87 / 99
ようこそ、向こう側へ
しおりを挟むドルチェは無事だろうか?
たった三人きりで、
彼女は最も信頼のおける二人を連れて目の前の扉を潜った。
「ーー様、メルさ……」
「ーっ、レントン」
「居ますよ。珍しく良くお眠りでしたね」
全く離れる様子のない子供達の体温の所為か、それとも結局この場に残るのだと戦場ぶりに肩を並べて寝た戦友のレントンの所為か、城の絨毯とはいえ自分の最高級のベッドよりもよく眠れていたようだ。
つい先ほどまで扉を睨みつけていた筈なのに、ヒンメルは随分と長く寝たような気持ちになった。
けれどまず気になるのは扉で、元々はそれほど大きく無いただの鏡だったそれは人が一人通れるくらいの質素な扉へと姿を変えて佇んでいるーー
「リビイルか」
「お迎えにあがりました、陛下」
たった数時間、すこしやつれた様子のリビイルは一度扉を閉めると三人を簡単に抱き上げて「ちゃんと無事です」と口数少なに横目で俺に投げかけた。
けれど、ドルチェが心配なのだろう。
支度を急かすようなリビイルの仕草に釣られてレントンは必死に俺を起こしていたのだ。
「すまない」
「「!」」
ヒンメルの謝罪に意外そうに、加えてオーバーにも感じるほどの反応を見せた二人を少し睨んでしっかりとヒンメルを掴んで離さない双子と、フェイトの頭を撫でた。
「すぐに動ける。子供達は抱いてやれ」
無事だと言ったものの、たった数時間であのリビイルともあろうものがこれほどまでに疲労を見せるのは珍しい。
朝から支度したのだと食事をリビイルに手渡しているハンセンを見てから、追求するような目でつい彼を見つめてしまう。
「はい。単刀直入に言うと制圧しました」
「裏切ったのか?」
「いえ、何かを嗅ぎつけた相手側に既に襲撃をうけておりました。助けを求めて慌てて扉を繋いだようです」
「ドルチェに怪我は?」
「たったの七分です。ドルチェ様は背中こそお預け下さいましたが敵襲をその短時間で制圧しました」
思わず口角が上がる。
何度観ても華麗な技、屈強な魔法。
想像するだけでぞくりとするあのアイオライトの不思議な瞳ーー
けれどリビイル達にとって大変だったのはその後だった……
「彼に似合わないわ」と邸を整え始めたドルチェは時に無理難題を押し付けながら皆にヒンメルが訪問する環境を作らせたのだ。
勿論、彼女の力もあって戦闘で荒れ果てた邸はあっというまに元の邸よりも美しいものに変わったが、邸の者達も、ララもリビイルももうクタクタなのだ。
(どうしてドルチェ様はあんなにも元気なんだ?)
「そうか、行くぞ」
ヒンメルが促すと何かを訝しげな顔で考えていたリビイルが扉を開いた。
思ったよりも向こう側が眩しくて目を細めたがはっきり分かる。
まるでもう、向こう側の大陸の女王にでもなったかのような堂々たる風格。
照明が反射しより一層明るく輝く銀髪、そして「ヒンメル」とまるで愛おしい者を呼ぶかのような柔らかい声。
「ドルチェ……!」
彼女の気配に子供達が一斉に目を覚ます。
唐突にパチリと開いた子供達の目にリビイルは少し驚きつつも、三人を下ろしてそんな子供達よりも真っ先にドルチェの元へと駆ける皇帝の背中に眉をハの字にした。
彼の為に邸を整え、邸の者達を救済し、従えたドルチェの背後で膝をつく者達が見えていないのだろう。
体裁など一斉気にしないヒンメルの珍しい様子にドルチェまでが目を見開いていた。
けれどヒンメルにとってはどうでもよかった。
「無事でよかった」
「ええ……ごめんなさい」
「勝手な真似はもうするな」
「分かったわ」
宥めるようにヒンメルの背中を数回撫でて、緩んだ瞳を引き締めたドルチェはまるで歌でも歌うかのように軽やかに言った。
「貴方の通る道は開けておいたわ」
リビイルとララの頭を撫でて、さらに深く頭を下げた「向こう側の人間たち」に圧力をかけるように微笑んだドルチェに護衛騎士がぶるりと震えたのが横目で見えた。
ただの恐怖ではない、尊敬、そして憧れを表すキラキラとした表情。
何故か自慢げに背筋を伸ばす子供達に両手を広げたドルチェを見て我に帰る。
「ドルチェ、よくやった」
「ありがとう」や「すまない」なんて言葉をこの場で彼女は望んでいないだろう。
その通り、ドルチェは満足そうに笑ってカツンとヒールを鳴らして振り返った。
控えていた者達が道を開けて、それを確認してからドルチェが顔だけでヒンメルを振り向いて身体をずらした。
「さぁ、行きましょう」
(あぁ……眩しいな)
ドルチェが開いた道を歩くと、その後ろをドルチェ筆頭に付いてくる皇妃宮の者達。
最後にリビイルが一言、二言他のもの達に指示を残して退出した。
まるで前だけを見ていろといわんばかりに背中が頼もしく感じると同時に、たった二人の従者だけを連れて新境地へと先陣切った妻を次からは自分が守るのだと自分自身に誓った。
523
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる