寝坊少年の悩みの種

KT

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第五章 共犯者

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 結局俺は串田の提案を受け入れることにした。早織に対して不誠実だとは思いながらも、この方法でなんとかやっていけそうだと感じたし、面倒なことをさっさと片付けてしまえる。
『決まりね。それじゃあいくつか決めておかないとね』
『呼び方とかか』
『そうそう、そういった設定をある程度詰めておかないとボロが出ちゃうでしょ』
 もっともな意見なので異論はない。その後もとりあえず考えられる可能性をしらみつぶしに決めていくことにした。
 まず呼び方は下の名前で固定だ。互いに別段抵抗もないので仲良しアピールの一つとして組み込んでおく。
 関係はさっさとオープンにしておく。そうでないと意味はないからな。早織のことを考えると胸が痛むが俺はもう割り切ることにした。
 互いの距離はベタベタしない程度、友達以上恋人未満な感じといえばいいだろうか。微妙な距離で清く正しい関係を演出しておく。これならば手とか繋ぐ必要もないから気が楽だ。
 学校では昼食を一緒にすることで印象付けを行い、バイトの日は集合して向かうことにした。
 なにか二人の関係でプライベートなことを聞かれれば互いにそういうことは秘密にしておくというスタンスをとることにする。しかしそれだけではボロが出るかもしれないのである程度話せる作り話を共有しておくことも考えておく。
『まあ作り話はおいおい考えておくわ』
『俺はそういうの苦手だから頼む』
『あと念のためメッセージの履歴は消しておきましょうか。今後の作戦会議は通話か直接会ってからってことで』
『了解』
 こうして俺と葵は偽装カップル、もとい共犯者となった。

 そういえば委員長のことはどうしようかと、朝になってから頭を悩ませる。葵と付き合ってることになったのに毎朝委員長と登校してたらやはりおかしいだろう。しかしもう来ないように言ってしまえば完全に遅刻魔へと逆戻りだ。
 妙案は思いつかない。とりあえず今日、葵と早速作戦会議を行うことに決めた。

「おはよう弘治」
「おはよう葵」
 俺は努めて平然と、隣の教室にわざわざ顔を出した葵に挨拶を返す。もちろん後藤が近くにいることは確認済みだ。あいつなら反応を示すに違いない。
「え、遠藤! いつの間に串田さんと名前で呼び合う仲になったんだよ!」
 ここまで予想通りだとこいつも葵が雇った共犯者なのではないかと邪推してしまうな。行動原理がわかりやすくて本当に助かる。
「ん? ああ、それはな」
「私たち付き合うことになりました!」
 明るめの声でそれなりの範囲に聞こえるように葵が後藤に向かって言葉を発する。周囲が少しざわつくのが感じられた。
「なん、だと。遠藤お前、裏切りやがったな! チクショー!」
 後藤は涙を流すふりをしながらそう言い放ち走り去っていった。ほんとにすげえやつだな。やっぱ雇われてるんじゃないの?
「それじゃね弘治、また後で」
「おう」
 お披露目と印象付けはこれくらいでいいか。昨晩の打ち合わせ通りにうまくやれたと思う。
 予定通りに昼休みには一緒に昼食もとった。後藤を交えてではあったが朝のこともあり印象付けはばっちりだろう。むしろ付き合いたてで二人きりじゃ少し気まずくなるから後藤を入れた三人で昼食をとっているという風に見える、とは葵の言だ。やっぱり後藤、雇われてるんじゃないですかね……。

 放課後も予定通りに教室前の廊下で集合してからバイト先に向かうことにする。
 始めの一連の印象付けは驚くほどにスムーズに、簡単に終えることができた。
「とりあえず最初はクリアか」
 現在バイトの控え室。聞かれても特に困るような状況ではない。
「そうだね。これで私も男子たちのメッセージにそれとなくお断りの意思をにじませても問題なくなったわけだ」
 二人して悪い笑みを浮かべる。
 おっと、相談事があるんだった。今のうちに話しておこう。
「そういえばちょっと相談なんだが―――」
 俺は委員長が毎朝迎えに来るように先生に言われていることと、うまいこと対処する方法が見つからないことを話した。もちろん寝坊癖についてもである。
「ふーん。寝坊癖か。それって今は治ったりしてないの? 大体生活習慣が改善されていれば起きれるようになってると思うんだけど」
 心当たりがないわけでもなかった。
「毎朝橋本が来るっていう緊張感で俺と母さんは目を覚ましてると思ったんだが、言われてみれば土日も普通に起きてるかもしれない」
「それじゃあ数日お試しで自力で起きてみるって言ってみればいいんじゃない? 教室であんなこと言ったんだしそれで察するでしょ。それでまた本当に起きれないんだったら先生を通して頼みなおせば体面上問題ないでしょ」
 なんて頼もしい奴なんだ。頭の回転が速い。初めて会った時が嘘のようだな。不測の事態に弱くて少し抜けていて、ほんわかとした雰囲気の葵はどこへ行ってしまったのか。
「? 私の顔に何かついてる?」
 この作戦、乗って正解だったかもしれない。
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