48 / 105
野崎村焼討 元亀一年(1570)初冬
火は放たれた 10-2
しおりを挟む
兵らと手伝っていた村人は、野崎村の外に置かれた本陣に戻った。日は頂天より下がり、ひと時もすれば沈むだろう頃合い。為信は、火を放つことを命じた。
……火を放つのも、訓練の一環だ。風の向きを読み、適切な藁の量を計算し、燃え広がりようを予測する。先ほどまでは北より南に向かって風が吹いていたが、今は西から体に当たるようになってきた。
村より北西に、火打石にて光が起こる。火花は藁に飛び、次第に黒煙を起こす。それは大きな炎に変わり、たいそうな勢いを持った。
……そこには冬の寒さなどなく、少し遠くにいても熱さが伝わってきた。兵らは為信の指示に従い、中から逃げてくるだろう敵を想定して、刀を持ち弓を手前に備える。
火を囲み、兵らの叫ぶ声と囃す声。津軽は今、冬に入ろうとしている。それに抗うかのように炎と共鳴する。なんと心に響く情景か。
しかし、その流れは遮られた。
……ん。なんだ、一人だけ違う声。……よく聞け、静まれ。……村人の一人が、まだ戻ってきていないだと。
炎は激しさを増す。もう無理ではないか、見知っている者の肝は冷え切り、悲観する限り。為信自身も、まさか犠牲者がでるとは思いもよらなかった。……民こそ大事なのに。
その時だった。
一人の若武者が、村の中へ突っ込んだ。彼に功を求める心はない。ただただ人の命を救おうという意思だけで動いたのだ。先ほどまで功にあせり白い旗を求めた猪武者らが動かないのはなんとも皮肉。
周りの者は必死に呼び止めたが、若武者は止まらなかった。姿は消えた……。
為信は陣中より外へ出て、野崎村を見つめる。赤い世界が目の前に広がる。その中に人影はないか……。
しばらくして、奴は現れた。鎧は煤まみれだが、村人ともに無事のようだ。息を激しく吐きつつも為信の前まで参じ、助け出したことを伝えた。名を訊ねると、この者は田中という一兵卒。後に起こる六(ろく)羽(わ)川(がわ)合戦で為信の命を救うことになる。
……火を放つのも、訓練の一環だ。風の向きを読み、適切な藁の量を計算し、燃え広がりようを予測する。先ほどまでは北より南に向かって風が吹いていたが、今は西から体に当たるようになってきた。
村より北西に、火打石にて光が起こる。火花は藁に飛び、次第に黒煙を起こす。それは大きな炎に変わり、たいそうな勢いを持った。
……そこには冬の寒さなどなく、少し遠くにいても熱さが伝わってきた。兵らは為信の指示に従い、中から逃げてくるだろう敵を想定して、刀を持ち弓を手前に備える。
火を囲み、兵らの叫ぶ声と囃す声。津軽は今、冬に入ろうとしている。それに抗うかのように炎と共鳴する。なんと心に響く情景か。
しかし、その流れは遮られた。
……ん。なんだ、一人だけ違う声。……よく聞け、静まれ。……村人の一人が、まだ戻ってきていないだと。
炎は激しさを増す。もう無理ではないか、見知っている者の肝は冷え切り、悲観する限り。為信自身も、まさか犠牲者がでるとは思いもよらなかった。……民こそ大事なのに。
その時だった。
一人の若武者が、村の中へ突っ込んだ。彼に功を求める心はない。ただただ人の命を救おうという意思だけで動いたのだ。先ほどまで功にあせり白い旗を求めた猪武者らが動かないのはなんとも皮肉。
周りの者は必死に呼び止めたが、若武者は止まらなかった。姿は消えた……。
為信は陣中より外へ出て、野崎村を見つめる。赤い世界が目の前に広がる。その中に人影はないか……。
しばらくして、奴は現れた。鎧は煤まみれだが、村人ともに無事のようだ。息を激しく吐きつつも為信の前まで参じ、助け出したことを伝えた。名を訊ねると、この者は田中という一兵卒。後に起こる六(ろく)羽(わ)川(がわ)合戦で為信の命を救うことになる。
0
あなたにおすすめの小説
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる