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β:六年ぶりの日々
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翌朝、目覚めた場所はいつもの場所じゃなかった。いつも場所とは王宮にある一室のベッド上のことで、考えてみれば昨日眠りについた場所がこの荒川家二階の一室にあるベッドの上なのだから、朝目覚める場所もこのベッドの上であることは当然のことなのだが・・・そう、言ってみれば、今俺は修学旅行二日目の朝みたいな感覚に陥っている。まだ夢の中に居るんじゃないか?って感覚。いつもの寝床で目覚めないと目覚めた気になれない。
俺は枕元のスマホを取った。液晶には『11月25日 金 6:00』と映し出されている。
ブブー・・・
突如、バイブレーションと共にスマホの表示が変わった。
『詞弥 拒否 応答』
俺は目をしょぼしょぼさせながら応答ボタンに触れた。
「もしもし・・・」
『あ、もしもし敦也君。』
「何の御用で?」
『いや、ちゃんと起きてるかなって。起きてるみたいで何よりだよ・・・』
それだけを聞く為に?
『そうそう、昨日良い忘れてたんだけどね、荒川家は敦也君が起こしに行かないと誰も起きないんだよ。』
「え?」
『だから、敦也君が声をかけないと皆んな遅刻だよ。』
「あ、なるほど・・・」
スマホの上部には『6:05』という表示。
「なあ、皆んながいつ家を出るとか知ってるか?」
『う~ん・・・多分いちばん早いのは敦也君だと思うよ。七時丁度だから。』
「え、マジか。全然準備してねえ、てか、何持って行けばいいんだ?」
『もー仕方ないな・・・玄関の鍵開けといて、今からそっちに行くから。』
「ああ、頼む。」
プー・・・プー・・・
電話が切れた。
俺が寝坊したら家族全員が遅刻か・・・ちと頼りすぎなんじゃないだろうか。
ピーンポーン・・・
あ、鍵開けないと、って、いくらなんでも早すぎるだろ。
俺は部屋から出て、階段に向う最中、弟、涼也の部屋に向かってモーニングコールを行い、階段を降りるなり母に向かって『六時七分っ!』と叫び、玄関の扉を開けた。
「よう。」
そこにはやはり詞弥の姿。もう既に制服姿だった。
「遅い、鍵開けといてって言ったじゃない。」
「間に合うか!お前、家の前で電話掛けてただろ。」
「どうせ困ってるんだろうなと思ってね。」
まあ、困ってたけどさ。
「さあ、中入ろう」
「あ、ああ。」
俺は詞弥を自分の部屋へと案内した。
「実は私、荒川家にはよく来てるんだけど、敦也君の部屋に入るのは初めてなんだよね。」
幼馴染であり恋人でもあるのにか・・・いや待て。
俺は昨日部屋に入った時の事を思い出した。当然だな、いくらなんでもあの紙まみれの部屋に彼女を連れ込もうとは思わない・・・
「あっ。」
「どうかした?」
詞弥が小首をかしげる。
「いや、なんでもない・・・」
大丈夫だ、昨日ある程度片付けたから。人を呼べるくらいにはなってるはずだ。
「お、詞弥やん。」
階段を上がる手前、寝起きの母が顔を出した。今更突っ込みたくもないが、もこもこ&耳付きポンチョでの登場だった。
「あ、お母さん。」
お母さん?そこのサバ読み四十二歳は俺のお母さんだぞ。
「まだ結婚してないやろっ。」
「いづれするんだから良いじゃないですか~。」
なに勝手に進めてるんだ。俺の意志は?というか、このお付き合いって結婚前提のお付き合いなの?
「少しお邪魔しますね。」
そう言って詞弥はズケズケと階段を上り始める。俺はその後に続いた。
「うん、楽しんで~」
母がニヤニヤがらそう言った。
何を楽しむんだ、こんな朝っぱらから。いや、別に何も期待なんてしていないぞ。
「ねえ敦也君。」
詞弥がこっちを向いて言った。
「なんだ?」
「まだ言い忘れてることあったの。」
「うん?」
詞弥は少しうつむき気味に、しかし目は上向きに言った。
「あ、あの・・・私達って、まだそういうことは、してないの・・・」
ゴトンッ・・・
「敦也君だいじょうぶ!?」
「大丈夫だ・・・」
けど、ものすごく痛い。階段で足を踏み外した俺は、段差の角でスネを強打した。これ、絶対アザになるやつだ。
それにしてもいきなりのカミングアウトびっくりした。まさかこのタイミングで、いやまあ、さっきの母の発言のせいだろうけど、詞弥からそんな発言が出るとは・・・
「歩ける?」
「ああ、問題無い。」
「なんか急にごめんね。でも結構大事なことでしょ。」
「まあ・・・そうだな。」
そう言って立ち上がろうとして顔を上げたその刹那、俺の目はある一点を捉えた。
「パンツ見えてるぞ。」
「へっ?!」
すると、詞弥は慌てたように、
「ち、違うからねっ、そういうフリじゃなくて、偶然だから!」
わかってるさ。
「若いって良いわね。」
「違うって母さん。」
「敦也君。」
「ん?」
「前行ってもらってもいいかな?」
「あ、ああ。」
そうして幅の狭い階段で、無理やり前後を・・・
「痛い痛い痛いっ、ちょっと敦也君・・・」
「わ、わりい。」
入れ替わった。
「朝から盛んやな、あんたら。」
「だから違うって。」
きっと母親があの容姿にも関わらず未だにシングルなのは頭の中が親父だからだと思った。
全く、階段を上がるのにも一苦労だ。
「あの奥の扉が俺の部屋らしい。」
俺が扉の方を指差し・・・
「イッタ!」
人差し指の真横にあった扉から飛び出してきた弟、涼也の体にその指が持って行かれた。かろうじて腕が付いていったから痛いだけで済んだが、もし腕が固定されていたら人差し指は横向きにポキっといっていただろう。
「兄ちゃん大丈夫か・・・」
「大丈夫・・・多分。」
いや嘘だ。もうそろそろ厳しい。指どうこう以前に朝早くから災難続きだ。
「あ、姉ちゃん。」
「おはよう涼也。」
そうか、幼馴染だもんな。弟とも面識あるか・・・っていうか勝手に進めるな。詞弥の家行ってもこんな感じなのだろうか・・・
「そろそろ時間やばいんじゃねえか。」
俺は詞弥の手を引っ張った。
「あ、ちょっと・・・」
すれ違いざまに涼也が囁いた。
「昨日のセリフ、そのまんま返すわ。」
だが、残念だったな、涼也。俺はまだ童貞だ。全くもって誇らしくないが・・・
俺は自室の扉を開いた。うん、よし、大丈夫だ。思っていた通り客は通せる部屋だ。
「へー、意外と普通だね。」
「普通で悪かったな。」
「じゃあ今までどうして入れてくれなかったの、って、今の敦也君に聞いても意味ないか・・・」
一応分かる。昨日の光景がそのまま答えだ。
俺はさり気なくスマホを確認する。『6:20』
「やばい、もう六時二十分だ・・・って、何してんだ?」
ベッドの下を確認しているから聞くまでもないが。
「へっ?なんでもないよー」
バレバレだぞ。
大体、そういう本を持っていたとして、そんなテンプレートな場所に隠すやつはもう現代にはいないだろう。
「あっ・・・」
詞弥が手から何か落とした。雑誌みたいなやつ・・・
「まあ、敦也君も男の子だから、し、仕方ないよね・・・」
「いや、俺は知らない!それをそこに隠したのは六年前の俺だ。今の俺は関係ない!」
テンプレートをやってのけたバカは俺自身だった。でも、今の俺なら絶対にやらないから。
「・・・」
「・・・」
気まずい。六年前の俺め、とんでもないトラップを仕掛けやがったな。記憶が戻ったら真っ先に自分を殴りたい。
「あ、あの、私は・・・」
「も、もう六時半だぞ。」
とりあえず話を逸らす。
「え、やばいじゃない。」
詞弥もそれに乗ってくれたみたいで何よりだ。
「何が出来てないんだっけ、あ、時間割?」
詞弥は軽くしゃがみ込み、前を見ながら後ろのベッド下に雑誌を戻した。やっぱそこに戻すのか。あとで移動させておこう。
「そうだけど、分かるのか?」
時間割はクラスによって違うはずだ。
「これも言い忘れてたけど、私達クラス一緒なんだよ。」
「えっ、そうなのか?」
カップルでクラスが一緒なのか。いや、クラスが同じだから付き合っているのか。でも幼馴染という点で前者だろう。
「教科書類どこ?」
「・・・多分そこだ。」
俺は勉強机の方を指差した。
「あ、これね・・・あ、これって・・・」
詞弥は教科書の隣に置いてあった大量のコピー用紙の山から一つを抜き取って見ていた。
