに?」

「今日はそっちで寝る」

「ふふ、今日もでしょう?」


それでもどこか嬉しそうに無邪気に笑うこの瞬間のドルチェの笑顔がとても好きだと二人が思っていることはドルチェ本人には全く知る由もなく、時々どこか寂しそうなドルチェが壊れてしまわないように守ろうと彼女の伸びた背筋の後ろ姿にヒンメルは人知れず誓った。





しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...