津軽藩以前

かんから

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屋裏の変 元亀一年(1570)秋

妻との別れ 7-5

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「守り切れなかった。」

 信直は妻の翠姫に対し、深く頭を下げた。妻にしてみれば、まったくわからない。

 「離縁してくれ。」

 
 翠はかたまった。夫になんとか頭をあげさせようと伸びていたその手は、宙に浮かんだ。

 “万民の為だ”

 いくら言葉で飾ろうとも、事実は変わらない。“私の何がいけなかったのですか” と問い返すも、答えはさらに過酷だった。

 
 “そなたの父が、望んだことだ”

 
 愕然とした。
誰よりも幸せを願っているはずの父が……言うはずない。

 つぐらのゆりかごでは、子がわめく。

 信直は、目を合わせない。誰もいない横の方を向くだけ。翠は、わが子をあやさない。赤子はひたすら泣く。

 
 その日のうちに、翠姫はわが子と共に家来に連れられ、三戸へ出発した。このことにより兵は動かず、晴政も矛を収めた。

 
 信直は主君晴政の変わりようを恨み、九戸の行いを恨んだ。

いつしか心の中に、鬼が生まれた。それはまだ小さく未熟であったが、太い角を生やし尖った爪を持つ。

 呪った。妻を奪い、己を不幸にした全ての者を。いつしか流行り病が糠部全体に広がり始めた。それは無縁な領民を殺めていくのだが……民は噂しあった。

 
 “信直の祟り”

 
 晴政は、酒を多く呑むようになった。その口髭にはひどい匂いがこびりつき、会う人すべてを戸惑わせた。

 とある初秋の日。晴政は出戻り娘の翠を呼びつけ、ともに酒を呑もうとした。

 翠は何もかも信じることができない。すでに夫は夫でなく、父は父でない。感情を持たないのが一番と、無表情で晴政の酌をした。
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