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公爵令嬢の好きな人
しおりを挟むその後セシールは順調にその効果に耐え、二日で正気に戻った。
屋敷より迎えに来たダンテが部屋を見た時は驚くほど疲れ切ったセシールの初めてみる泣き腫らした顔だった。
どこか、色っぽくもあり今にも消えてしまいそうでもある彼女をとりあえず大きなブランケットで包み込んでやり、
着替えと、マチルダから預かったポーションを手渡した。
「セシール様…っ。また、お護りできず申し訳ありません。」
悲しそうにセシールのブランケットの裾を離して、床に崩れ落ちたダンテを見て、セシールの瞳はまた揺れた。
「…っ、大丈夫よ。皆のお陰で、醜聞を食い止め最小限の者達で対処ができました…っありがとう。」
ダンテが苦しそうな顔でセシールを見上げて、
「では、どうして貴女は泣いておられるのですか?」
とセシールに言った時にはもうセシールは着替えるわ。と言い残して着替えに行っていた。
ーー
ダンテの顔を見た瞬間に謝罪をされると分かったが、彼のその純粋な優しさに涙が溢れた。
次期当主としてせめて気丈に振る舞うつもりが、身体とはまた別の終わらない心の中で渦巻く感情に振り回されていた。
テオは王太子である為多忙であり、今日は居ないようだった。バツが悪そうに眉間に皺を寄せ今にも泣きそうな顔で無理に笑って迎えてくれたクロのそのどんな感情か読み取れない表情に、胸が締め付けられるような気持ちになる。
テオの言葉がぐるぐると、頭の中をまわり続けて悩ませる。
どれも、恋人らしいものでは無かったがそれでも大切なテオとの優しい思い出が頭を駆け巡り、涙腺を刺激した。
(でも、彼は昔からいつも側に居なかった。それでも本当に愛していた。エミリー嬢と出会う迄は…)
彼の優しくて、残酷な言葉が脳内で再生される。
「貴女なら大丈夫だよ。」「あなたは完璧な自慢の婚約者だからね」「セシールはしっかりしているからね、」
あなたは強いといつも優しく突き放した彼は、
セシールとは取れない時間を、王太子だから仕方ないはずの皆に平等な優しさも、なぜかエミリーにだけは与えていた。
魅了なんかに惑わされた事よりも、本当は彼が願えば、セシールともっと恋人らしく時を過ごせたはずだと知ってしまった事だった。
セシールの存在が、あろうと数居るテオに言い寄る令嬢達の中から真逆のタイプのエミリー嬢を選んだ事だった。
ーーまるで私では窮屈だと言われたようだった。
王太子としての立場もその都合も理解しているけれど、
テオの愛は痛い程、伝わっているけれど、知ってしまえば何故私とはそれなりの距離感でもよかったの?とテオを責めてしまいそうであった。
(私はテオの一番特別な女性になりたかったのね…)
気づけば目の前にクロが立っていて、申し訳なさそうにセシールに無礼を働いたと、謝罪していた。
「貴方に…謝られることはないわ、クロ」
クロが握りしめている拳に手を添えて微笑む、
「貴方が美しいと言って励ましてくれなかったら、私は自分を許せず、乗り越えられなかったでしょう、」
なぜ?
いつも、セシールがとても辛かったり、とても嬉しかったり、テオにいて欲しかった時に、彼ではなくいつもクロが側に居た。
「貴方、ずっとこの宮の入り口で人払いをしていたのね…ありがとう…」
「ああ、お前にはテオが居てやるべきだと思って、」
テオが挫けそうな時も、セシールが潰れそうなときも、クロは二人の側に居て彼らを守るように彼らの側を離れなかった。
私を愛してると言い、テオと幸せになれと言う。
クロの考えが分からなかった。
「分からないの、クロ…どうしていつも、貴方なの?」
「セシール?」
「どうして…テオと幸せになれと言うのに、いつも孤独な時は貴方が側にいてくれるのっ?」
こんなのまるでーー
「セシールっ!!無事、戻ったんだね!!!」
公務が終わり、戻ってきたテオが駆け寄るがセシールは俯いたままだ。
「テオ…どうして彼女だったの?私では窮屈だったの?なぜ簡単に手に入らないはずの愛情は、貴方の時間は、優しさはっ……彼女には与えられたの?」
「セシール…。それは、貴女を穢してしまうのが怖くて、窮屈だった訳じゃない、ただ….」
「ただ何?それでも貴方は、一度も!愛していると口では言っても私にそれを与えてくれた事は無かった。」
「そんなつもりは…っセシールお願い。ちゃんと話そう。」
「私はいつもテオ、貴方に並ぶ為に沢山の試練を越えたわ…押し潰されそうな時、抱きしめてただ側に居てくれるだけでよかった…でも貴方はいつもそんな時は居なかったし、セシールは強いから大丈夫だと言ったわ。」
涙目視界が滲んで、テオの表情は見えなかったが、彼の表情を見ると言いたいことを言えなくなりそうで見ようともしなかった。
「なぜ、あんな風に私に触れるのに、いつも共に生きたいときには、ただ抱きしめてくれなかったの?テオが求めていることが分からないわ、」
「テオ…貴方はいつも一番近くて、一番遠いの、」
セシールの悲痛な声が、静かな廊下に響いた。
初めて聞くセシールの本当の気持ちだった、確かにセシールなら大丈夫だとずっと思っていたし、彼女はいつもテオドールを支えてくれていたので、それが当たり前になっていた。
自分勝手な嫉妬や欲望で彼女に触れたいと思うのに、彼女がテオドールと幸せを分け合いたい瞬間。彼女が押し潰されそうな時、不安でテオドールに愛を求めていた時、そんな時は彼女を励まして居るつもりで、突き放していた。
「セシール…二度としない。貴女にちゃんと愛を伝えていきたい、」
「………取り乱してごめんなさい、っこの件はきちんと皆様にお礼をさせて頂きます、そしてテオ……」バタンッ
「セシール様!?」
咄嗟に受け止めたダンテが、静かな怒りを瞳に宿していった。
「セシール様はどうやら疲労で倒れられたようです。これ以上、彼女の心に、身体に、無断で触れる事は、ノーフォード次期当主への侮辱とします。外に馬車が待っておりますので。」
ーーーークルッ
「テオドール様、愛しているとは色んな形があります。ですが一方的な感情では成り立ちません。彼女の心に寄り添わなければなりません。貴女は彼女の気持ちには答えないのに、彼女には自分が求める時に、答えて欲しいというように感じます。」
「クロヴィス様の、セシール様への愛してるの形は?殿下や彼女の為だと言い訳をし、殿下とセシール様の両方を失わない様に、逃げておられるように見えます。本当にお二人が友人なら、お二人がセシール様を心から愛しているのなら、そんなもの、失う事はないでしょう。セシール様を、言い訳にしないで下さい。」
「お二人の曖昧な態度が彼女を動揺させ、苦しめます。ご無礼をお許し下さい。それでは。」
セシールをそっと抱きあげて馬車へ向かったダンテの後ろ姿に、二人は返せる言葉も無かったのだった。
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