「あ、それか。すごいよな、こっちの俺。」
「ほんとにね・・・」
詞弥はそう言うと、絵を山の上に戻し、今度は教科書の抜粋を初めた。
「これでよし。」
「ありがとう。こんなに少なくて良いのか?」
見る限り三教科分くらいしかない。
「うん、いいの。今日はあと体育と平面造形の授業があるから。」
「平面造形の授業?」
「あー、うん。私達ってね、普通科じゃなくて、美術科なの。」
やっぱりそうだったか。
「じゃあ、これで準備完了か?」
「体操服ってどこにあるんだろう。」
そうだ、体育があるんだった。
「干してるのかも・・・」
俺はベランダに干された衣服を窓越しに見つけてそう思った。
窓を開けて出てみると、案の定体操服は干されてあった。冷気をまとっているせいで、濡れているような感じがする。とりあえず半袖、短パン、ジャージ上下を取り込み、窓を閉めた。
十一月の朝は、心臓が締め付けられるような寒さで、今から家を出ることを考えると憂鬱になるばかりだ。
俺は持っていた体操服計四枚を体操服袋に詰め込んで、それをリュックサックの隣に並べた。
あとは制服に着替えるだけだから・・・
「詞弥、着替えるから一旦出といてくれ。」
見られるのが恥ずかしいとかは全く無いのだが、全く気にせずに異性の横で服を脱ぐのは、デリカシーに欠けるような気がしたのでそう言った。
「あ、うん。そうだね。」
詞弥そう言ってドアの外に出ていった。
俺は勉強机の前にある回転する椅子の背もたれに掛かった制服一式を手に取ると、ネクタイ以外を一分以内に装着した。
「詞弥、もう良いぞ。」
「はやっ!?」
そうコメントしてから部屋に入ってきた。
たかが制服に着替えるだけだぞ。そんな時間は掛からないだろ。女子の着替え事情は知らないが・・・
「じゃあ、行こっか。」
「ああ。」
俺はネクタイを閉めながらそう言った。
「ネクタイ締めたげようか?」
「これくらいは出来る。」
「ちぇ~」
残念がる詞弥を放って、俺はネクタイを閉め終えた。
「よし、行こう。」
俺はリュックサックを背負って言った。
「体操服。」
詞弥のそれではっとなった。慌てて体操服袋を手に取る。
「よし、行こう・・・」
「うん。」
階段を降りた俺達は、一階の玄関に現れた母と遭遇し、俺は母から温かいパンと、昼飯代にと五百円玉を渡された。
それらをありがたく受け取った俺は、そこから靴を履き、扉を押した。
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。詞弥も。」
「はい、行ってきます。」
ドアが音を立てて閉まった・・・
「さっむ。」
外に出て最初のセリフがそれだった。
流石は十一月だな。体感的には俺がこの寒さを味わうのは六年ぶりになる。あっちは年中暖かった。
それとは関係無いが、俺は隣で歩く彼女に質問した。
「なあ、そういえばカバンは?」
家に入ってきた時から持っていなくて気になっていた。
「あ、そうそう。私自分の家の玄関に置いてきてるの。ちょっと取ってくるね。」
「ああ、気を付けて。」
「隣の家だよ、何に気をつけるのよ。」
「確かに・・・」
俺は走る詞弥の後ろ姿を眺めながら、さっきのパンをかじった。
となり・・・か。詞弥とはいつから一緒なんだろう。やっぱり思い出せない。いつか全てを思い出す時が来るのだろうか。王都で記憶を失くした時は、思い出すのに二年は掛かった。でもその時は十五年ぶりの王都だったし、何より幼い記憶だったから、二年と言うのはむしろ早かった方だろう。そう考えると六年ぶりで、思い出すべき記憶が十五歳の記憶である今回は、もっと早く思い出せそうでもあるのだが・・・
「おまたせ。」
「じゃあ、行くか。」
今はまだ、制服の彼女が背負っているリュックサックが猫耳付きだということに違和感を感じてしまう。本当ならそれが当たり前だと思えるはずなのだが・・・
「ねえ敦也君。」
さり気なく俺の右手を握ってきた。
「あ、おいっ・・・」
「私達恋人で、今から学校に行くんだよ。」
「どっちも知ってる。」
「ほんとに分かってる?」
「ああ、この世界では俺はお前の恋人で、恋人らしくしないと周囲の人間から怪しまれて、最悪の場合記憶喪失がバレるってことだろ。」
詞弥の握力が強くなる。
「イテテテッ、おい、グリグリするな!」
「だからそうじゃなくて・・・」
「冗談だ、冗談。」
「ほんとに?」
「ほんとだ。ちょっとからかいたくなっただけだ。」
詞弥の力が緩む。俺は詞弥と手をつなぎ直した。
「これで良いだろ。」
「うん。」
この世界にはいつまで居るのか分からない。だけど、この世界に居る間はこの世界を必死に生きようと決意した。だから詞弥とも真剣に向き合うつもりだ。さっきのも、心配する詞弥が可愛くて、つい意地悪をしたくなっただけだ。男なら誰しも抱く感情だろう?
昨日通った道を今日は逆向きに進んで行く。ちなみにだが、今俺はどこを目指して歩いているのかを分かっていない。とりあえず昨日の駅まで行くまでは分かっているのだが、最終的な目的地であるはずの学校名すら俺は知らない、正確に言うと覚えていないのだ。
そもそも学校に着いたとして、周りの人間、いわゆるクラスメイトと自然に関われるのだろうか。この世界で言う昨日まで(正確には昨日の午後四時以前)の俺は、誰とどのような会話をしていたのか。昨日家族に会う前にもこのようなことを考えていて、結局その時は詞弥から色々な情報を提供してもらった。しかし、やっぱり今回も頼れるのは詞弥だけだった。詞弥には世話になってばかりだが、記憶が戻るまでは致し方ないか・・・
「なあ、詞弥。昨日から色々と悪いんだけどさあ・・・」
「また何か聞きたいことでもあった?」
「はい、そうです。」
「言ってみたまえ。」
「俺達が今から行く美術校って、ここからどのくらいなんだ?」
「えっとねえ、細かくは私も覚えてないけど、大体一時間ちょっとだった気がする。」
それでこんな時間に家を出るわけか。
ダメ元でこの質問もしておこう。
「詞弥は、学校での俺の人間関係とか分かってたりする?」
詞弥は少し考える素振りをして、しかし答えが見つからなかったのか肩を落とした。
「さすがにそんなことまでは覚えてないよな。」
「うん、ごめん。」
「謝ることじゃないだろ、俺の問題なんだし・・・」
よく忘れてしまうが、この詞弥も俺と同じく世界を移動していた人間で、昨日の記憶は、六年前の記憶なわけだから、別に忘れていたっておかしくはないのだ。
そもそも記憶の有無以前に、詞弥が俺の人間関係を全て把握しているわけがない。詞弥は詞弥であって俺や俺の一部では無い。恋人というところでいうと、ある意味俺の一部なのかもしれないが・・・
とにかく、人は一般常識的に、自分に関係しない人間関係を知ろうとはしないものだ。芸能人の恋愛報道などに興味を持つのも、周りと話題を合わせる為だと言えば、けして自分と無関係ではない。つまり、他者同士の人間関係であったとしても、それが自分に影響を及ぼすとわかっていれば、関係のあるものとして知ろうとする。
今回の場合は、詞弥にとっては関係の無い、完璧俺個人の人間関係なので、こればかりは自分でなんとかするしかなさそうだ。
「私ね、はっきり覚えてるのは私自身と私の家族と敦也君とその家族のことだけなんだよね。他は結構あやふやなの。時間割だって、机の上に時間割表があったから分かっただけだし・・・」
俺の考えがそのままそっくり詞弥の口から放たれた。
しかし、そうなると問題がまた一つ浮上する。
「学校の行き方は?」
「それね。丁度今考えてたんだけど・・・」
疑問だったものが確信へと変貌する決定的瞬間であった。
「駅までは行けるんだけど、電車が・・・」
「分からないのか・・・」
「うん・・・それが、困ったことに学校名も思い出せないの。」
詞弥は俺と繋いでいない方の手で、もう片方の腕を掴み、うつむき気味に申し訳無さそうな顔をしていた。
まあ、予想通りの答えだった。道に関しては昨日もそうだったので最初から覚悟はしていたし、その対処法も詞弥が話しているうちに思いついていた。
「ちょっと待ってろ・・・」
「え、それは覚えてるの?私は忘れたくせに・・・」
「安心しろ。どっちも覚えてない。」
「何も解決してないよそれ・・・」
