津軽藩以前

かんから

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長子信建、出生 天正二年(1574)夏

千徳の姫 18-3

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 ……千徳の姫。人質として大浦城に来た彼女は、今年で十六になった。丁重に扱えと殿が指示を出していた故だろうか。下っ端の侍女でありながら、一番いい着物をまとう。袖にある牡丹の花が、小さくて可愛らしい。

 為信は、彼女に酒を注がせることにした。隣に呼びよせ、小瓶を渡す。……はて、名前はなんであったか。思い出せぬ。

 “はい。徳と申します”

 そうだ。“徳姫” だったな。すまない。千徳から預かっている大切な娘だ。暮らしに不足はないか。

 
 この時、徳姫は考えていた。彼女は戌姫付きの侍女である。しいて言えば……不貞の事実を知っていた。周りの侍女も同じだろう。だからこそ、戌姫のことで心が苦しい。

 しかし、今は戌姫のことを口に出してはだめだ。為信の逆鱗に触れる。

 一方で……他の侍女は期待していた。彼女であれば……聞き出せるのではないかと。彼女は同盟者千徳の娘。無下にはできない。隣の年老いた侍女などは、体を揺らして徳姫へと促す。

 徳姫は“嫌です”とも言えず、考え込んでしまった。為信はその顔を見て、何か違和感を感じた。

 ただ、その横顔が……美しかった。思い悩むその表情は……かつての初恋の人に似ていた。婿になる前、石だらけの久慈浜で遊んでいたころ。目に焼き付いた一人の女性。

 
 丑の刻に入り、酒で酔いつぶれた侍女ら。為信はいまだあおり続ける。隣には徳姫。彼女も他の者と同様で、すでにうとうととしていた。

 薄暗い広間。灯の油は切れかけ、既に消えたところもある。

 為信の心は晴れない。その時……徳姫は力尽き、為信の胸元に倒れこんだ。為信は……徳姫の体を無傷の左側で抱え、その場に立つ。すこしだけ引きずりながら……襖を開け、広間より去る。

 為信の通った所に、再びにじみ出た血が垂れる。廊下には、曲がりくねった線が描かれた。
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