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『歪み』
しおりを挟む─衝動を上手くコントロール出来ない先にあるのは破滅だけである─
─衝動の有るところに、自我を在らしめよ─
「フフフッ、あー楽しい」
若い女が裸足で森を駆けている。女の髪や服は乱れ、足から流れる赤い血が泥と混じりあう。女は笑っていた。
女は暫くして足を止めると、木の幹にもたれ掛かり青々とした苔に腰を下ろした。
「アハハッ、空気が澄んでる。どうして私はあんなに汚い所にいたのかしら?」
女は笑う。もうどうでもいいやと。
『こんな所でどうしたの?』
不意に近くで幼い少女のような声が聞こえた。周りに人の姿はない。女は少し驚いたが、気にせず話を始めた。
「私はね、間違ってないのよ」
『ん?』
「いいえ、私は自由、何にも縛られない。こんなに清々しいのはいつぶりかしら」
『…………そう』
女の普通ではない様子に少女の声に困惑の色が見えた。
『それでどうしてこんな所に?』
「鬼ごっこしてるのよ。フフフ、まあ、鬼も殺せちゃうけどね」
女は手で銃の形を作り『バンッ』と撃つ真似をした。
『人を殺めたの?』
「馬鹿馬鹿しくなったの、社会とか規範とか常識とか。守ったって、がんじがらめにされて苦しいだけだったから」
『それで?』
女がニッコリと笑う。
「町を歩いてるとね。不意に叫びたくなって、それから足が疼いてきて、何をしようとしていたのかわからなくなって」
『うん』
「それで、本能にまかせたら、衝動を抑さえるのを止めたらどんなに楽で愉しいかって」
『………………』
「我慢はしたのよ?けど……」
微かに湿った冷たい風が木々の間を静かに吹き抜け女の髪をゆらす。女はずっと笑っていた。
「もういいやって」
『……そう』
「階段を降りてる老人をね、後ろから蹴ってみたの、頭が割れて血が広がったわ。叫び声の五月蝿かった女の頭を何度もぶつけてお店の陳列窓を割ってみたり」
女は思い出したのか心底愉しそうに笑ったかと思うと突然顔を歪めた。
「私……私ばっかり、辛いこと、苦しいことさせられて、もううんざり!守ったって頑張ったって何も変わらない、正直者が馬鹿を見るのよ……ハ、ハハハハハ……」
女の顔から笑みが消える。髪をを泥と血で汚れた手でかきむしり、女は何度も何度も幹に自分の頭をぶつけ始め、流れ出た血が額を伝う。
「私、わかったのルールは破るためにあるって。やっと、フフ、やっと気付いたの」
『壊れてる』
哀れみの声
「あ、あああぁぁぁあああ!ひ、ひひ、いひひひひ」
『狂ってる』
悲しみの声
「あは、あは、アハハハハハハハ」
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい
何も考えなくていい筈なのに、本能に衝動に任せれば楽な筈なのに
女は耐えられなかった。
『衝動をコントロール出来なくなったんだね……』
虚しい声
どうして、どうして、どうして、どうして、ハ、ハハ、ハハハハハ、ハハハハハハハハハハハ
女の笑顔は歪んでいた。
森の入り口の方からでサイレンが聞こえる。
『終わりかな?……鬼ごっこ』
「フフフ、あー可笑し」
女がフラフラと立ち上がり音の方へとゆっくり歩き出した。
『さようなら……私………ゴメンね…ゴメンね……次は…次はもっと上手く生きるから……』
女は死んだ。
化け物と呼ばれ、狂人と呼ばれ、社会に憎まれ、身内から罵倒され、死んだ。
女は最後まで笑っていた。
そして、泣いていた。
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