津軽藩以前

かんから

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野崎村焼討 元亀一年(1570)初冬

火は放たれた 10-2

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 兵らと手伝っていた村人は、野崎村の外に置かれた本陣に戻った。日は頂天より下がり、ひと時もすれば沈むだろう頃合い。為信は、火を放つことを命じた。

 ……火を放つのも、訓練の一環だ。風の向きを読み、適切な藁の量を計算し、燃え広がりようを予測する。先ほどまでは北より南に向かって風が吹いていたが、今は西から体に当たるようになってきた。

 村より北西に、火打石にて光が起こる。火花は藁に飛び、次第に黒煙を起こす。それは大きな炎に変わり、たいそうな勢いを持った。

 ……そこには冬の寒さなどなく、少し遠くにいても熱さが伝わってきた。兵らは為信の指示に従い、中から逃げてくるだろう敵を想定して、刀を持ち弓を手前に備える。


 火を囲み、兵らの叫ぶ声と囃す声。津軽は今、冬に入ろうとしている。それに抗うかのように炎と共鳴する。なんと心に響く情景か。

 しかし、その流れは遮られた。


 ……ん。なんだ、一人だけ違う声。……よく聞け、静まれ。……村人の一人が、まだ戻ってきていないだと。

 炎は激しさを増す。もう無理ではないか、見知っている者の肝は冷え切り、悲観する限り。為信自身も、まさか犠牲者がでるとは思いもよらなかった。……民こそ大事なのに。

 その時だった。

 一人の若武者が、村の中へ突っ込んだ。彼に功を求める心はない。ただただ人の命を救おうという意思だけで動いたのだ。先ほどまで功にあせり白い旗を求めた猪武者らが動かないのはなんとも皮肉。

 周りの者は必死に呼び止めたが、若武者は止まらなかった。姿は消えた……。

 為信は陣中より外へ出て、野崎村を見つめる。赤い世界が目の前に広がる。その中に人影はないか……。

 しばらくして、奴は現れた。鎧は煤まみれだが、村人ともに無事のようだ。息を激しく吐きつつも為信の前まで参じ、助け出したことを伝えた。名を訊ねると、この者は田中という一兵卒。後に起こる六(ろく)羽(わ)川(がわ)合戦で為信の命を救うことになる。
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