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九、初恋は穢れた
しおりを挟む「ほんとうに天使のようなお方だわ!」
まだ生を授かってそう長くないこの生涯でもう何度目かのこの賞賛を聞きながら内心で悪態付いた。
大神官の息子だから必ずしも聖人ではないし、ユウリにも本音というものが存在する。今となっては大神官の息子としていつか立派な大神官になろうと腹を括っているが、幼い頃には別の夢もあった。
(初めて認めてくれたのは、シシーだったのに)
彼女は聖人でこそないが、とてもいい人だった。
分け隔てないし、身分や容姿の良さをひけらかさない。
聖女としても真面目にこなして来たし、聖女のルールとして質素なドレスしか着られないことも特に嫌がったりもしなかった。
黙々と人々に加護を与える姿はどこか業務的にも見えたから、聞いたことがあったが「そりゃあ人間だもの、皆に全力で祈っていたら私が死んじゃう」って笑うからホッとしたんだった。
「あ、でもユウリ達には全力で祈るわね!って言っても手を抜いている訳じゃないのよ?ふふ」
「無意識の範囲内~、優先順位って自然と出来ちゃうでしょ」って軽く言ってしまうからシシーリアの隣は楽だった。
けれど決して人を差別したりする事はないし、そう言いながらも皆んなに平等に優しいからずっと尊敬してたしアランと婚約しているから口に出した事は無かったけどシシーリアがずっと好きだった、初恋だったから。
「ユウリ……人の心には闇があるって、平等じゃないって分かってるけど……っ!辛いよ……ユウリにしか言えないの」
そう言ってボロボロと大粒の涙を空色の曇りない瞳から零すアイラを見つめて、胸が苦しくなった。
(どう言うつもりだよシシー、心が穢れたシシーなんて見たくないよ)
だから、シシーリアはもう死んだんだって思う事にした。
アイラは何故か守ってあげたくなる令嬢でシシーリアの他に初めて僕の本音に気付いてくれた女性だ。
そして、初めてシシーリア以外の女性を愛おしいと思わせてくれた人。
アイラを愛するのに理由なんて無かった、要らなかった。
ただひと目みて可愛いと思った、僕の苦しみに触れてくれる優しさに、自分も苦しいくせに人の心配をするその純粋さに愛してると思った。
「ううん、シシーリア様は聖女だしきっと私が間違ってるのよ」
シシーリアは聖力とは違って使い勝手のいい光魔法を使うアイラに嫉妬しているようだった。アランがアイラを気にかけるのも嫌な様子だった。
だから酷くアイラを虐めた。
ボロボロの姿で来る時もあれば、困った笑顔でモノを探している時もある
「やっぱり平民出の私より身分も地位も上だし、仕方ないよ」って諦めたように笑うアイラが不憫でシシーリアを聖女から引きずり下ろす方法を懸命に考えた。
けれど、シシーリアが聖女を降りて、アランを失って、僕たちから距離を置いて、僕が得たものは何も無かった。
アイラを得てもない、正義感が満たされた満足感もないし、ただシシーリアが去っただけなのに感じるのは虚無感だけだ。
(なんだろう、この気持ちは)
胸の中で泣き止まないアイラは涙が枯れてしまわないかと心配になるほどで、その原因はシシーリアなのにふと頭をよぎってしまって慌ててかき消した。
(シシーは一人で泣いてないのかな)
何を馬鹿なことを考えてるんだろ僕は、こんなにも痛々しいアイラを見てそんな事が思えるなんてやっぱり僕は神官失格だなと思った。
そこまで考えて、ふとアイラの空色の瞳と目が合うと頭が真っ白になった。
アイラの柔らかさとか、高くて甘ったるい声とか、香りとか、そんな事しか考えられなくなって「弱いアイラを守らなきゃ」って腕の中の小さい彼女に使命感が湧く。
「そうだよ、僕はアイラだけを守らないと」
「ユウリぃ……ありがとう、だいすきぃ」
「僕は愛してるよ、選ばれなくてもいいから側にいさせて」
そう言った僕に泣いていたはずのアイラはクスリと妖艶に笑って僕に口付けた「みんなには秘密だよ、お礼……こんな事しかできないから」って弱々しく言ったからもう彼女の事しか考えられなかった。
「ごめん」
「ん?何で謝るの?」
「え……いや分からない」
「ふふ、変なユウリ」
(そうだ、シシーの心は穢れた、もう忘れろ)
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