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始まりがすでに騒がしい
しおりを挟む「こっのッ アホが!子連れのハニーベアに手ぇ出すとか馬鹿じゃねぇの!!」
「待って!わざとじゃないよ!?私が出した魔術の先にたまたまあのハニーベアの親子が居ただけで…つまりこれは事故なんだよ。うん。」
「アホかッ!あんなえげつない範囲の魔術ぶっぱなしておいて事故もクソもねぇよ!そもそも【ガルガル期】のハニーベアが居る森に入るとかホント馬鹿じゃねぇの!?このボケ!」
「ガルガル期なの忘れてたんだよーっ。というかッアホ・馬鹿・ボケって。レクトの口の悪さは今更だけど、せめてどれか一つにしぼってくれないかな?」
「そこかよっ、今はそんな事言ってる場合じゃ━━━」
「グオォォオォッ」
「━━やべッ! とにかく走れ!ボケカミラッ」
「イエッサー!」
森の中を走る人影が二つ、口論をしながら焦った様子で駆け抜けていた。人影の後ろには蜂蜜色の体毛を纏った直立すれば三メートルはありそうな巨大な熊が怒気をはらんだ唸り声を上げながら二つの影に迫っている。
二つの影とは…俺こと、魔術大国ターリナの下級貴族 レクト・イーダ とその婚約者 カミラ・ヴィッチ の二人である。
なんでこんな事になっているかと言うと、カミラに用があり会いに行った俺は、普段着のスカートではなくコートにズボンといういかにも怪しい格好をしたカミラが屋敷の裏口からこそこそと出て行くのを目撃し、今までの経験上イヤな予感しかしなかったので後をつけたら…あの馬鹿は育児期のハニーベアが生息する森の中へ躊躇いもなく入って行きやがった。
補足するとハニーベアってのは果実や樹皮等を主食にする草食の魔獣で普段は温厚で大人しく人慣れした熊だが、子を育てる期間【ガルガル期】と呼ばれている間は普段のハニーベアからは想像もつかない程攻撃的で狂暴になる。
草食と言っても熊は熊。硬い樹皮をまるでバターのように引き裂く鋭い爪に熊本来の怪力で攻撃してくるのでたまったもんじゃない。ってかマジで危険。
そんなガルガル期のハニーベアが居る森の中へ消えるカミラ。仮にも婚約者がそんな危険な森へ入ったのなら後を追うしかない俺。カミラにバレないように尾行する事数十分、一体コイツはどこまで行くのかと思い始めた頃ある程度拓けた場所でカミラの歩が止まり、辺りを見渡す仕草をし肩から下げていた鞄に手を突っ込み中から一枚の紙を取り出した。
(あれは…魔術符。 カミラのやつなんでこんな所で魔術を使おうとしてるんだ?)
カミラが鞄から取り出したのは魔術を行使するための魔方陣が刻まれた紙【魔術符】。ざっくり説明すると魔術符はいくつか種類があり魔力を流す事で水の魔術符なら水を、火の魔術符なら火を出現させられる。この魔術符を使用して術を発動させる事を【魔術】と呼ぶ。
ついでに説明すると符を使わずに自分の魔力だけで術を発動させる事を魔法と言うが、魔術符が普及された今の時代、魔法を使おうってやつはほぼいねぇ。理由は面倒なうえに難しいから。魔方陣無しに魔力を操る綿密なコントロールとそれ相応の知識が必要で発動させるのに時間もかかる。
その点、魔術符は予め描かれた魔方陣に魔力を流すだけなので発動までが早いしめっちゃ楽。もちろんタダではねぇけど。平民が日常的に使う安い符から騎士団が使うレベルの高い符まであり、品質もピンキリだ。
さて、そんな魔術符を手に俺の婚約者様は何をしようってんだろうな。俺が木の陰に隠れて見ている事に気付かずカミラは魔術符を手にした腕を頭上にあげ魔力を流し掛け声と共に魔術を発動させた。
「━よしっ、ていッ!」
(…なんだよその掛けご…えッ…_____はぁァッ!?)
なんとも気の抜けたカミラの掛け声で発動した魔術を目の当たりした俺は内心思わず叫んでしまった。空に浮かぶ無数の岩石、それが勢いよく大地へ降り注ぐえげつない光景…魔術範囲も何メートルあんだよッ馬鹿じゃねぇの!?唖然とする俺の耳にカミラのはしゃぎ声が届き反射的に俺の足はカミラの元へ向かっていく。
「やたっ!上手く出来た~あたし天才!」
「天才!…じゃねぇよこのアホッ!」
「いったっ!? え?なんでレクトが居るの?」
はしゃぐカミラの頭を後ろからスパーンと叩くと痛がりつつ突然の俺の登場に驚くカミラ。驚いたのはこっちだ馬鹿垂れ!
