『魔王』へ嫁入り~魔王の子供を産むために王妃になりました~【完結】

新月蕾

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第46話 傷だらけのあなた

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 それは夜半のことだった。
 ドタバタと足音が聞こえて、私は目を覚ました。
 寝室に音が聞こえるのは思えば珍しい。

「……ユリウス?」

 もう帰ってきたのだろうか、そう思っていると――。

「ユリウス!」

 大声が聞こえた。これは、ヴァンパイアの声だ。
 それもずいぶんと切羽詰まっている。
 私はベッドから跳ね起きた。

 ユリウスの部屋との間の扉に一直線に向かう。

「ユリウス!?」

 私は躊躇のひとつもなく扉を開いた。

 そこには慌ただしく走り回るシルフとニンフ、青ざめた顔のヴァンパイア、そしてベッドにうつ伏せに眠るユリウスの姿があった。

「……ゆ、ユリウス?」

「お妃様!? ああ、すみません、起こしてしまいましたか……」

「いえ、あの、ユリウスは、どうしたの?」

「…………」

 ヴァンパイアは答えに窮したように口をつぐんだ。
 その手はせわしなく何やら動いている。

「ど、どうもしない」

 ユリウスがくぐもった声でそう言った。

「大丈夫だ、王妃、心配は要らない」

 それは、何かあったに違いなかった。
 私はもう一歩を踏み出した。
 ユリウスは上半身が裸で、その背中には深々とした傷がついていた。
 傷からは何かモヤのようなものが出ている。

「ユリウス!?」

 思わず手を伸ばした私の手を、ベッドの向こう側にいるヴァンパイアが慌てて掴み留めた。

「いけません。竜の毒が回っています。いかにお妃様でも触っては体に毒です」

「そ、そんな……竜の毒……?」

「事故なのです。レヴィアタンとともに我々は竜息病の竜、バジリスクの元へと向かいました。レヴィアタンがバジリスクを空に掴み上げて……ですが、バジリスクが毒を吐く苦しみに暴れ出して……その爪に陛下はやられたのです。私がついていながら一生の不覚でした……」

「ユリウス……」

「だ……いじょうぶ、だ……」

 ユリウスはこの後に及んで強がりを見せた。

「……手を。手なら大丈夫ですから握ってやってください」

「は、はい」

 ヴァンパイアに促されて、私はベッドの横にひざまずくと、ユリウスの力なくベッドの縁から落ちている手を握った。

「処置を続けます。少し血なまぐさいですよ」

 そう言うとヴァンパイアは、懐からナイフを取り出した。

「さあ、ユリウス、根性見せろ」

「……ああ、頼む」

 ヴァンパイアはナイフをユリウスの傷に差し込んだ。

「な、何をっ!?」

 驚きのあまりに声が裏返った。

「毒をえぐり出しています」

「…………っ」

 ユリウスの手がギュッと握り込まれる。
 私は慌ててその手の平に自分の手を滑り込ませた。
 ユリウスが私の手の甲に爪を立てる。

「み、ミラベル。痛いだろう……手を離して……」

「このくらい、大丈夫です……」

 目の前の痛々しい光景と比べれば、大したことない。

 シルフがたらいを持ってヴァンパイアの隣に控えている。
 ヴァンパイアがえぐり出したモヤのような毒は即座にニンフの水に流され、ナイフは綺麗になる。
 再び違う傷にナイフが差し込まれる。

「ぐうううっ」

 押し殺した声がユリウスから漏れる。

「ああ、駄目だ。お妃様、そいつの口に布を押し込んでください。このままじゃ舌を噛む」

 私は慌てて周囲にあった手頃なサイズの布をユリウスの口の中に押し込んだ。
 ユリウスは何か言いたげにこちらを見たけれど、すぐに痛みにその視線はぶれた。

 ヴァンパイアによる処置はいつまでも終わらないのではないかと思うくらいの間、続いた。
 やがてヴァンパイアが大きなため息をついた。
 その頃にはユリウスの意識はほとんど朦朧としていた。

「よーし……こんなもんだろう」

 ユリウスの体に包帯を巻きつけ、口から布を引っ張り出しながら、ヴァンパイアはそう言った。

「あとは万能薬パナケアを飲ませておけばいい。ニンフ、ユリウスの寝間着を!」

「はい!」

「あ、あの……魔王城にはお医者様とかいないのですか……? それともヴァンパイアさんが、お医者様なのですか……?」

「……医者は竜息病の患者が出た村に置いてきました……。まったく……俺に少し医術の心得があるからと無理をさせる……」

 ヴァンパイアはそう言うと、そのままその場に崩れ落ちた。
 彼も疲れていたのだろう。私が驚く間もなくヴァンパイアの寝息が聞こえてきた。

 ニンフがユリウスの寝間着を持ってきた。
 私も手助けしながら服を着させる。

「お妃様、お妃様ももうお休みになられては……」

 荒い寝息を立て始めたユリウスを見ながら、ニンフがそう言う。

「……いえ、今晩は、そばにいたいの」

「……承知しました」

「あ、あと、ヴァンパイアさんに毛布か何か持ってきてあげて」

「はい」

 私はそれから一睡もせずにユリウスの手を握り続けた。
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