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物語
3話 はじめての依頼
しおりを挟む王都《エルディア》の朝は早い。
石畳に並ぶ露店。焼きたてのパンの匂い。鎧を着た冒険者たちの足音。
その喧騒の中を、俺――桐谷悠真は歩いていた。
隣には、黒髪をきっちりとまとめ、無駄のない動きで周囲を警戒しているメイド服の少女。
レイナ。
外見は完璧な人間。だがその正体は、俺のスキル【アンドロイド工廠】で召喚された戦闘用メイド型アンドロイドだ。
俺は冒険者になりたいだけだった。
それなのに、なぜか軍事力が付いてくる。
「本当にギルドに登録するんですか」
小声でレイナが言う。
声は抑えめだが、どこか呆れが混じっている。
「するよ。冒険者になるって決めたしな」
「拠点構築の準備を優先すべきでは」
「いや、まずは資金だろ。いきなり国家建設とか無理だから」
「……国家建設は既定路線では?」
「違う」
即答した。
レイナはほんのわずかに首を傾げる。その仕草が妙に人間らしい。
感情学習型。
まだ未熟だが、確実に変化している。
ギルドの建物は王都中央区にあった。
石造りの三階建て。入口には大きな剣と盾の紋章。
中に入ると、視線が集まった。
理由は分かっている。
メイド服だ。
戦闘用だが、見た目は完全に給仕用。
場違い感が凄い。
「……目立ってるな」
「戦術的には不利です」
「気にするな」
受付に向かう。
カウンターの向こうには、栗色の髪の女性がいた。
「冒険者登録ですか?」
「あ、はい」
水晶に手をかざす。
淡く光る。
「スキル……複数?」
受付嬢が眉をひそめた。
【戦術構築サポートAI】
【アンドロイド工廠】
【兵器保管庫】
【兵站生成モジュール】
【拠点構築システム】
【個体強化カスタマイズ】
並ぶ文字列。
説明はしない。絶対に。
「珍しいですね。でも問題ありません。ランクはEからのスタートになります」
当然だ。
俺は戦ったことがない。
いや、正確には――
「戦闘は私が担当します」
レイナが静かに言った。
受付嬢が瞬きをする。
「パーティー登録ですね?」
「……はい」
俺はうなずいた。
こうして、俺たちは正式に冒険者になった。
⸻
依頼掲示板の前。
木の板に紙がびっしり貼られている。
Eランクの依頼は――
・薬草採取
・スライム討伐
・荷物運搬
「普通だな」
「薬草採取が最も安全です」
「戦闘も試したい」
「……了解しました」
レイナはほんの一瞬だけ目を細めた。
それが楽しそうに見えたのは、気のせいだろうか。
俺はスライム討伐の紙を剥がした。
報酬は銀貨三枚。
生活費としては十分ではないが、まずは実績だ。
⸻
王都の外。
草原が広がる。
遠くに森。
その手前の湿地帯に、依頼対象がいるらしい。
「戦術共有を開始します」
頭の奥に情報が流れ込む。
視界の端に半透明の表示。
地形。推定出現数。最適行動ルート。
これが【戦術構築サポートAI】。
便利すぎる。
「スライム三体。左前方二十メートル」
俺には見えない。
だがレイナはすでに気配を捉えている。
次の瞬間。
彼女は地面を蹴った。
速い。
銀色の短剣が閃く。
ゼリー状の魔物が一瞬で両断された。
音もなく。
無駄もなく。
「……強すぎないか?」
「標準戦闘出力です」
「標準でこれ?」
「はい」
残り二体も数秒で処理された。
俺はほぼ何もしていない。
正直、複雑だ。
だが同時に安心もある。
死ぬ気はない。
「魔石を回収します」
レイナが丁寧に核を取り出す。
その仕草は完全にメイドだ。
戦闘直後とは思えない優雅さ。
「どうでしたか」
戻ってきた彼女が尋ねる。
「正直、俺いらないなって思った」
「それは誤りです」
即答。
「マスターの判断がなければ、私は存在できません」
「……そういう理屈か」
「はい」
少し間があって、
「それに、戦術共有がある以上、マスターは指揮官です」
視線がまっすぐ向けられる。
真面目だ。
本当に。
俺は頭をかいた。
「その呼び方やめないか」
「では?」
「悠真でいい」
一瞬の沈黙。
レイナの内部で何かが処理されているような、そんな空気。
「……悠真」
初めて、名前で呼ばれた。
胸の奥が、わずかに熱くなる。
「どうしましたか」
「いや、なんでもない」
風が吹いた。
草原が揺れる。
俺はふと思う。
この力。
この性能。
もし本気で増やしたら――
拠点構築。
兵站生成。
個体強化。
国家規模の何かが、理論上は可能だ。
「考えていますね」
「顔に出てた?」
「はい」
「俺は冒険者になるんだ。国家とかはまだ考えない」
「“まだ”ですね」
「……言葉の綾だ」
レイナはわずかに微笑んだ。
ほんの少しだけ。
学習している。
確実に。
⸻
ギルドへ戻る。
討伐証明を提出。
「初依頼達成ですね。おめでとうございます」
銀貨が手渡される。
重みが心地いい。
自分で稼いだ金だ。
いや、ほぼレイナが稼いだ。
だがパーティーだ。
俺は深く息を吸う。
異世界に来てから、初めての“前進”。
そのとき――
ギルドの扉が勢いよく開いた。
「森でゴブリンが増えてる! Eランクじゃ手に負えない数だ!」
ざわめき。
受付嬢の顔色が変わる。
俺とレイナは視線を合わせた。
「戦術予測を開始します」
視界に警告表示。
ゴブリン複数。
集団行動。
放置すれば村へ被害。
選択肢が浮かぶ。
関わらない。
それとも――
レイナが静かに言う。
「悠真の判断に従います」
俺は、銀貨を握った。
冒険者として。
そして――
まだ自覚のない何かの始まりとして。
「……様子だけ見に行く」
「了解しました」
その一歩が、俺たちの規模を少しずつ拡張させるとは。
このときの俺は、まだ知らなかった。
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