俺は詞弥と繋いでいる方とは逆の手で、ズボンのポケットから小さなコインケースのようなものを取り出した。片面がナイロンで、そこからICタイプの定期券が顔を出している。
「頭いいね。さすが三連続学年トップ。」
詞弥は大したことでもないのにそう言う。こっちの俺ってことあるごとにこのセリフを浴びせられてそうだな・・・
ちなみに定期券には最初の乗車駅と最後の下車駅、何線経由かまで記されている。スマホで名前も分からない学校へのルートを調べるより数倍楽で早いことだろう。
「とりあえず、行き方は分かったし、一安心だね。」
詞弥は胸に手を当てて言った。その手を見ていたせいだろう・・・
「今敦也君、私の胸見て小さいって思ったでしょ。胸の代わりに身長が伸びたとか思ったでしょ・・・」
昨日もこんなセリフを聞いた気がした。その時はもっと荒々しい言い方だった気がする。確か、詞弥の二つ目の人格で、あっちの世界での詞弥。名前は、シヴァだったか・・・
「いや、俺が見ていたのは手だ。」
「嘘だ。」
本当なのだが、信じてくれそうもなかったので諦めることにする。
「見ていたかも知れないが、そんなことは思っていない。」
「嘘だ。」
「いや、嘘じゃねえよ・・・」
そこはさすがに折れないぞ。
「ほんとに?」
「ほんとに。」
「でも、見ていたかも知れないんでしょ?」
「かも知れない。」
「じゃあ何考えたの?貧乳サイコー?」
自虐してるじゃねえか・・・
「何も考えなかった。」
「それはそれで・・・」
面倒くせえな・・・
「女の子は面倒くさいのよ。」
勝手に人の心を読むな。
「やっぱりそう思ったんだ。」
俺の顔に動揺が見えたのか、確証を持たれた。
「まだ、体が小さくて胸も小さいなら良いんだよ、可愛いから。」
可愛いの意味合いが少し違う気もするぞそれ。
「でも、私って、でかいくせに小さいでしょ?」
同意を求めるように言ってきたので一応軽く頷いた。
「ムッ・・・」
詞弥は頬を膨らませる。
お前がそんな聞き方するからだろ。今のを否定して逆にどうするんだよ、慰めになるどころか、哀れみに聞こえるかもしれないだろ。
「まあ、この世界の俺は、そんな詞弥を好きになったわけなんだし・・・」
とりあえず、俺から言える最善の言葉がこれだった。
「今は?」
至近距離に迫ってきた詞弥が首をかしげる。さっきのでいい感じに締める算段だったののだが、そこを突き詰めてくるか・・・
「い、一ヶ月あれば好きになる。」
「何よそれ。」
「記憶喪失者だからな。今の俺。」
「都合の良い言い訳だよね、それ。」
「記憶が戻るまでは使わせてもらう。」
逆にそれしか武器がない。
「記憶、戻りそう?」
「そうだな・・・」
詞弥のことを懐かしいと感じたり、手を繋いだ時、急に名前で呼びたくなったり、感覚的なところでは結構色々思い出している気がする。一日目でそれだから、今回は結構早く思い出しそうだ。
「詞弥、俺が記憶を失くすのは今回が初めてじゃないんだ。」
「え?」
「いや、それは詞弥も同じなのかもな。」
「どういうこと?」
「最初の記憶喪失は六年前の王都で起こった。多分同じ頃に詞弥も記憶喪失になっていたと思う。」
「私が記憶喪失・・・」
「詞弥が夢だと信じて過ごした世界でだ。」
「あっ。」
何か思い出したように拳をぽんと叩いた。
「思い出した。気付いたら自分の周りがまるっきり変わっていて、それを当たり前に感じられない私は、記憶喪失者扱いを受けていた・・・そういえばそんなことあったな。」
詞弥はそれを夢だと思って生きてきたから、今の俺のように片方の世界での記憶があまりないんだと思う。
「だから、俺が記憶喪失になるのはこれが二度目。それに、前のブランクが十五年だったのに対して、今回は六年、きっとすぐに思い出せると思う。」
「早くしてよね。」
「ああ、頑張るよ。」
少し立ち話が長くなったか。三回連続学年トップらしい俺が、遅刻でもしたら、それこそ怪しまれそうだし・・・
「行こうか。」
「うん、そうだね。」
それから俺達は、最初のチェックポイントとなる最寄り駅にたどり着くべく、慣れない道を、昨日の記憶だけを頼りに進むのであった。
歩きながら、詞弥と会話をしながら、俺はその間、あることについてずっと考えていた。
こっちに来てから今までずっと思っていたことなのだが、この世界とあちらの世界で設定(この際わかりやすくそう呼んでおく)が被ることが多々ある。電車という交通機関がその例だ。
結局何なのかと言うと、それを考えていると、やっぱりどちらかの世界が夢で、もう一方、つまり現実と呼ばれる世界での情報が脳裏に焼き付き、夢にその要素が反映されているという考えにいたってしまうということだ。考えたところで、どちらが現実かなんて、俺には、少なとも今の俺には見当がつかない。
色々と考えたが、結局のところ、何も答えが出ないので、今は頭の片隅に寄せておくことにした。いづれ嫌でも向き合う日が来るだろう。だからそれまではこの世界の記憶を取り戻すことに全力を尽くすことにした。
昨日と同じ駅に着いた。
昨日は三十分掛かった道のりは、しっかりルートを把握すれば十五分弱の道のりだった。
移動中も、俺たちの間で話は絶えなかった。基本的に、俺が質問をして、それに詞弥が答えると言う形で、ついさっきまでは関西弁についてのトークをしていた。
本来この地域は関西弁を話す人が大半で、俺の母や弟、詞弥の家族も皆んな関西弁なのだが、俺や詞弥自身は、標準語で話している。詞弥いわく、生まれたときからそうだったらしい。詞弥は謎だったらしいが、俺からすればむしろ当たり前のことだった。
なにせ俺はこの世界で生まれる以前に標準語の世界で十二年生きていたんだ。
詞弥が言うには、俺は物心付いてすぐに小学六年生の問題を普通に解いていた。言ってみれば、王都で気を失って目が覚めた時には、見た目二歳の頭脳十二歳になっていたわけだ。その頃から標準語をペラペラと話していたものだから、両親もそれはもう驚いていたそうだ。
詞弥にしてもそうだろう。本人は忘れているが、詞弥も十二年分の能力を持って、この世界に生まれている。標準語で話すのも癖みたいなものだろう。
「何してるの、敦也君。電車来ちゃうよ。」
「あ、すまない。」
改札の前で、考えにふけっていた俺を、先に改札を通っていた詞弥が呼んだ。
俺はポケットからさっきのコインケースを取り出した。IC タグにそれをかざす。すっと通れたことに何故かホッとする。
『間もなく、一番線に、電車が参ります・・・』
丁度いいタイミングでアナウンスが流れる。
こっちのホームは女性アナウンスか、とかどうでもいいことを考えながら、前の車両を目指す詞弥のあとに続く。
歩く俺達の横を電車が追い越す。最前列には乗れそうもないと諦めたのか、花からそこを目指していたのかは知らないが、詞弥は一つ手前の車両で止まり、それと同時に扉が開く。開いている席は既になくなっていた。座席前の吊革を掴みに行く。
「乗り換えの駅、八つ目だって。」
「結構あるな。」
電車の中でベラベラと喋るのは、お互い嫌だったらしく、会話は一旦打ち切られた。詞弥がイヤホンを装着するのを見て、俺はスマホにイヤホンのプラグを差し込んだ。
こっちの俺はどんな曲を聞いているのだろう。王都の学校に通っていた時も、俺は電車の中で音楽を聴いていた。ちなみに今は、ハードロックにハマっている。
ミュージックアプリを起動。画面にはアーティスト名が表示されている。やっぱり王都のアーティストは一人もいないな。プレイリストを確認する。二つくらいあったので上の方を選ぶ。見た感じ『OverFrow』『just limit』の二バンドで構成されている。多分この二つが特に気にいっていたんだろう。
俺はそのプレイリストをシャッフル再生した。一曲目はOverFrowの曲だった。EDM感漂う前奏で始まった・・・かと思うと急にロックな感じに変化する。男性ボーカルの声も癖になる声だ。キーボードがいい感じに中毒性をつくっている。良い物聴いてるじゃないか・・・
俺はスマホのホームボタンを押し、検索画面へ移動した。
なんとなく興味が出てきたので検索ワードに【OverFrow】と打ち込んだ。検索。
一番上にバンドの紹介文とジャケット写真が出てきた。
《OverFrowは、日本の四人組バンドユニットである。キーボーディストの寿 天音以外は南造形高校出身。・・・》
造形学校?
