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石川高信、病没 元亀一年(1570)春
最後の鷹狩 6-5
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その夜、石川高信は鷹狩に参加した諸将を堀越の別荘に招いた。そこからは鷹狩をした高岡が見え、昔はここにも城があったと聞く。他にも大浦城や石川城などの重要拠点も目に入る。郡代としては将来的に津軽の中心地として、ここに城を建てる考えがあったのかもしれない。
田子信直は、自分の妻も連れてきていた。つまるところ、彼女は当主である南部晴政の娘でもある。気高く止まることなく他の侍女とともに、諸将をもてなしていた。
ときたま信直の元へ駆け寄り、仲の良さを見せている。酒を注ぐのは当然のこと、主人に何かにつけて冗談を言う。信直は苦笑して何か言い返している。“仮面” では、あのような振る舞いはできまい。為信の心には、うらやましさもあり、逆に己のふがいなさも感じた。
高信の家族は、宴会が終わり諸将らが引き上げたあとも、昔語りなどをして楽しく過ごしたらしい。
それから十日ほど経った後、石川高信はこの世を去った。南部晴政の甥として、一族の重鎮として、遅く生まれた信直と政信のため……懸命に働いた。充実した生涯であっただろう。
為信と妻の戌姫は、葬儀に参加した。煙は西へと流れる。極楽浄土はあちらという。武者であれば、人をあまた殺す。地獄は覚悟しなければならない。……高信公はあちらに行けたと願いたい。
為信にとって、石川高信はひとつの理想であった。戦に強く、機を見逃さない。見習うべきところはたくさんある。
戌姫は、為信の方をちらりと見て、元の方へ戻す。妻にも、本気で悲しんでいることぐらいわかるだろう。……はたして、私が調子悪い時、妻は汗を拭きとってくれるだろうか。……高信公の奥方は、周りを憚らずに嘆きわめいていた。
しばらくして、為信は戌姫の部屋を訪ねた。
為信と戌姫は……これまでとは違う。なぜかはわからないが、互いに目と目を合わせた。それは睨みあっているのではない。なんだろう……二つ以上の感情が混ざっている。
一つは、他人のせいにしたい思い。もう一つは自らの責任を、向き合ってこなかった己を恨む思い。ほかは・・・もう、考えなくてもいい。酷でしかない。
灯は、消された。
月は欠けていたが、きっと丸くなっていくだろう。
田子信直は、自分の妻も連れてきていた。つまるところ、彼女は当主である南部晴政の娘でもある。気高く止まることなく他の侍女とともに、諸将をもてなしていた。
ときたま信直の元へ駆け寄り、仲の良さを見せている。酒を注ぐのは当然のこと、主人に何かにつけて冗談を言う。信直は苦笑して何か言い返している。“仮面” では、あのような振る舞いはできまい。為信の心には、うらやましさもあり、逆に己のふがいなさも感じた。
高信の家族は、宴会が終わり諸将らが引き上げたあとも、昔語りなどをして楽しく過ごしたらしい。
それから十日ほど経った後、石川高信はこの世を去った。南部晴政の甥として、一族の重鎮として、遅く生まれた信直と政信のため……懸命に働いた。充実した生涯であっただろう。
為信と妻の戌姫は、葬儀に参加した。煙は西へと流れる。極楽浄土はあちらという。武者であれば、人をあまた殺す。地獄は覚悟しなければならない。……高信公はあちらに行けたと願いたい。
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戌姫は、為信の方をちらりと見て、元の方へ戻す。妻にも、本気で悲しんでいることぐらいわかるだろう。……はたして、私が調子悪い時、妻は汗を拭きとってくれるだろうか。……高信公の奥方は、周りを憚らずに嘆きわめいていた。
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一つは、他人のせいにしたい思い。もう一つは自らの責任を、向き合ってこなかった己を恨む思い。ほかは・・・もう、考えなくてもいい。酷でしかない。
灯は、消された。
月は欠けていたが、きっと丸くなっていくだろう。
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