津軽藩以前

かんから

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大千同盟 元亀二年(1571)晩夏

命乞い 15-5

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 珍しいことも起きるものだ。千徳政氏は白装束を身にまとい、為信の前にひれ伏した。為信は、千徳の頭を上げさせ、事の次第を問うた。

「はい……。我らは亡くなる運命。ならば頭を下げ、家族や城兵の命だけでもと参上いたしました。」
 
 九戸派は敗北し、万次党は為信に従った。さらには分家まで逆らう始末。もはやこれまでといった心境だろうか。白髪も少し増えたようだ。

 ……攻め滅ぼされるより、殊勝な判断か。

 ここで為信の脳は回る。何が最善手か、ありとあらゆる手を考える。千徳はその様をみて動揺した。かつて乳井や沼田がしたと同じように。
 周りに座す為信の家来たちは、恐れ慄く。もしや、この場で首が飛ぶのではないかと。科尻と鵠沼の様に……。


 
 少しして、為信の目は大きく見開いた。千徳に言う。

 「いやしくも、津軽の一角を担う千徳殿だ。そんなに卑屈になってはいけませぬ。」

 千徳は再びひれ伏す。為信がなぜそのように言い出したのか分からない。

 為信は上座より一段下り、千徳の元へ寄る。そして耳元で言葉をかけた。

 「……同盟をしませぬか。」

 周りの者すべて、聞き取れない。いや、聞こえてはいるが、理解を超えた。

「もちろん、領土はこれまで通りでよろしい。」

 なんという寛大な処置……千徳は感動しかけた。だが次の句を聞いたとき、気は再び沈んだ。

 「大切な妻子は、大浦城に留め置かれよ。新しき商人も来た故、にぎやかですぞ。」

 唾をのむ。

 “これから互いに危機に瀕した時は、必ず助け合いましょう”

 
 これは、後に “たいせんどうめい” と呼ばれる。実際には千徳が大浦の手駒に成り下がった出来事だった。
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