「俺、今日は用があるからお前んちに行くって言ったよな?なのに誰かさんが屋敷からこそこそ出て行くのが見えたから追っかけてたんだよ…」
「あ……ごめん、忘れてた」
「まぁ、今はそんな事どうでもいい。それよりなんだよ?さっきの魔術!お前、街でも滅ぼす気か?」
「そんな気ないよ!? あれはねー私が作った新作の魔術符なの!広範囲・威力重視でちょっと派手にしてみたの!」
「ちょっとじゃねぇよアホ!…お前ホント加減しろよ」
「その調整をするのに試しに発動させに来たんだよー。んー、威力はまぁまぁだったけど魔術範囲が少し広すぎたかな?もうちょっと狭めて━━…」
俺がさっきの魔術はなんだと問いただせばカミラは得意気に答えてきた。別に魔術符は個人が作る事を禁止されていない。ただ専用の紙とインクはそれなりに値が張るので買った方が断然安いし魔方陣に使う文字は複雑怪奇だし豊富な知識も必要となるので専門職ではない素人にはまず描けない。俺も無理。
そんな魔方陣を描く事が出来るカミラを素直に凄いとは思うが…いかんせん威力がおかしい。こないだは屋敷の庭で魔術を発動して危うく火事になりかけて慌てて水の魔術を使って屋敷ごと水浸しにしてこっぴどく怒られてたし。…あ、だからわざわざ森に試しに来たのか。それにあんな魔術、屋敷の庭程度じゃ試せねぇか。____とはいえ、危険な時期の森に一人で入ってあんな馬鹿みたいな魔術を試すとか…
俺はさっきのえげつない魔術について熱く語っているカミラの両肩を掴み自分の方へ向けさせ顔を合わせる。
「━━でね、さっきのは《メテオ》っていう魔術符にしようかと思うんだけど…ん? レクト?」
「…メテオとかクソどうでもいい。それよりカミラ…今度また森で魔術を試すなら俺に声かけろ。一人でやるんじゃねぇ、いいな?」
「え? 別にあたし一人でも大丈…」
「あぁ"?」
「ひぅっ…!」
「危なねぇだろ!お前になんかあったらどうすんだよ!?二度と一人でこんなことすんじゃねぇよ、いいなッ!?」
「はい!ラジャー!了解!分かりました!分かったから…そんな睨まないでよー。レクト怖いよー。あたし泣いちゃう」
そう言ってあからさまな泣き真似をするカミラ。…イラッとしたのでカミラの顔を掴みアイアンくロー(弱)をかます。
「あっ、痛い痛いッ!ごめんなさいっ」
「てめぇ、ホントに分かってんのか?あ"ん?」
「いたた…分かってるよー。本当レクトってすぐ手が出るよねー、口も悪いしー。でも……んふっ」
俺が顔から手を離すと文句を言いつつも嬉しそうに笑うカミラ。
「…なに笑ってんだよ」
「だって、あたしの事心配してくれたんだよね?レクトってなんだかんだ言っても優しいよね」
そんなの━━━━
「当たり前だろ?惚れた女を心配しねぇ男なんかいねぇよ」
「ふぁッ、相変わらず発言がストレート!あたし照れちゃう」
「うっせぇよ」
俺がそう言うとカミラはわざとらしく照れた仕草をとる。そんなカミラの顔を両手で包み額をコツンとくっつける。
「…あんま心配させんじゃねぇよ」
「…うん、ごめんね」
お前になんかあったら死ぬ。心が。
ほんのり甘い雰囲気になった所で不意にカミラが目線を森の奥の方へ向けたまま固まった。何事かと俺もカミラが見ている方へ目をやると…
「…ねぇレクト、あの森の奥から突進してくる塊って━━━」
「…どう見てもハニーベアだな。しかも背中に子供乗せてる━━━」
「…カミラ!逃げるぞ!」
「…レクト!逃げよう!」
砂埃をあげ木々を薙ぎ倒しながら向かってくるハニーベアを認識した俺達はほぼ同時に叫び一目散に駆け出した。そして冒頭へ戻る。
「カミラッ!お前さっきのメテオだっけか?あれハニーベアに直撃したんじゃねぇの?マジでしつこいぞあの熊!」
「そんなはずないよ!ちゃんと生物は避けて落ちるように魔方陣描いたもん!」
「は?魔術符ってそんな事まで出来んの?お前マジで凄いな…って事はあの熊公は魔術に驚いてたまたま俺らのとこに来たってだけかッ」
「たぶんッそうだとッ…思うよーッ、ガルガル期だからッ余計に気がたってるんだねーッ」
