暴君に相応しい三番目の妃

abang

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ようこそ、向こう側へ

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ドルチェは無事だろうか?

たった三人きりで、

彼女は最も信頼のおける二人を連れて目の前の扉を潜った。


「ーー様、メルさ……」

「ーっ、レントン」

「居ますよ。珍しく良くお眠りでしたね」


全く離れる様子のない子供達の体温の所為か、それとも結局この場に残るのだと戦場ぶりに肩を並べて寝た戦友のレントンの所為か、城の絨毯とはいえ自分の最高級のベッドよりもよく眠れていたようだ。

つい先ほどまで扉を睨みつけていた筈なのに、ヒンメルは随分と長く寝たような気持ちになった。


けれどまず気になるのは扉で、元々はそれほど大きく無いただの鏡だったそれは人が一人通れるくらいの質素な扉へと姿を変えて佇んでいるーー


「リビイルか」

「お迎えにあがりました、陛下」


たった数時間、すこしやつれた様子のリビイルは一度扉を閉めると三人を簡単に抱き上げて「ちゃんと無事です」と口数少なに横目で俺に投げかけた。

けれど、ドルチェが心配なのだろう。
支度を急かすようなリビイルの仕草に釣られてレントンは必死に俺を起こしていたのだ。

「すまない」

「「!」」

ヒンメルの謝罪に意外そうに、加えてオーバーにも感じるほどの反応を見せた二人を少し睨んでしっかりとヒンメルを掴んで離さない双子と、フェイトの頭を撫でた。


「すぐに動ける。子供達は抱いてやれ」


無事だと言ったものの、たった数時間であのリビイルともあろうものがこれほどまでに疲労を見せるのは珍しい。
朝から支度したのだと食事をリビイルに手渡しているハンセンを見てから、追求するような目でつい彼を見つめてしまう。


「はい。単刀直入に言うと制圧しました」

「裏切ったのか?」

「いえ、何かを嗅ぎつけた相手側に既に襲撃をうけておりました。助けを求めて慌てて扉を繋いだようです」

「ドルチェに怪我は?」

「たったの七分です。ドルチェ様は背中こそお預け下さいましたが敵襲をその短時間で制圧しました」


思わず口角が上がる。
何度観ても華麗な技、屈強な魔法。
想像するだけでぞくりとするあのアイオライトの不思議な瞳ーー


けれどリビイル達にとって大変だったのはその後だった……

「彼に似合わないわ」と邸を整え始めたドルチェは時に無理難題を押し付けながら皆にヒンメルが訪問する環境を作らせたのだ。

勿論、彼女の力もあって戦闘で荒れ果てた邸はあっというまに元の邸よりも美しいものに変わったが、邸の者達も、ララもリビイルももうクタクタなのだ。

(どうしてドルチェ様はあんなにも元気なんだ?)

「そうか、行くぞ」

ヒンメルが促すと何かを訝しげな顔で考えていたリビイルが扉を開いた。

思ったよりも向こう側が眩しくて目を細めたがはっきり分かる。

まるでもう、向こう側の大陸の女王にでもなったかのような堂々たる風格。

照明が反射しより一層明るく輝く銀髪、そして「ヒンメル」とまるで愛おしい者を呼ぶかのような柔らかい声。


「ドルチェ……!」

彼女の気配に子供達が一斉に目を覚ます。

唐突にパチリと開いた子供達の目にリビイルは少し驚きつつも、三人を下ろしてそんな子供達よりも真っ先にドルチェの元へと駆ける皇帝の背中に眉をハの字にした。


彼の為に邸を整え、邸の者達を救済し、従えたドルチェの背後で膝をつく者達が見えていないのだろう。
体裁など一斉気にしないヒンメルの珍しい様子にドルチェまでが目を見開いていた。

けれどヒンメルにとってはどうでもよかった。

「無事でよかった」

「ええ……ごめんなさい」

「勝手な真似はもうするな」

「分かったわ」

宥めるようにヒンメルの背中を数回撫でて、緩んだ瞳を引き締めたドルチェはまるで歌でも歌うかのように軽やかに言った。


「貴方の通る道は開けておいたわ」

リビイルとララの頭を撫でて、さらに深く頭を下げた「向こう側の人間たち」に圧力をかけるように微笑んだドルチェに護衛騎士がぶるりと震えたのが横目で見えた。

ただの恐怖ではない、尊敬、そして憧れを表すキラキラとした表情。

何故か自慢げに背筋を伸ばす子供達に両手を広げたドルチェを見て我に帰る。

「ドルチェ、よくやった」

「ありがとう」や「すまない」なんて言葉をこの場で彼女は望んでいないだろう。

その通り、ドルチェは満足そうに笑ってカツンとヒールを鳴らして振り返った。

控えていた者達が道を開けて、それを確認してからドルチェが顔だけでヒンメルを振り向いて身体をずらした。



「さぁ、行きましょう」


(あぁ……眩しいな)


ドルチェが開いた道を歩くと、その後ろをドルチェ筆頭に付いてくる皇妃宮の者達。

最後にリビイルが一言、二言他のもの達に指示を残して退出した。

まるで前だけを見ていろといわんばかりに背中が頼もしく感じると同時に、たった二人の従者だけを連れて新境地へと先陣切った妻を次からは自分が守るのだと自分自身に誓った。


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