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大陸進出への小さな扉
しおりを挟む執務室では有意義な話し合いができ、ヒンメルがこれ程にも妻の言葉に耳を傾ける人だということをドルチェは初めて知った。
「ドルチェ様だからですよ」
レントンが微笑ましげにそう言ったのを気にする様子もないヒンメルをちらりと見てから、ドルチェは曖昧に笑った。
愛されているようだと自惚れてしまう時もあるが、そういった驕りはきっとヒンメルに伝わるだろう。
(今はただ、認められたのだと思っておくべきね)
彼の愛情は例えばドルチェが普通の令嬢ならば得られなかっただろう。
彼と肩を並べる程の魔力を生まれ持ち、それを自在に操れるように努力を惜しまなかったからこうして彼と向かい合って茶を啜っているのだ。
取り調べた結果、本当に特に深い意図は無かったようで使者の男はこちら側からの介入が手に負えなくなって駆け込んできたとある町の使いだった。
彼らはただ、今までのように家族と些細な幸せを喜べる平凡な暮らしを望んでるだけだった。
その使者から地図を得て、いくつの街と派閥に分かれているのかを詳細に調べ上げた。
おおよその状況把握が済んだ頃、この使者の街は向こう側の大陸では二番目の規模の町の者だと言う事を明かされた。
そして一番大きな街に、こちらの貴族が介入し何かを目論んでいるともーー。
「派手に動けば逃げられるだろうな」
「お忍びで視察へ向かうのはどうかしら?」
そう思案する二人にレントンは思わず驚いた。
どうやっても目立つ二人にお忍びという言葉があまりにも似合わない所為だ。
「ですが、お二人ともどうやって……」
「ふふ、そこの使者さんに手伝ってもらうのよ」
ドルチェが取り出したのは少し大きめの丸い鏡のようなもので、彼に「何もない、目立たない人避けのされた部屋」を指定しドルチェの魔力が少しだけ込められた魔力石をそこで取り付けるように指示した。
「こ、これは……?」
使者の男は理解が出来ないと言った風に困惑した様子だがドルチェは男の目をじっと見つめて声のトーンを落とした。
「売ったり、他人の手に渡る事があればすぐに分かるわ」
「そんな事はしません……っ」
「ほんと?あなたの街ごと更地にしてしまう方がこちらは楽なの。どうか私を悪者にしないで頂戴ね」
くつくつと愉快そうに笑うヒンメルと、もはやもうそんなヒンメルよりも悪役が似合うドルチェの姿にすら心酔し「素晴らしい交渉です」と微笑ましげに称賛するレントン。
使者の男は「皇族」というのはこれほどまでに恐ろしにものなのかと震え上がった。
「命に変えても無事に持ち帰ります!」
「そ、なら安心ね」
今度は見惚れるくらいの優しい笑顔を浮かべるドルチェにヒンメルはつまらなさそうにそっぽを向いた。
「とはいえ、何が起こるか分かりません。王宮から騎士を数名紛れさせましょう」
「そうだな。それなりに腕の立つ者を選べ」
「ふふ、決まりね。それだけしてくれれば後はこちらで対応するわ」
使者を客室に帰した後、自分も皇妃宮へと戻ろうとするドルチェをヒンメルは引き止めた。
「ドルチェ」
「ヒンメル、分かってる。危険はないわ」
「何をするつもりだ?」
「ゲートを開くのよ、探知されない小規模のものを」
「そんなものがあるのか?」
ドルチェは「作ったのよ」と得意げに笑った。
但し、大勢で通り抜けられるほどの扉ではない事、長い時間扉を開いてしまうと探知されてしまう事を説明し、使者の到着を待つことになった。
「どこか、対になる鏡を置く場所を提供願える?」
「ああ。レントンーー」
「準備は整っています。ご案内しましょう」
「ありがとう」
一見、横暴にも見える彼女が欠かさない「ありがとう」や「ごめんなさい」の言葉にドルチェの根本的な心の清らかさを感じていること。
ただ乱暴に振る舞うのではなく鞭の後に使う飴の使い道が上手なところに、ヒンメルやレントンが感心しているとは知らないドルチェはまるで持っている力が愛される全ての原因だと思い込んでいる様子だったが、特にヒンメルにとっては今まで見たどの女性よりもドルチェの内面的な美しさが輝いて見えていた。
「ドルチェ」
「なに?」
「今日はそっちで寝る」
「ふふ、今日もでしょう?」
それでもどこか嬉しそうに無邪気に笑うこの瞬間のドルチェの笑顔がとても好きだと二人が思っていることはドルチェ本人には全く知る由もなく、時々どこか寂しそうなドルチェが壊れてしまわないように守ろうと彼女の伸びた背筋の後ろ姿にヒンメルは人知れず誓った。
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