ハニーベアに追いかけられる事数分、走りながら会話していたせいかカミラの呼吸が荒くなってきた。コイツ魔力は多いけど体力はあんまりねぇからなぁ…ハニーベアも諦める気配がねぇし、このままじゃラチあかねぇな。ぶっちゃけ倒そうと思えばハニーベアを倒せるんだが、カミラの魔術に驚いただけのハニーベアに攻撃すんのもなぁ…俺の手持ちの魔術符攻撃系ばっかだし逃げるのには使えねぇ。
「カミラ!なんか使えそうな魔術符持ってねぇの?」
「えッ?使えッそうな?━あっ、あるあるッ!持ってるッ、はいッ!」
「でかした!カミラ、しっかりつかまってろよッ」
「━っふぇ?」
隣を走るカミラに声を掛ければ息を切らしながらも下げていた鞄から一枚の魔術符を取り出す。それを受け取った俺は素早くカミラを抱き上げ魔術符に魔力を流し発動させた。
「《飛翔》!」
カミラから受け取った風の魔術符《飛翔》を使い空へと逃げる。ある程度の高さまで飛んでハニーベアの様子を窺っていると諦めたのか俺達が視界から消えた事で冷静になったのか、ハニーベアは森の奥へと戻って行った。
ハニーベアが去ったのを確認した後、安心したのか走って疲れたせいか歩けそうにないカミラを抱いたまま飛んで森の入り口まで戻った。飛んでいる間も魔力を消費するのでカミラほど魔力のない俺は体力を消耗するのとは違う意味で疲れた。
「レクト大丈夫?汗すごいよ」
「はぁッ、━━大丈夫だ、お前は?どっか怪我とかしてねぇか?」
「あたしは大丈夫!ありがとうレクト」
「ん、なら良い」
額に流れる汗を拭いながら問い返すと体力が回復したカミラが元気よく笑顔でこたえたので俺も軽く笑いながらカミラの頭を撫でて無事を確認した。
消費した魔力は体力と同じく暫くすれば回復するので森から離れて街道近くの河原で休憩する事にした。俺は着ていた上着を脱ぎ寝転がり、カミラは近くの人が座るのに適した岩に腰掛けている。もうすぐ春になろうかと言う季節。少し冷たい風が疲れて火照った体にちょうど良い。
暫く目を閉じて風を感じていた俺にカミラが声をかけてきた。
「そう言えばレクトの用ってなんだったの?」
「ん?あぁ、俺ら十五歳になるし婚約指輪どんなのにするか話し合うつもりだったんだよ。春になったら学園に行かなきゃなんねぇから暇な今のうちにって…あっ━━」
やっちまったと自分の失言に気付いた時には遅かった。恐る恐る目を開けてカミラを見ると、瞳をキラキラと輝かせたカミラが耳にタコが出来るほど聞き飽きた内容を喋りだした。
「そう!学園!やっとだよー、やっとゲームの舞台が始まるー!前世で王子ルートと生徒会長ルートはクリアしてたんだけど、攻略対象全クリする前に死んじゃったからなー。ヒロインは誰と恋に落ちるんだろう?やっぱ王道の王子?それとも俺様系の生徒会長?いやでも腹黒後輩に、ワンコ同級生かも…あー!気になるー!でもまさか自分がゲームの世界に転生するなんて思ってもなかったなー。まぁ、ゲームに登場すらしないモブだけど━━━━」
……出た、カミラの妄言。曰く、カミラには前世の記憶があって俺達が住んでいるこの世界は前世のカミラがプレイしていた『乙女版恋愛シミュレーションゲーム』総じて『乙ゲー』の世界らしい。…ガキの頃から聞かされてきたけど、コイツ何言ってんだ状態。前世の記憶までなら、まぁありえるかも知んねぇけど…ここがゲームの世界とかマジあり得ねぇよ。
冷めた目をした俺と対極にテンション高く喋り続けるカミラ。コイツ頭は良いのに…残念な思考してんな。
「━━━五歳の頃に前世の記憶を思い出して約十年、長かったような短かったような…春にはいよいよ入学かー!んーっ!楽しみだねっレクト!」
「……学園でどんな事を学べるのか興味はあるけど、その『ゲーム』ってやつに関してはホント何言ってんのか分かんねぇしクッソどうでもいい」
「レクトひどいー。辛辣ー。」
「うるせぇ。頭沸いてイカレてんじゃねぇの?」
「うわっ、本当にひどい!」
「酷くて結構。だいたいその話しはガキの頃から散々聞かされて聞き飽きてんだよ。…よし、魔力も戻ったし帰るぞ」
「はーい」
ある程度魔力が回復した俺は立ち上がりカミラの手を取り街まで戻った。帰路についている間も『ゲーム』の話をするカミラに適当に相槌をうち、屋敷まで送った。帰宅後、結局婚約指輪について話してないことに気付きため息をついた。
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