今度は検索ワードに【南造形高校】と打ち込んで検索した。
住所や写真などが出てきた。この地名、どこかで見たような・・・
そうだ、定期券・・・
俺はポケットから例のケースを取り出し、定期券の表面を見た。下車駅の名前が、webページに表示された最寄り駅の名前と一致している。
このバンドのメンバー、多分俺達の先輩だ・・・
その後、もう一つのバンドjust limitがOverFrowと深く関わっていることを調べていくにつれて分かり、その歴史を色々見ていると、あっという間に乗り換えの時がやって来た。
次のホームに移動中―
「なあ、詞弥。」
「なに?」
「OverFrowって知ってるか?」
「私はジャスリミ派だな。」
「やっぱ知ってるのか。」
ジャスリミとはjust limitの略称か。
「というか、教えてくれたの敦也君でしょ。」
なんかそうだったような気がする。
「あっ!思い出した。私達の通う学校はその人達が通ってた学校と同じで・・・そう、南造形高校よ!」
なんか、詞弥がそう言うより先にネットで知ってしまっていたので少し申し訳ない気持ちになった。
「お、そうかっ!なんか思い出したかもしれない・・・」
知らなかった風の下手な芝居を打った。
だが今、本当に少しだけど思い出したような気がした。
「スッキリしたところで、ちょっと小腹が空いたからコンビニよっていい?」
と、詞弥。
地下の駅なので、結構そこら中にコンビニが見える。俺も喉が乾いた。
「そこ、よろうか。」
「うんっ。」
一番近いコンビニに入り、俺は迷うことなくコーラを購入。ちびちびしたお菓子をあーやこーや言いながら選ぶ詞弥をレジの横から眺めていた。
「放っていくぞ。」
「あ、ちょっとまってよ。」
詞弥は右手と左手にそれぞれ持ったお菓子を二、三回見比べてから、「よし。」と言って右手のお菓子を棚に戻してレジへ。
結局一つだけかよ・・・
「ごめ~ん、待った?」
「それはもう。」
「敦也君のいじわる・・・」
「前の俺はどうだった?」
「いじわるだった。」
やっぱり本質的なところは時がたっても変わらないものなんだな・・・
「さあ、行こ。」
「ああ。」
次のチェックポイントは・・・
定期券で確認。
「よし分かった。こっちだ。」
「ちょっと、敦也君。こんなに人がいるんだから迷子にならないように手を・・・」
はいはい、分かりましたよ・・・
所変わって駅のホームその二、いや三か。
ここまで来ると同じ高校の制服を着込んだやつがちらほらいる。いきなり知り合いに会って会話になるのは避けたいところだが・・・
「おーい」
言ったそばからこっちに向かって手を振っているやつがいた。しかし、それが俺に向けられたものではないことはすぐに分かった。
俺の左腕にへばりついていた、詞弥がスルッと外れたのだ。
「加奈、久しぶり・・・」
おい、それはまずいだろ。
「一日ぶりー」
良かった。勝手にそういうノリだと勘違いしてくれたみたいだ。
「今日も彼氏と登校?」
ポニーテールを揺らつかせながら駆け寄ってきた少女は,いきなりそんなことを聞いていた。
「ちょっと聞いて。敦也君ってばさっきコンビニで・・・」
そういう話は彼氏の俺がいないところでやってくれ。てか、まだその話引きずってるのか。
詞弥がわあわあ言っているのを一通り聞いて。加奈と呼ばれるその少女は、
「あんた、ほんま荒川のこと好きやなあ。」
この一言で詞弥の話をまとめた。
「あ、電車来たわ。ほんじゃあウチは行くから、あとは二人で楽しんで~」
少女はダッシュで一番前の車両まで走って行った。
「ああ~加奈~」
変な空気だけつくって逃げやがった。
「なあ詞弥。」
「からかいたいんでしょ。」
「いや、そうじゃなくて。電車行っちまうぞ。」
発車メロディーがなる。
「ああっ!」
「走れ!」
俺は詞弥の腕を掴んだ。
「わっ」
一番近い最後方の車両へ走る。最後方だったので、車掌さんが待ってくれた。入ってすぐ、扉が閉まる。後ろの窓に見える車掌さんに、軽くお辞儀をした。
「なんとか間に合ったな。」
「はあ・・・う・・・うん。」
「だいじょうぶか?」
「だ・・・あ、だいじょうぶ・・・」
じゃなさそうだな。
「詞弥って体力ないんだな。」
「はあ・・・はあ・・・んん・・・よし、オッケー。シヴァの時は運動神経抜群で、体力もあったんだけどね。だから詞弥に戻った時は急に体が重くなったよ。まだ馴染んでない。」
電車のアナウンスが駅到着を知らせた―
何人かが座席から立ち上がり扉前に移動する。俺は詞弥を連れて空いた座席まで行った。
「座ってろ。」
「優しくも出来るんだね。」
「俺を何だと思ってる・・・」
「サディスト。」
「ああ~」
「なに納得してるのよ。」
「まあ、どちらかと言うとS かもな・・・」
あ。どの駅で降りるか見ていなかった。
例によって、ズボンのポケットに手を突っ込み、例によって定期券の表面を見る。と同時に扉上の停車駅の図も確認した。
どうやら目的地は終点らしい。
それが分かったので、詞弥の前に戻った。
電車が停車するたびに、車内の南造形割合が上がっていく。
終点の一個手前まで来ると、ほとんどの人が下車して、車内の四割は南造形高校の生徒になった。
詞弥の隣が空いたので、俺もようやく座った。まあどのみちすぐに到着するのだが・・・
終点を告げるメロディが鳴る。ここに来て座ったことが失敗だったと気付いた。なぜなら今、最高に立ちたくない気分になっている。
詞弥はと言うと・・・夢の中だ。俺が夢と言うと少し複雑に聞こえるので付け加えるが、ノーマルな方の夢だ。
そうこう考えているうちにいよいよ扉が開いたので、俺は詞弥の寝顔をもう少し堪能したかったという雑念を捨て、詞弥の肩を揺すった。
慣性の法則的な理由で、セミロングな髪が左右に揺れる。ってか、起きろよ。
「詞弥、着いたぞ。」
起きないので、最終手段。俺は詞弥の鼻を指で摘まんだ。
「・・・ん、ん、はあっ」
「さっさと起きろ。」
「敦也・・・君?」
「終点だ。」
「・・・えっ!?」
詞弥は飛び起きた。
「もしかして・・・私が起きなかったから乗り過ごした?」
そう言う詞弥は、少し慌て気味だった。
「いや、ここが目的地だ。」
「あっ。そうなんだ・・・」
「良かった。」と詞弥は胸を撫で下ろした。
「あ、今私の胸見てたでしょ。」
またこのくだりか・・・
「小さくて可愛い胸だな。」
「な、何が小さくて可愛いよ!てか、やっぱり見てたんじゃない。この変態!サディスト!・・・」
そういうところが余計に可愛いかった。
「最低っ!」
「イタッ!」
足を本気で踏まれた・・・
『間もなく、二番線から電車が発車いたします。』
「あ、早く出ないと・・・」
俺はそのアナウンスに助けられた。車掌さんありがとう。
「今度じっくり話し合いましょ。」
「・・・」
「返事は?」
「あ、はい・・・」
結局後に回っただけだった・・・
「さあ、道案内しなさい。」
なんか扱いが変わった。まあ、そうなるか・・・タブーに触れたんだしな。
これが最後の乗り換え。
ツンツンしている詞弥の手を引きながら・・・いや、この状況下で手を繋ぐだなんて発想は俺には無かった。だから最初は普通に詞弥の前に立って誘導していただけだったし、そのまま行くつもりだったのに、詞弥が俺の手を掴んできた。なんだってんだ・・・
まあ、そういうことで、俺は詞弥と手を繋ぎながら、やたら長いエスカレーターに乗って、一分掛けて上のホームに移動し、そこに止まっていた発車待ちの電車に乗り込んだ。
降りるタイミングは周囲の同じ制服を着た奴らの動きを見れば分かる。もう、乗客のほとんどがそうだった。
結局二駅でそこにたどり着いた。掛かった時間、約四分。この間、詞弥との会話はゼロ。
扉が開き、南造形の生徒達が、中から押し出されるように一斉に下車。ホーム内に人だかりが出来る。
一つしかない階段を二列になって順に降りていく。俺はそこで詞弥と隣合わせで降りていく・・・改札が見えてきた。
「ほら、改札だぞ。手を離せ。」
「・・・」
詞弥は少し考えて、渋々といった感じで手を離した。別々の改札から外に出る。少し行ったところで詞弥が歩みを止めた。
「どうした?」
詞弥は俺の足元辺りを見て言った。
「敦也君、今私のこと嫌い?」
「なんで?」
「だってさっき、足踏んだり暴言吐いたり、命令口調になったり・・・」
結構気にしてたんだな。
「あれぐらいで嫌いになるかよ。てかそもそも、悪いのは俺だったわけだし・・・」
「でも・・・」
「話し合い、するんだろ?」
「・・・うん」
あ、やっぱりそれはするんだ。
「だったらそれまで、お互いネタは取っておかないか。」
俺は詞弥に手を差し伸べた。
少し間を置いた詞弥は、
「・・・じゃあ、そうする。」
言いながら俺の手を通り越して腕にへばり付いた。
「あっ、詞弥!?」
「良いでしょ。今は一時休戦中なんだから。」
「いや、そうじゃなくて。」
俺は周りを見渡した。ギャラリーの視線が痛い。
時と場所ぐらい考えろ。お前が学校の風紀を乱してどうする。
「仮にもお前は生徒会長なんだろ。」
「確かにそうだけど、生徒会長だからって、彼氏といちゃついたら駄目っていうのは少しおかしいでしょ。」
「俺が記憶を無くす前からこうだったなら仕方ないが・・・」
「あっ・・・」
その時の詞弥の顔は、何かをやらかしてしまった時の表情そのものだった。
「普段道理じゃないことやってどうするんだ。」
詞弥はさっと俺から離れ・・・離れすぎだろ。
「この距離はこの距離で変だろ。」
詞弥はちょこちょこと俺の方へ寄って来た。顔は地面の方を向いている。
「あ、敦也君?」
詞弥はこっちに振り向いた。
「これが一番自然だ。」
手を繋いだ俺達は、学校へと続く一本道をただひたすら歩いた。
周囲から集まる視線が少し弱まった気がする。何にでも言えることだが、度が過ぎると誰かから嫌われる。程よさが大事・・・そう思った。
俺は枕元のスマホを取った。液晶には『11月25日 金 6:00』と映し出されている。
ブブー・・・
突如、バイブレーションと共にスマホの表示が変わった。
『詞弥 拒否 応答』
俺は目をしょぼしょぼさせながら応答ボタンに触れた。
「もしもし・・・」
『あ、もしもし敦也君。』
「何の御用で?」
『いや、ちゃんと起きてるかなって。起きてるみたいで何よりだよ・・・』
それだけを聞く為に?
