『魔王』へ嫁入り~魔王の子供を産むために王妃になりました~【完結】

新月蕾

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第92話 黒の間

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「……次は、何」

「はしたない姿よな」

 冷え切った声が頭上から落ちてきた。
 見上げるとそこにはふんぞり返った女性がいた。
 見慣れた黒いドレスを着ていて、牙を剥き出しにしている。

「……カーミラ嬢?」

 いや、よく似ているけれど、彼女より年上に見える。

「妾の孫がここまで弱々しいとは……人間の血とはほとほと厄介なものよ」

「孫……あ……先々代魔王のお妃様……?」

 言われてみれば、肖像画の姿によく似ていた。

「ほら、さっさと服を着るが良い」

 私はまだ裸だった。

「ど、どうやって……」

「ここにはすべてのものがある」

 そういうと先々代魔王の王妃、私の祖母は手元に真っ白なワンピースを出現させた。
 それを彼女は私に放り投げた。

「あ、ありがとうございます……」

 着るという動作をする必要もなく、私はワンピースを着ていた。
 さすがは夢だ。

「ええと……どういうことなのでしょう……これ」

「さっきの出来事と今の出来事は分けて考えよ。さっきの男はただの狼藉者だ。そしてここは歴代王妃の座だ」

「歴代王妃の……?」

「ティアラの継承がなされるとここに来ることが許される。だから、孫たるお前を招いて茶飲み話に花でも咲かせようと思ったが……邪魔が入った」

「そう、でしたか……」

 茶飲み話と言われても、ここには私と彼女以外何もない。
 そんな私の思考を読んだように、二脚のソファとテーブル、そしてお茶が出現した。

 祖母がそこに腰掛ける。私も対面に座った。

「……できるか、お前に、王妃の仕事が」

「……が、がんばります」

「…………はあ」

 祖母は心底呆れたようにため息をついた。

「なんだその具体性のないがんばります、は。もっとこれをがんばりますとか、ないのか」

「え、えっと……ユリウス……魔王の助けになれるようがんばります……」

「そんなのは当たり前のことだ」

「ご、ごめんなさい……」

「はー」

 祖母は仕方ないという顔をした。

「お前にこれをやろう。あまりに頼りなさ過ぎて涙が出そうじゃ」

「あ、ありがとうございます」

 手渡されたのは、糸切りバサミだった。

「……これは?」

「お前、刺繍が趣味なのであろう?」

「そ、そんなことまでご存知なのですか」

「元より刃物には魔を断ち切るという概念がある。それも偉大なるヴァンパイア族たる妾の形見だ。きっと役に立とう。このサイズなら肌身離さずもっておけるしのう」

「……ありがとうございます、ええと、おばあさま」

「うむ」

 祖母はにっこりと笑った。

「良い響きじゃ。妾と旦那様の間にはなかなか子供ができなかったから、血縁の孫の顔も義理の孫の顔も見る前に妾たちは死んでしまったが……悪うない」

「……義理の孫、人間のユリウスを、認めてくれるのですか……?」

 彼女の旦那は人間嫌いだったはずだ。

「旦那様がどう思うかはしらぬが……馬鹿息子が拾ってきた子供だ。可愛くないわけがない」

「……そう、ですか、ありがとうございます」

「礼ばかり言う子じゃな、まあ、言わぬよりはいいか」

「……お礼を言えることは、幸せだと思います。お礼を言えるほど、誰かに親切にしてもらえているということですから」

「……お前は本当に酷い人生を送ってきているの、人間界は魔境じゃなあ」

 祖母は呆れたようにそう言った。

「……これからは……お礼ばかりを言う羽目になるぞ、お前」

「望むところです」

「うむ。さて、そろそろ帰れ、義理の孫が泣きそうじゃ」

「ユリウス!?」

 思わず振り返ると黒い空間に穴が空いていて、そこにはユリウスの顔があった。

「……ラベル! ミラベル!」

 声が聞こえてくる。

「夢は終わりじゃ。妾はいつでもここにいるから、何か困ったことがあれば、訊ねておいで」

「は、はい」

「……健やかにあれ、我が子孫たちよ」

 祖母は静かに微笑んだ。
 黒い空間が崩れていく。

 そして、私は目を覚ました。

「……ユリウス」

 私はベッドの上、ユリウスの腕の中にいた。
 本物のユリウスの腕の中だ。

「ミラベル!」

 切羽詰まった顔のユリウスはホッとしたように私をより強く抱き締めた。
 私はユリウスを抱き返すために手を広げた。
 その手の中から糸切りバサミが落ちていった。
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