聖女候補の姫君は初恋の騎士に純潔を奪われたい

新月蕾

文字の大きさ
36 / 45

第36話 旅路の途中

しおりを挟む
 さすがに他人の屋敷での行為は躊躇われ、旅の最中、ベアトリクスとランドルフは抱き合うことはなかった。

 5日目、ニューマン伯爵領にたどり着き、いつものように夫婦の部屋に通されると、そこはベッドが一緒であった。
 広いベッドだ。二人が寝ても余裕がある。

「……俺、ソファで寝ます」
「あら、いいのよ、ランドルフ。いっしょに寝ましょうよ」
「……その、そろそろ、我慢が利きそうにないのです……」
「あらあら」

 ベアトリクスは困ったような顔をした。

「……する?」
「いえ! せっかく5日我慢したのです! 明日にはサーヴィス領です! 我慢して見せますとも!」
「でも、サーヴィス領での滞在は3日よ? さすがにサーヴィス領で事に及ぶわけにはいかないから……チャンスは今だけだけど……」
「我慢します! しますとも!」
「そう……」

 ベアトリクスは苦笑した。

「我慢してもいいけど、いっしょに寝ること。命令です」
「……そんな無体な……」
「一晩くらいなら良いけどサーヴィス領ではさすがにあなたをソファに寝かすわけにはいきませんもの。慣れて、ランドルフ」
「は、はい……」

 ランドルフはぎこちない動きでベッドに寄った。

「かわいいひと」

 ベアトリクスは笑いをこらえて微笑んだ。
 その顔はとても美しく、ランドルフは胸がドキリと跳ね上がるのを感じた。



「……お姉様がこれまでどれだけの努力をしてくださったのかよく分かった……」

 離宮にて、アルフレッドはそう呟いてベッドに倒れ込んだ。
 弱音を吐くのも、夜でもないのにベッドにだらしなく倒れ込むのも、この王子には珍しいことであった。
 傍に侍っていたサラは苦笑した。

「お疲れですね、アルフレッド殿下」
「はい……ああ、まさか、お姉様の留守を狙って次から次へとあちこちから貴族やら重臣やらがこうもやってくるとは……彼らは11才の僕に何を期待してるんでしょうね……」
「彼らはあなたの未来を期待しているのです。それは、ある意味ベアトリクス様の旅と同じかもしれませんね」
「なるほど……しかし、婚約者ができるかもしれないってのに、それを隠して彼らと話をするのは本当に疲れる……」
「ですが、ベアトリクス様が婚約話をまとめられなかった場合、この会談は意味を持ってきます。彼らは皆あなたの婿入り先候補です」
「……気が遠くなるような話だ。ああ、いっそ、僕が聖女にでもなれればよかったのに」
「……同意しかねます」

 すべてを知るものとして複雑な気持ちでサラはそう言った。

「……自由とは何だろうね、サラ」
「……愛する者が傍にいること」

 サラは珍しく自分の気持ちをさらけ出した。

「私にとっては、あなたとベアトリクス様が傍にいる時間が一番幸せな自由です」
「それは……嬉しいけれど、心配になるな。それは僕らがいなくなったらあなたに幸せが来ないということだ、サラ」

 サラは幼い弟の顔を見る。
 賢い弟。優しい弟。強い弟。
 決して告げられぬ真実の弟。
 妹から守ってくれと託された弟。

「愛する者のために生きるのは尊いことだけど、同時に危ういことのように感じてしまうよ」
「……大丈夫。もう私は愛する母を失った身ですから。もう、大丈夫です」
「そうか……母、か。僕の母はお姉様が代わりを務めてくれたけど、サラはたまにお姉様の母のようだね」
「……そう、ですか」

 それなら自分はベアトリクスと似ているのかもしれない。
 畏れ多くもサラはそんなことを思った。

「そうだったら、うれしいことですね」

 サラは笑った。
 侍女の珍しい笑みにアルフレッドもつられて微笑んだ。

「さて、もうひと頑張り。慣れぬ旅にお疲れのお姉様を思えば、面会の一つや二つ、見事にこなして見せようじゃないか!」

 アルフレッドは決意を込めてそう言った。



「……ベアトリクス、やはり俺は」
「駄目です。許しません。そばにいなさい」

 夕食を終え、ベアトリクスはアリス達に寝間着に着替えさせてもらっていた。
 ランドルフも薄着でベッドにいる。

「ですが、我慢が……」
「だからするか我慢するかのどちらかです」
「……我慢します」
「あら、強情」

 ベアトリクスは苦笑いをした。
 そして彼女の心に悪戯心が芽生えた。

「じゃあ、どこまで我慢できるかお手並み拝見と行きましょうか」

 ベアトリクスはにんまりとした笑顔をランドルフに向けた。
 ランドルフは引きつり顔を浮かべて思わず後ろに下がった。



「うふふ」

 ランドルフの腕の中、薄着のベアトリクスが彼の唇をなぞる。

「ランドルフの唇はカサカサしてるわね」
「……姫様の唇が特別つやめいてらっしゃるのですよ」
「そうかもね……触れてみる?」
「自重します」
「あら、つれないこと」

 ベアトリクスは唇を撫でていた手をランドルフの頬に当てる。

 あまり肉のついていない頬を彼女は骨をなぞるように撫でた。

「目を閉じて」
「は、はい……」

 ランドルフは素直に目を閉じた。

 ベアトリクスはそのまぶたを優しく撫でる。

「…………楽しいですか?」
「ええ、とても」

 笑いを含んだ声でベアトリクスは答えると、ランドルフの頭をくしゃりと撫でた。

「ランドルフの短髪は刺さるわねえ」
「姫様の髪が柔らかすぎるのです」
「私達、まるで真逆ね」
「姫様と一介の騎士ですから」
「生まれも育ちも……ええ、きっと何もかも違う。見てきたものも……触れてきたものも……そんな私達がこうして、触れあっているのね。不思議だわ」

 しみじみとベアトリクスは呟いた。
 呟きながら、手はランドルフの背中に回る。
 広い背中に手を回すのには体を近付ける必要があった。
 ベアトリクスの胸がランドルフの胸板に押しつけられる。

「そしてこれからあなたの生まれ育ったところにようやく行けるんだわ……ああ、こんなに素敵なことがあるかしら」
「そ、その前にサーヴィス領です」
「そうね、そしてその前に今晩を過ごす必要があるわね」
「……寝ましょう、姫様」
「ああ、強情な人」

 ベアトリクスは笑った。

「……おやすみ、ランドルフ」
「おやすみなさいませ、ベアトリクス」

 目をつぶったままのランドルフの顔をベアトリクスは見つめた。
 騎士は姫君の目線には気付かずに邪念を振り払い眠気に身を任せることに専念した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

聖女は秘密の皇帝に抱かれる

アルケミスト
恋愛
 神が皇帝を定める国、バラッハ帝国。 『次期皇帝は国の紋章を背負う者』という神託を得た聖女候補ツェリルは昔見た、腰に痣を持つ男を探し始める。  行き着いたのは権力を忌み嫌う皇太子、ドゥラコン、  痣を確かめたいと頼むが「俺は身も心も重ねる女にしか肌を見せない」と迫られる。  戸惑うツェリルだが、彼を『その気』にさせるため、寝室で、浴場で、淫らな逢瀬を重ねることになる。  快楽に溺れてはだめ。  そう思いつつも、いつまでも服を脱がない彼に焦れたある日、別の人間の腰に痣を見つけて……。  果たして次期皇帝は誰なのか?  ツェリルは無事聖女になることはできるのか?

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...