『そうそう、昨日良い忘れてたんだけどね、荒川家は敦也君が起こしに行かないと誰も起きないんだよ。』
「え?」
『だから、敦也君が声をかけないと皆んな遅刻だよ。』
「あ、なるほど・・・」
スマホの上部には『6:05』という表示。
「なあ、皆んながいつ家を出るとか知ってるか?」
『う~ん・・・多分いちばん早いのは敦也君だと思うよ。七時丁度だから。』
「え、マジか。全然準備してねえ、てか、何持って行けばいいんだ?」
『もー仕方ないな・・・玄関の鍵開けといて、今からそっちに行くから。』
「ああ、頼む。」
プー・・・プー・・・
電話が切れた。
俺が寝坊したら家族全員が遅刻か・・・ちと頼りすぎなんじゃないだろうか。
ピーンポーン・・・
あ、鍵開けないと、って、いくらなんでも早すぎるだろ。
俺は部屋から出て、階段に向う最中、弟、涼也の部屋に向かってモーニングコールを行い、階段を降りるなり母に向かって『六時七分っ!』と叫び、玄関の扉を開けた。
「よう。」
そこにはやはり詞弥の姿。もう既に制服姿だった。
「遅い、鍵開けといてって言ったじゃない。」
「間に合うか!お前、家の前で電話掛けてただろ。」
「どうせ困ってるんだろうなと思ってね。」
まあ、困ってたけどさ。
「さあ、中入ろう」
「あ、ああ。」
俺は詞弥を自分の部屋へと案内した。
「実は私、荒川家にはよく来てるんだけど、敦也君の部屋に入るのは初めてなんだよね。」
幼馴染であり恋人でもあるのにか・・・いや待て。
俺は昨日部屋に入った時の事を思い出した。当然だな、いくらなんでもあの紙まみれの部屋に彼女を連れ込もうとは思わない・・・
「あっ。」
「どうかした?」
詞弥が小首をかしげる。
「いや、なんでもない・・・」
大丈夫だ、昨日ある程度片付けたから。人を呼べるくらいにはなってるはずだ。
「お、詞弥やん。」
階段を上がる手前、寝起きの母が顔を出した。今更突っ込みたくもないが、もこもこ&耳付きポンチョでの登場だった。
「あ、お母さん。」
お母さん?そこのサバ読み四十二歳は俺のお母さんだぞ。
「まだ結婚してないやろっ。」
「いづれするんだから良いじゃないですか~。」
なに勝手に進めてるんだ。俺の意志は?というか、このお付き合いって結婚前提のお付き合いなの?
「少しお邪魔しますね。」
そう言って詞弥はズケズケと階段を上り始める。俺はその後に続いた。
「うん、楽しんで~」
母がニヤニヤがらそう言った。
何を楽しむんだ、こんな朝っぱらから。いや、別に何も期待なんてしていないぞ。
「ねえ敦也君。」
詞弥がこっちを向いて言った。
「なんだ?」
「まだ言い忘れてることあったの。」
「うん?」
詞弥は少しうつむき気味に、しかし目は上向きに言った。
「あ、あの・・・私達って、まだそういうことは、してないの・・・」
ゴトンッ・・・
「敦也君だいじょうぶ!?」
「大丈夫だ・・・」
けど、ものすごく痛い。階段で足を踏み外した俺は、段差の角でスネを強打した。これ、絶対アザになるやつだ。
それにしてもいきなりのカミングアウトびっくりした。まさかこのタイミングで、いやまあ、さっきの母の発言のせいだろうけど、詞弥からそんな発言が出るとは・・・
「歩ける?」
「ああ、問題無い。」
「なんか急にごめんね。でも結構大事なことでしょ。」
「まあ・・・そうだな。」
そう言って立ち上がろうとして顔を上げたその刹那、俺の目はある一点を捉えた。
「パンツ見えてるぞ。」
「へっ?!」
すると、詞弥は慌てたように、
「ち、違うからねっ、そういうフリじゃなくて、偶然だから!」
わかってるさ。
「若いって良いわね。」
「違うって母さん。」
「敦也君。」
「ん?」
「前行ってもらってもいいかな?」
「あ、ああ。」
そうして幅の狭い階段で、無理やり前後を・・・
「痛い痛い痛いっ、ちょっと敦也君・・・」
「わ、わりい。」
入れ替わった。
「朝から盛んやな、あんたら。」
「だから違うって。」
きっと母親があの容姿にも関わらず未だにシングルなのは頭の中が親父だからだと思った。
全く、階段を上がるのにも一苦労だ。
「あの奥の扉が俺の部屋らしい。」
俺が扉の方を指差し・・・
「イッタ!」
人差し指の真横にあった扉から飛び出してきた弟、涼也の体にその指が持って行かれた。かろうじて腕が付いていったから痛いだけで済んだが、もし腕が固定されていたら人差し指は横向きにポキっといっていただろう。
「兄ちゃん大丈夫か・・・」
「大丈夫・・・多分。」
いや嘘だ。もうそろそろ厳しい。指どうこう以前に朝早くから災難続きだ。
「あ、姉ちゃん。」
「おはよう涼也。」
そうか、幼馴染だもんな。弟とも面識あるか・・・っていうか勝手に進めるな。詞弥の家行ってもこんな感じなのだろうか・・・
「そろそろ時間やばいんじゃねえか。」
俺は詞弥の手を引っ張った。
「あ、ちょっと・・・」
すれ違いざまに涼也が囁いた。
「昨日のセリフ、そのまんま返すわ。」
だが、残念だったな、涼也。俺はまだ童貞だ。全くもって誇らしくないが・・・
俺は自室の扉を開いた。うん、よし、大丈夫だ。思っていた通り客は通せる部屋だ。
「へー、意外と普通だね。」
「普通で悪かったな。」
「じゃあ今までどうして入れてくれなかったの、って、今の敦也君に聞いても意味ないか・・・」
一応分かる。昨日の光景がそのまま答えだ。
俺はさり気なくスマホを確認する。『6:20』
「やばい、もう六時二十分だ・・・って、何してんだ?」
ベッドの下を確認しているから聞くまでもないが。
「へっ?なんでもないよー」
バレバレだぞ。
大体、そういう本を持っていたとして、そんなテンプレートな場所に隠すやつはもう現代にはいないだろう。
「あっ・・・」
詞弥が手から何か落とした。雑誌みたいなやつ・・・
「まあ、敦也君も男の子だから、し、仕方ないよね・・・」
「いや、俺は知らない!それをそこに隠したのは六年前の俺だ。今の俺は関係ない!」
テンプレートをやってのけたバカは俺自身だった。でも、今の俺なら絶対にやらないから。
「・・・」
「・・・」
気まずい。六年前の俺め、とんでもないトラップを仕掛けやがったな。記憶が戻ったら真っ先に自分を殴りたい。
「あ、あの、私は・・・」
「も、もう六時半だぞ。」
とりあえず話を逸らす。
「え、やばいじゃない。」
詞弥もそれに乗ってくれたみたいで何よりだ。
「何が出来てないんだっけ、あ、時間割?」
詞弥は軽くしゃがみ込み、前を見ながら後ろのベッド下に雑誌を戻した。やっぱそこに戻すのか。あとで移動させておこう。
「そうだけど、分かるのか?」
時間割はクラスによって違うはずだ。
「これも言い忘れてたけど、私達クラス一緒なんだよ。」
「えっ、そうなのか?」
カップルでクラスが一緒なのか。いや、クラスが同じだから付き合っているのか。でも幼馴染という点で前者だろう。
「教科書類どこ?」
「・・・多分そこだ。」
俺は勉強机の方を指差した。
「あ、これね・・・あ、これって・・・」
詞弥は教科書の隣に置いてあった大量のコピー用紙の山から一つを抜き取って見ていた。
「あ、それか。すごいよな、こっちの俺。」
「ほんとにね・・・」
詞弥はそう言うと、絵を山の上に戻し、今度は教科書の抜粋を初めた。
「これでよし。」
「ありがとう。こんなに少なくて良いのか?」
見る限り三教科分くらいしかない。
「うん、いいの。今日はあと体育と平面造形の授業があるから。」
「平面造形の授業?」
「あー、うん。私達ってね、普通科じゃなくて、美術科なの。」
やっぱりそうだったか。
「じゃあ、これで準備完了か?」
「体操服ってどこにあるんだろう。」
そうだ、体育があるんだった。
「干してるのかも・・・」
俺はベランダに干された衣服を窓越しに見つけてそう思った。
窓を開けて出てみると、案の定体操服は干されてあった。冷気をまとっているせいで、濡れているような感じがする。とりあえず半袖、短パン、ジャージ上下を取り込み、窓を閉めた。
