聖女候補の姫君は初恋の騎士に純潔を奪われたい

新月蕾

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第42話 次の目的地へ

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「なんとかなりましたね……」

 与えられた寝室に戻り、ランドルフはホッと一息つく。
 ベアトリクスはそんなランドルフに微笑みかけた。

「そうね、クレア嬢はいい子だわ。それに、あの気の強さ、あれはアルフレッドには必要なものだわ」
「……そこまで考えておいででしたか」
「……アルフレッドはクレア嬢のことを愛するでしょうね。でも、それが恋になるかは分かりません」
「アルフレッド殿下は懐の深いお方ですからね」
「本当、誰に似たのやら。……それでもクレア嬢となら、少なくとも良い夫婦にはなれるでしょう。そこに恋が生まれるかは分からないし……恋がないことが悲劇かも分からないけれど……」
「まあ、どこぞの馬の骨と結婚するよりは、クレア嬢は幸せになれると思いますよ、アルフレッド殿下となら」
「そう願っているわ」

 ベアトリクスは困ったように微笑んだ。

「ランドルフもありがとうね、クレア嬢にお話しをしてくれて」
「いえ……自分の言葉がどれだけの力を持っていたやら……」
「言葉には力があるわ。どの方向に働くかは分からないけどね」

 ベアトリクスは微笑んだ。

「きっと、今回は良い方向に働いたのね」
「そう、祈ります」
「……明日にはサーヴィス領を立ち、とうとうヘッドリー領へ向かいます」
「久しぶりの我が故郷……妙に緊張してしまいますね」

 ランドルフは苦笑いをした。

「とても楽しみ」

 ベアトリクスは微笑んで、ベッドに潜り込んだ。

「おやすみなさい、ランドルフ」
「おやすみなさいませ、ベアトリクス様」

 隣のベッドから、ランドルフはベアトリクスの影を眺めた。
 この美しい人を、明日には恋人として家族に紹介するのだ。
 そう思うとソワソワしてなかなか眠りにつけなかった。


「おはよう、ランドルフ」
「はい、おはようございます」

 眠たい目をこすりながら、ランドルフは起き上がった。

「あら、眠たそうね」
「緊張して眠れませんでした……姫様は寝付きが大変よろしいですね」
「そうでもなきゃやってられないもの」

 ベアトリクスは微笑んだ。

「寝れるときに寝れないとね。どんなに緊張しても、眠るべき時には眠る……そうでなければ、姫の役割など果たせません。などとまあ、偉そうに言ってますけど旅行は初めてなのよね、私」
「そうでしたね」
「旅行でも眠れる自分だったのは発見だったわ……いえ、旅行だけではないわね。サラがいないのも初めてかも」

 ベアトリクスはぼんやりと呟いた。

「初めてのことだらけね、あなたが来てから」
「……はい」

 ランドルフは頭を下げた。



「おはようございます、ベアトリクス様」

 朝食の席、うやうやしくクレアが礼をした。
 最初の衝撃的な出会いからまだ数日だというのに、少女はすっかり貴族らしい振る舞いを見せるようになっていた。

「おはようございます、クレア嬢」

 ベアトリクスは優しく微笑んだ。

「もうお立ちになってしまうなんて、寂しゅうございます」

 クレアの顔は本当に寂しそうだった。

「……また会えますか?」
「もちろんですとも」

 ベアトリクスは微笑んだ。



 朝食を終え、エントランスに立つ。
 サーヴィス家総出での見送りとなった。
 クレアの幼い妹たちも何が何だかという顔をして乳母たちに抱き上げられている。

 クレアはハラハラと妹たちを見守っていた。
 その姿にベアトリクスは幼い頃の自分とアルフレッドを重ねた。

「あ、あの、ベアトリクス様……ほ、抱擁を請うてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」

 ベアトリクスはクレアに近寄り、強く抱きしめた。

「あなたを妹と呼べる日のこと、楽しみにしています。クレア嬢」
「はい! お、お姉さま……!」

 顔を真っ赤にして叫ぶクレアの額に口付けを落とし、ベアトリクスはランドルフに手を取られ、馬車へ上がった。

「アルフレッド殿下にどうぞよろしく!」

 クレアが大きく手を振るのに、ベアトリクスも馬車の中から答えた。

 少女の姿が豆粒ほどに小さくなるまで、ベアトリクスは彼女を見つめ続けた。

「さあ、いざ、ヘッドリー領……辺境へ!」

 ベアトリクスは高らかに宣言し、ランドルフは背筋を伸ばした。



 ヘッドリー領の入り口にすでに迎えは来ていた。

「二番目の兄の馬です」

 ランドルフはベアトリクスに小さく囁いた。

「出ましょう」

 ベアトリクスは馬車から降りた。

 ランドルフの兄はベアトリクスの姿を認めると、馬から下り、ひざまずいた。

「ベアトリクス姫殿下とお見受けします。ヘルマン・ヘッドリーです」
「初めまして、ヘルマン殿。王宮からまいりました、王女ベアトリクスです。この度はお世話になります」
「ようこそおいでくださいました。ここからの先導と護衛を引き受けさせていただきます」
「分かりました。ランドルフ」
「はい」

 ランドルフは護衛達に指示を出す。

「ははは、弟もまあ、ずいぶんと立派になって」

 ヘルマンは相好を崩した。

「いやあ、なんだなんだ、偉そうに指示なんて出して……偉くなったなあ。ランドルフ様とでもお呼びするか?」
「おやめくださいヘルマン兄上」

 ランドルフは頬をかく。

「俺は俺ですよ、何があろうと」
「あはは」

 兄にからかわれるランドルフの姿にベアトリクスはゆっくり微笑んだ。
 その胸の内は珍しい物を見た喜びに溢れていた。
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