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 どうしてこんなことになってしまったのかしら…。


「お嬢様、この帽子なんていかがでしょう」
「学校には制服があるので、そのような物は必要ありません」


 侍女長だったはずなのに、いつの間にか私の専属侍女になってしまったマルタに対して、今日何度目になるか分からないため息をのみこむ。


「お嬢様はもう少し欲をお持ち下さい」
「そんなことを言われましても…」


 前の人生では、側室になってからは皇后に回るはずの予算を私に回し、好きな物を買いさんざん贅沢をしてしまったんだもの、今更欲しいものなんてないわ。


 それに、公爵家のお金を使うことも気が引けるし、そもそも今回の目的は。


「学校に通うために必要な物を揃える事が出来れば十分ですので、特に欲しいものはありません」


 まさか、学校に入る事になるなんて想像も来ていなかったわ。


 叔母様の出産後、お爺様と叔父様から感謝を述べられたまでは良かったのだけど…。


 その後に叔母様に産後に良い薬湯を煎じて持っていったのが良くなかったわ。


 自身の産後でとても重宝したものだから、叔母様にも、と思って持っていったのだけど、一緒にいらした叔父様の目にそれが止まり、すぐさま薬湯の事がお爺様に伝えられてしまった。


 伝えられること自体は悪いことではないのだけれど、その薬湯が、国1番の薬師と言われるワイズ家しか作ることが出来ないものだったらしく、それを私が作れてしまったので屋敷中は大騒ぎになってしまった。


 薬湯の作り方は、お母様の形見として受け取ったメモの中に書かれていたものだったから、まさかそこまで珍しいものだとは思わなかったわ。


 珍しいものだと知っていれば、お爺様達の目に着かないように気をつけていたのに…。今更言っても仕方ないけど。


 目に止まってしまった後は、私には薬師としての才能があるからワイズ家の一員として立派な薬師に育て上げよう、とお爺様も叔父様も興奮したように言い出し、私が口を挟む隙すらなかったわ。


 私としては、前の人生でお母様と、もしかすると処刑された私によって、ワイズ公爵家の名前に泥を塗ってしまったかもしれないので、その償いとして家紋のために薬師になるって、少しでも役に立てるのなら本望ではあるから別にいいけど…。


 けれど、薬師になるためにはまず学校に通う必要があるようで、すぐにでも入学手続きを行って通わせたいお爺様と叔父様によって、今は入学準備のためにマルタと買い物に来ることになった。


 のだけれどーー。


「お嬢様、あそこのケーキが美味しいと有名なのですが、いかがでしょうか?」
「いえ、お腹が空いていませんので結構です。教えて下さってありがとうございます」
「お持ち帰りもできるそうです」
「そうですか。でも、今はそんな気分ではないの、ごめんなさい」


 買い物に来てから、学校とは関係の無い物ばかり勧めてくるマルタにため息を着きそうになる。


「もう必要な物は全て揃ったと思いますので、もう戻りましょう」
「そうなさいますか?まだ十分に時間がございますが…。それに、当主様からも好きな物を買ってくるように、とお金を預かって来ておりますのに」


 これは、もしかするとお爺様から私が何か買うまで戻ってくるなと言われているのかもしれないわね。お爺様は会う度にお小遣いを下さろうとするし、高級なドレスやアクセサリーも沢山送ってくださる方だから、ここは何か買わないと屋敷戻れないわね、きっと。


 それなら、適当なケーキを買ってお爺様達に召し上がってもらうことにいましょう。マルタにも、いつもお世話になっているから、4つ買えば問題ないわね。


 ケーキを買ってすぐに屋敷に戻ると言えば、まだ時間があるとマルタに言われるけど、クリームが解けてしまうと言えば納得して馬車に乗ってくれた。後は、屋敷に戻ってから、お爺様達にケーキを召し上がってもらうだけね。


 それから、入学準備に沢山のものを購入していただいたことにも感謝を伝えなければいけないわね。今は私自身のお金はないけど、いつか立派な薬師になってお金が手に入った時は、お爺様にしっかりとお返ししましょう。


 窓の外を見ながらそう誓っていると、視界の端で今の私とあまり年が変わらない少年が、執事のような人に背中を撫でられているのが見える。


 馬車酔いでもしたのかしら?
 近くに馬車もあるようだし、体調が優れないみたいね。


 だけど、吐いていると言うよりは、咳をして苦しんでいるように見えるわ。


あの姿は、私の息子が苦しんでいた時と似ていて、咄嗟に声を上げてしまう。


「馬車を止めてください!」
「お嬢様?どうかされましたか?」


 急に馬車を止めたことでマルタが驚いているけど、今は一刻を争うかもしれないので、馬車が止まったと同時に外へと走っていく。


「オースティン様!どうされました!」
「はっ、っ、う、」


 喉を押えて呼吸困難になりかけているわ。


「どうされたのですか!」
「え?小さなお嬢様?」
「状況を教えて下さい!もしかするとすぐに対処できるかもしれません!」
「え、あ、実は、先程町で購入したエビの串焼きを食べられてから急に体調を崩されたのです」


 エビ…という事は、もしかしてアレルギー反応が出たのかしら。それも重度のようね。幸い今は授業の為に買った薬草を沢山積んでいるから、何とかなるかもしれないわ。


 だけど、早く調合しなければ本当に命を落としかねない。


「マルタ!今から私の言う薬草をすぐに持ってきてちょうだい!」


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