十一月の朝は、心臓が締め付けられるような寒さで、今から家を出ることを考えると憂鬱になるばかりだ。
俺は持っていた体操服計四枚を体操服袋に詰め込んで、それをリュックサックの隣に並べた。
あとは制服に着替えるだけだから・・・
「詞弥、着替えるから一旦出といてくれ。」
見られるのが恥ずかしいとかは全く無いのだが、全く気にせずに異性の横で服を脱ぐのは、デリカシーに欠けるような気がしたのでそう言った。
「あ、うん。そうだね。」
詞弥そう言ってドアの外に出ていった。
俺は勉強机の前にある回転する椅子の背もたれに掛かった制服一式を手に取ると、ネクタイ以外を一分以内に装着した。
「詞弥、もう良いぞ。」
「はやっ!?」
そうコメントしてから部屋に入ってきた。
たかが制服に着替えるだけだぞ。そんな時間は掛からないだろ。女子の着替え事情は知らないが・・・
「じゃあ、行こっか。」
「ああ。」
俺はネクタイを閉めながらそう言った。
「ネクタイ締めたげようか?」
「これくらいは出来る。」
「ちぇ~」
残念がる詞弥を放って、俺はネクタイを閉め終えた。
「よし、行こう。」
俺はリュックサックを背負って言った。
「体操服。」
詞弥のそれではっとなった。慌てて体操服袋を手に取る。
「よし、行こう・・・」
「うん。」
階段を降りた俺達は、一階の玄関に現れた母と遭遇し、俺は母から温かいパンと、昼飯代にと五百円玉を渡された。
それらをありがたく受け取った俺は、そこから靴を履き、扉を押した。
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。詞弥も。」
「はい、行ってきます。」
ドアが音を立てて閉まった・・・
「さっむ。」
外に出て最初のセリフがそれだった。
流石は十一月だな。体感的には俺がこの寒さを味わうのは六年ぶりになる。あっちは年中暖かった。
それとは関係無いが、俺は隣で歩く彼女に質問した。
「なあ、そういえばカバンは?」
家に入ってきた時から持っていなくて気になっていた。
「あ、そうそう。私自分の家の玄関に置いてきてるの。ちょっと取ってくるね。」
「ああ、気を付けて。」
「隣の家だよ、何に気をつけるのよ。」
「確かに・・・」
俺は走る詞弥の後ろ姿を眺めながら、さっきのパンをかじった。
となり・・・か。詞弥とはいつから一緒なんだろう。やっぱり思い出せない。いつか全てを思い出す時が来るのだろうか。王都で記憶を失くした時は、思い出すのに二年は掛かった。でもその時は十五年ぶりの王都だったし、何より幼い記憶だったから、二年と言うのはむしろ早かった方だろう。そう考えると六年ぶりで、思い出すべき記憶が十五歳の記憶である今回は、もっと早く思い出せそうでもあるのだが・・・
「おまたせ。」
「じゃあ、行くか。」
今はまだ、制服の彼女が背負っているリュックサックが猫耳付きだということに違和感を感じてしまう。本当ならそれが当たり前だと思えるはずなのだが・・・
「ねえ敦也君。」
さり気なく俺の右手を握ってきた。
「あ、おいっ・・・」
「私達恋人で、今から学校に行くんだよ。」
「どっちも知ってる。」
「ほんとに分かってる?」
「ああ、この世界では俺はお前の恋人で、恋人らしくしないと周囲の人間から怪しまれて、最悪の場合記憶喪失がバレるってことだろ。」
詞弥の握力が強くなる。
「イテテテッ、おい、グリグリするな!」
「だからそうじゃなくて・・・」
「冗談だ、冗談。」
「ほんとに?」
「ほんとだ。ちょっとからかいたくなっただけだ。」
詞弥の力が緩む。俺は詞弥と手をつなぎ直した。
「これで良いだろ。」
「うん。」
この世界にはいつまで居るのか分からない。だけど、この世界に居る間はこの世界を必死に生きようと決意した。だから詞弥とも真剣に向き合うつもりだ。さっきのも、心配する詞弥が可愛くて、つい意地悪をしたくなっただけだ。男なら誰しも抱く感情だろう?
昨日通った道を今日は逆向きに進んで行く。ちなみにだが、今俺はどこを目指して歩いているのかを分かっていない。とりあえず昨日の駅まで行くまでは分かっているのだが、最終的な目的地であるはずの学校名すら俺は知らない、正確に言うと覚えていないのだ。
そもそも学校に着いたとして、周りの人間、いわゆるクラスメイトと自然に関われるのだろうか。この世界で言う昨日まで(正確には昨日の午後四時以前)の俺は、誰とどのような会話をしていたのか。昨日家族に会う前にもこのようなことを考えていて、結局その時は詞弥から色々な情報を提供してもらった。しかし、やっぱり今回も頼れるのは詞弥だけだった。詞弥には世話になってばかりだが、記憶が戻るまでは致し方ないか・・・
「なあ、詞弥。昨日から色々と悪いんだけどさあ・・・」
「また何か聞きたいことでもあった?」
「はい、そうです。」
「言ってみたまえ。」
「俺達が今から行く美術校って、ここからどのくらいなんだ?」
「えっとねえ、細かくは私も覚えてないけど、大体一時間ちょっとだった気がする。」
それでこんな時間に家を出るわけか。
ダメ元でこの質問もしておこう。
「詞弥は、学校での俺の人間関係とか分かってたりする?」
詞弥は少し考える素振りをして、しかし答えが見つからなかったのか肩を落とした。
「さすがにそんなことまでは覚えてないよな。」
「うん、ごめん。」
「謝ることじゃないだろ、俺の問題なんだし・・・」
よく忘れてしまうが、この詞弥も俺と同じく世界を移動していた人間で、昨日の記憶は、六年前の記憶なわけだから、別に忘れていたっておかしくはないのだ。
そもそも記憶の有無以前に、詞弥が俺の人間関係を全て把握しているわけがない。詞弥は詞弥であって俺や俺の一部では無い。恋人というところでいうと、ある意味俺の一部なのかもしれないが・・・
とにかく、人は一般常識的に、自分に関係しない人間関係を知ろうとはしないものだ。芸能人の恋愛報道などに興味を持つのも、周りと話題を合わせる為だと言えば、けして自分と無関係ではない。つまり、他者同士の人間関係であったとしても、それが自分に影響を及ぼすとわかっていれば、関係のあるものとして知ろうとする。
今回の場合は、詞弥にとっては関係の無い、完璧俺個人の人間関係なので、こればかりは自分でなんとかするしかなさそうだ。
「私ね、はっきり覚えてるのは私自身と私の家族と敦也君とその家族のことだけなんだよね。他は結構あやふやなの。時間割だって、机の上に時間割表があったから分かっただけだし・・・」
俺の考えがそのままそっくり詞弥の口から放たれた。
しかし、そうなると問題がまた一つ浮上する。
「学校の行き方は?」
「それね。丁度今考えてたんだけど・・・」
疑問だったものが確信へと変貌する決定的瞬間であった。
「駅までは行けるんだけど、電車が・・・」
「分からないのか・・・」
「うん・・・それが、困ったことに学校名も思い出せないの。」
詞弥は俺と繋いでいない方の手で、もう片方の腕を掴み、うつむき気味に申し訳無さそうな顔をしていた。
まあ、予想通りの答えだった。道に関しては昨日もそうだったので最初から覚悟はしていたし、その対処法も詞弥が話しているうちに思いついていた。
「ちょっと待ってろ・・・」
「え、それは覚えてるの?私は忘れたくせに・・・」
「安心しろ。どっちも覚えてない。」
「何も解決してないよそれ・・・」
俺は詞弥と繋いでいる方とは逆の手で、ズボンのポケットから小さなコインケースのようなものを取り出した。片面がナイロンで、そこからICタイプの定期券が顔を出している。
「頭いいね。さすが三連続学年トップ。」
詞弥は大したことでもないのにそう言う。こっちの俺ってことあるごとにこのセリフを浴びせられてそうだな・・・
ちなみに定期券には最初の乗車駅と最後の下車駅、何線経由かまで記されている。スマホで名前も分からない学校へのルートを調べるより数倍楽で早いことだろう。
「とりあえず、行き方は分かったし、一安心だね。」
詞弥は胸に手を当てて言った。その手を見ていたせいだろう・・・
「今敦也君、私の胸見て小さいって思ったでしょ。胸の代わりに身長が伸びたとか思ったでしょ・・・」
昨日もこんなセリフを聞いた気がした。その時はもっと荒々しい言い方だった気がする。確か、詞弥の二つ目の人格で、あっちの世界での詞弥。名前は、シヴァだったか・・・
「いや、俺が見ていたのは手だ。」
「嘘だ。」
本当なのだが、信じてくれそうもなかったので諦めることにする。
「見ていたかも知れないが、そんなことは思っていない。」
「嘘だ。」
「いや、嘘じゃねえよ・・・」
そこはさすがに折れないぞ。
「ほんとに?」
「ほんとに。」
「でも、見ていたかも知れないんでしょ?」
「かも知れない。」
「じゃあ何考えたの?貧乳サイコー?」
自虐してるじゃねえか・・・
「何も考えなかった。」
「それはそれで・・・」
面倒くせえな・・・
「女の子は面倒くさいのよ。」
勝手に人の心を読むな。
「やっぱりそう思ったんだ。」
俺の顔に動揺が見えたのか、確証を持たれた。
「まだ、体が小さくて胸も小さいなら良いんだよ、可愛いから。」
可愛いの意味合いが少し違う気もするぞそれ。
「でも、私って、でかいくせに小さいでしょ?」
同意を求めるように言ってきたので一応軽く頷いた。
「ムッ・・・」
詞弥は頬を膨らませる。
お前がそんな聞き方するからだろ。今のを否定して逆にどうするんだよ、慰めになるどころか、哀れみに聞こえるかもしれないだろ。
「まあ、この世界の俺は、そんな詞弥を好きになったわけなんだし・・・」
とりあえず、俺から言える最善の言葉がこれだった。
「今は?」
至近距離に迫ってきた詞弥が首をかしげる。さっきのでいい感じに締める算段だったののだが、そこを突き詰めてくるか・・・
「い、一ヶ月あれば好きになる。」
「何よそれ。」
「記憶喪失者だからな。今の俺。」
「都合の良い言い訳だよね、それ。」
「記憶が戻るまでは使わせてもらう。」
逆にそれしか武器がない。
「記憶、戻りそう?」
「そうだな・・・」
詞弥のことを懐かしいと感じたり、手を繋いだ時、急に名前で呼びたくなったり、感覚的なところでは結構色々思い出している気がする。一日目でそれだから、今回は結構早く思い出しそうだ。
「詞弥、俺が記憶を失くすのは今回が初めてじゃないんだ。」
「え?」
「いや、それは詞弥も同じなのかもな。」
「どういうこと?」
「最初の記憶喪失は六年前の王都で起こった。多分同じ頃に詞弥も記憶喪失になっていたと思う。」
「私が記憶喪失・・・」
「詞弥が夢だと信じて過ごした世界でだ。」
「あっ。」
何か思い出したように拳をぽんと叩いた。
「思い出した。気付いたら自分の周りがまるっきり変わっていて、それを当たり前に感じられない私は、記憶喪失者扱いを受けていた・・・そういえばそんなことあったな。」
詞弥はそれを夢だと思って生きてきたから、今の俺のように片方の世界での記憶があまりないんだと思う。
「だから、俺が記憶喪失になるのはこれが二度目。それに、前のブランクが十五年だったのに対して、今回は六年、きっとすぐに思い出せると思う。」
「早くしてよね。」
「ああ、頑張るよ。」
少し立ち話が長くなったか。三回連続学年トップらしい俺が、遅刻でもしたら、それこそ怪しまれそうだし・・・
「行こうか。」
「うん、そうだね。」
それから俺達は、最初のチェックポイントとなる最寄り駅にたどり着くべく、慣れない道を、昨日の記憶だけを頼りに進むのであった。
歩きながら、詞弥と会話をしながら、俺はその間、あることについてずっと考えていた。
こっちに来てから今までずっと思っていたことなのだが、この世界とあちらの世界で設定(この際わかりやすくそう呼んでおく)が被ることが多々ある。電車という交通機関がその例だ。
結局何なのかと言うと、それを考えていると、やっぱりどちらかの世界が夢で、もう一方、つまり現実と呼ばれる世界での情報が脳裏に焼き付き、夢にその要素が反映されているという考えにいたってしまうということだ。考えたところで、どちらが現実かなんて、俺には、少なとも今の俺には見当がつかない。
色々と考えたが、結局のところ、何も答えが出ないので、今は頭の片隅に寄せておくことにした。いづれ嫌でも向き合う日が来るだろう。だからそれまではこの世界の記憶を取り戻すことに全力を尽くすことにした。
昨日と同じ駅に着いた。
昨日は三十分掛かった道のりは、しっかりルートを把握すれば十五分弱の道のりだった。
移動中も、俺たちの間で話は絶えなかった。基本的に、俺が質問をして、それに詞弥が答えると言う形で、ついさっきまでは関西弁についてのトークをしていた。
本来この地域は関西弁を話す人が大半で、俺の母や弟、詞弥の家族も皆んな関西弁なのだが、俺や詞弥自身は、標準語で話している。詞弥いわく、生まれたときからそうだったらしい。詞弥は謎だったらしいが、俺からすればむしろ当たり前のことだった。
なにせ俺はこの世界で生まれる以前に標準語の世界で十二年生きていたんだ。
詞弥が言うには、俺は物心付いてすぐに小学六年生の問題を普通に解いていた。言ってみれば、王都で気を失って目が覚めた時には、見た目二歳の頭脳十二歳になっていたわけだ。その頃から標準語をペラペラと話していたものだから、両親もそれはもう驚いていたそうだ。
詞弥にしてもそうだろう。本人は忘れているが、詞弥も十二年分の能力を持って、この世界に生まれている。標準語で話すのも癖みたいなものだろう。
「何してるの、敦也君。電車来ちゃうよ。」
「あ、すまない。」
改札の前で、考えにふけっていた俺を、先に改札を通っていた詞弥が呼んだ。
俺はポケットからさっきのコインケースを取り出した。IC タグにそれをかざす。すっと通れたことに何故かホッとする。
『間もなく、一番線に、電車が参ります・・・』
丁度いいタイミングでアナウンスが流れる。
こっちのホームは女性アナウンスか、とかどうでもいいことを考えながら、前の車両を目指す詞弥のあとに続く。
歩く俺達の横を電車が追い越す。最前列には乗れそうもないと諦めたのか、花からそこを目指していたのかは知らないが、詞弥は一つ手前の車両で止まり、それと同時に扉が開く。開いている席は既になくなっていた。座席前の吊革を掴みに行く。
「乗り換えの駅、八つ目だって。」
「結構あるな。」
電車の中でベラベラと喋るのは、お互い嫌だったらしく、会話は一旦打ち切られた。詞弥がイヤホンを装着するのを見て、俺はスマホにイヤホンのプラグを差し込んだ。
こっちの俺はどんな曲を聞いているのだろう。王都の学校に通っていた時も、俺は電車の中で音楽を聴いていた。ちなみに今は、ハードロックにハマっている。
ミュージックアプリを起動。画面にはアーティスト名が表示されている。やっぱり王都のアーティストは一人もいないな。プレイリストを確認する。二つくらいあったので上の方を選ぶ。見た感じ『OverFrow』『just limit』の二バンドで構成されている。多分この二つが特に気にいっていたんだろう。
俺はそのプレイリストをシャッフル再生した。一曲目はOverFrowの曲だった。EDM感漂う前奏で始まった・・・かと思うと急にロックな感じに変化する。男性ボーカルの声も癖になる声だ。キーボードがいい感じに中毒性をつくっている。良い物聴いてるじゃないか・・・
俺はスマホのホームボタンを押し、検索画面へ移動した。
なんとなく興味が出てきたので検索ワードに【OverFrow】と打ち込んだ。検索。
一番上にバンドの紹介文とジャケット写真が出てきた。
《OverFrowは、日本の四人組バンドユニットである。キーボーディストの寿 天音以外は南造形高校出身。・・・》
造形学校?
今度は検索ワードに【南造形高校】と打ち込んで検索した。
住所や写真などが出てきた。この地名、どこかで見たような・・・
そうだ、定期券・・・
俺はポケットから例のケースを取り出し、定期券の表面を見た。下車駅の名前が、webページに表示された最寄り駅の名前と一致している。
このバンドのメンバー、多分俺達の先輩だ・・・
その後、もう一つのバンドjust limitがOverFrowと深く関わっていることを調べていくにつれて分かり、その歴史を色々見ていると、あっという間に乗り換えの時がやって来た。
次のホームに移動中―
「なあ、詞弥。」
「なに?」
「OverFrowって知ってるか?」
「私はジャスリミ派だな。」
「やっぱ知ってるのか。」
ジャスリミとはjust limitの略称か。
「というか、教えてくれたの敦也君でしょ。」
なんかそうだったような気がする。
「あっ!思い出した。私達の通う学校はその人達が通ってた学校と同じで・・・そう、南造形高校よ!」
なんか、詞弥がそう言うより先にネットで知ってしまっていたので少し申し訳ない気持ちになった。
「お、そうかっ!なんか思い出したかもしれない・・・」
知らなかった風の下手な芝居を打った。
だが今、本当に少しだけど思い出したような気がした。
「スッキリしたところで、ちょっと小腹が空いたからコンビニよっていい?」
と、詞弥。
地下の駅なので、結構そこら中にコンビニが見える。俺も喉が乾いた。
「そこ、よろうか。」
「うんっ。」
一番近いコンビニに入り、俺は迷うことなくコーラを購入。ちびちびしたお菓子をあーやこーや言いながら選ぶ詞弥をレジの横から眺めていた。
「放っていくぞ。」
「あ、ちょっとまってよ。」
詞弥は右手と左手にそれぞれ持ったお菓子を二、三回見比べてから、「よし。」と言って右手のお菓子を棚に戻してレジへ。
結局一つだけかよ・・・
「ごめ~ん、待った?」
「それはもう。」
「敦也君のいじわる・・・」
「前の俺はどうだった?」
「いじわるだった。」
やっぱり本質的なところは時がたっても変わらないものなんだな・・・
「さあ、行こ。」
「ああ。」
次のチェックポイントは・・・
定期券で確認。
「よし分かった。こっちだ。」
「ちょっと、敦也君。こんなに人がいるんだから迷子にならないように手を・・・」
はいはい、分かりましたよ・・・
所変わって駅のホームその二、いや三か。
ここまで来ると同じ高校の制服を着込んだやつがちらほらいる。いきなり知り合いに会って会話になるのは避けたいところだが・・・
「おーい」
言ったそばからこっちに向かって手を振っているやつがいた。しかし、それが俺に向けられたものではないことはすぐに分かった。
俺の左腕にへばりついていた、詞弥がスルッと外れたのだ。
「加奈、久しぶり・・・」
おい、それはまずいだろ。
「一日ぶりー」
良かった。勝手にそういうノリだと勘違いしてくれたみたいだ。
「今日も彼氏と登校?」
ポニーテールを揺らつかせながら駆け寄ってきた少女は,いきなりそんなことを聞いていた。
「ちょっと聞いて。敦也君ってばさっきコンビニで・・・」
そういう話は彼氏の俺がいないところでやってくれ。てか、まだその話引きずってるのか。
詞弥がわあわあ言っているのを一通り聞いて。加奈と呼ばれるその少女は、
「あんた、ほんま荒川のこと好きやなあ。」
この一言で詞弥の話をまとめた。
「あ、電車来たわ。ほんじゃあウチは行くから、あとは二人で楽しんで~」
少女はダッシュで一番前の車両まで走って行った。
「ああ~加奈~」
変な空気だけつくって逃げやがった。
「なあ詞弥。」
「からかいたいんでしょ。」
「いや、そうじゃなくて。電車行っちまうぞ。」
発車メロディーがなる。
「ああっ!」
「走れ!」
俺は詞弥の腕を掴んだ。
「わっ」
一番近い最後方の車両へ走る。最後方だったので、車掌さんが待ってくれた。入ってすぐ、扉が閉まる。後ろの窓に見える車掌さんに、軽くお辞儀をした。
「なんとか間に合ったな。」
「はあ・・・う・・・うん。」
「だいじょうぶか?」
「だ・・・あ、だいじょうぶ・・・」
じゃなさそうだな。
「詞弥って体力ないんだな。」
「はあ・・・はあ・・・んん・・・よし、オッケー。シヴァの時は運動神経抜群で、体力もあったんだけどね。だから詞弥に戻った時は急に体が重くなったよ。まだ馴染んでない。」
電車のアナウンスが駅到着を知らせた―
何人かが座席から立ち上がり扉前に移動する。俺は詞弥を連れて空いた座席まで行った。
「座ってろ。」
「優しくも出来るんだね。」
「俺を何だと思ってる・・・」
「サディスト。」
「ああ~」
「なに納得してるのよ。」
「まあ、どちらかと言うとS かもな・・・」
あ。どの駅で降りるか見ていなかった。
例によって、ズボンのポケットに手を突っ込み、例によって定期券の表面を見る。と同時に扉上の停車駅の図も確認した。
どうやら目的地は終点らしい。
それが分かったので、詞弥の前に戻った。
電車が停車するたびに、車内の南造形割合が上がっていく。
終点の一個手前まで来ると、ほとんどの人が下車して、車内の四割は南造形高校の生徒になった。
詞弥の隣が空いたので、俺もようやく座った。まあどのみちすぐに到着するのだが・・・
終点を告げるメロディが鳴る。ここに来て座ったことが失敗だったと気付いた。なぜなら今、最高に立ちたくない気分になっている。
詞弥はと言うと・・・夢の中だ。俺が夢と言うと少し複雑に聞こえるので付け加えるが、ノーマルな方の夢だ。
そうこう考えているうちにいよいよ扉が開いたので、俺は詞弥の寝顔をもう少し堪能したかったという雑念を捨て、詞弥の肩を揺すった。
慣性の法則的な理由で、セミロングな髪が左右に揺れる。ってか、起きろよ。
「詞弥、着いたぞ。」
起きないので、最終手段。俺は詞弥の鼻を指で摘まんだ。
「・・・ん、ん、はあっ」
「さっさと起きろ。」
「敦也・・・君?」
「終点だ。」
「・・・えっ!?」
詞弥は飛び起きた。
「もしかして・・・私が起きなかったから乗り過ごした?」
そう言う詞弥は、少し慌て気味だった。
「いや、ここが目的地だ。」
「あっ。そうなんだ・・・」
「良かった。」と詞弥は胸を撫で下ろした。
「あ、今私の胸見てたでしょ。」
またこのくだりか・・・
「小さくて可愛い胸だな。」
「な、何が小さくて可愛いよ!てか、やっぱり見てたんじゃない。この変態!サディスト!・・・」
そういうところが余計に可愛いかった。
「最低っ!」
「イタッ!」
足を本気で踏まれた・・・
『間もなく、二番線から電車が発車いたします。』
「あ、早く出ないと・・・」
俺はそのアナウンスに助けられた。車掌さんありがとう。
「今度じっくり話し合いましょ。」
「・・・」
「返事は?」
「あ、はい・・・」
結局後に回っただけだった・・・
「さあ、道案内しなさい。」
なんか扱いが変わった。まあ、そうなるか・・・タブーに触れたんだしな。
これが最後の乗り換え。
ツンツンしている詞弥の手を引きながら・・・いや、この状況下で手を繋ぐだなんて発想は俺には無かった。だから最初は普通に詞弥の前に立って誘導していただけだったし、そのまま行くつもりだったのに、詞弥が俺の手を掴んできた。なんだってんだ・・・
まあ、そういうことで、俺は詞弥と手を繋ぎながら、やたら長いエスカレーターに乗って、一分掛けて上のホームに移動し、そこに止まっていた発車待ちの電車に乗り込んだ。
降りるタイミングは周囲の同じ制服を着た奴らの動きを見れば分かる。もう、乗客のほとんどがそうだった。
結局二駅でそこにたどり着いた。掛かった時間、約四分。この間、詞弥との会話はゼロ。
扉が開き、南造形の生徒達が、中から押し出されるように一斉に下車。ホーム内に人だかりが出来る。
一つしかない階段を二列になって順に降りていく。俺はそこで詞弥と隣合わせで降りていく・・・改札が見えてきた。
「ほら、改札だぞ。手を離せ。」
「・・・」
詞弥は少し考えて、渋々といった感じで手を離した。別々の改札から外に出る。少し行ったところで詞弥が歩みを止めた。
「どうした?」
詞弥は俺の足元辺りを見て言った。
「敦也君、今私のこと嫌い?」
「なんで?」
「だってさっき、足踏んだり暴言吐いたり、命令口調になったり・・・」
結構気にしてたんだな。
「あれぐらいで嫌いになるかよ。てかそもそも、悪いのは俺だったわけだし・・・」
「でも・・・」
「話し合い、するんだろ?」
「・・・うん」
あ、やっぱりそれはするんだ。
「だったらそれまで、お互いネタは取っておかないか。」
俺は詞弥に手を差し伸べた。
少し間を置いた詞弥は、
「・・・じゃあ、そうする。」
言いながら俺の手を通り越して腕にへばり付いた。
「あっ、詞弥!?」
「良いでしょ。今は一時休戦中なんだから。」
「いや、そうじゃなくて。」
俺は周りを見渡した。ギャラリーの視線が痛い。
時と場所ぐらい考えろ。お前が学校の風紀を乱してどうする。
「仮にもお前は生徒会長なんだろ。」
「確かにそうだけど、生徒会長だからって、彼氏といちゃついたら駄目っていうのは少しおかしいでしょ。」
「俺が記憶を無くす前からこうだったなら仕方ないが・・・」
「あっ・・・」
その時の詞弥の顔は、何かをやらかしてしまった時の表情そのものだった。
「普段道理じゃないことやってどうするんだ。」
詞弥はさっと俺から離れ・・・離れすぎだろ。
「この距離はこの距離で変だろ。」
詞弥はちょこちょこと俺の方へ寄って来た。顔は地面の方を向いている。
「あ、敦也君?」
詞弥はこっちに振り向いた。
「これが一番自然だ。」
手を繋いだ俺達は、学校へと続く一本道をただひたすら歩いた。
周囲から集まる視線が少し弱まった気がする。何にでも言えることだが、度が過ぎると誰かから嫌われる。程よさが大事・・・そう思った。
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