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第二幕 黒百合
告白①
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やはり、この華という人物はかなりマイペースな女性らしい。
あれよあれよという間に外に連れ出された凛月は、あの家で華以外誰も知らないという、見晴らしのいい天然の展望台に来ていた。
「それにしても、私なんかに教えていいの?」
木々の葉に絶妙に隠されたその場所は、眼下に広がる遠月市を一望できる。隠れた名所というやつだろうか。華が他の人には秘密にしたがるのも分かる気がした。
「ええ。凛月様だけは、特別です♪」
そう言いながら、昼下がりの陽の光をちょうどよく遮る木陰のベンチに、2人で腰かける。
「ではさっそく。久遠家と、そしてわたくしたち妖についてご説明をさせていただきます」
心なしか、いつもと違って華の周りの空気が張りつめているように感じる。
そのせいだろうか。前置きもなく、華は突然本題を切り出した。
「まず前提として、大多数の人間はこちらから働きかけない限り我々を視ることは出来ませんし、触れることもできません」
そんな華にわずかな違和感をおぼつつも、凛月はうんうんと頷く。実際、ここに来るまで凛月には妖怪が見えていなかったのだから。
「ただし、いわゆる霊感のようなものがあれば話は別です。そして多くの場合、そういった能力は遺伝しやすいのです」
では、父と母のどちらか……いや、今の状況から見て久遠家は霊感がある家系、ということになるのか。
「久遠家は、江戸時代にこの遠月を最初に開拓した豪農だと聞いています」
想像以上にとんでもない経歴を持つ母の家系に、凛月は心の中で舌を巻く。
「恐らく、その時代から妖のことが視えていたのでしょう。山だらけだったこの地を、ダイダラボッチの力を借りて人の住める土地にした。そうして久遠家の方々は日の本でも有数の権力者となったそうです」
たしかダイダラボッチというのは、それこそ山ほどもある巨大な人の形をした大妖怪だ。妖怪にあまり詳しくない凛月も、なにかの映画で見たことがある。
「その協力の見返りとして、久遠家はいくつかの山を妖怪の住処として提供する。そうして差し出されたのが、この伊吹山を含む遠月三山です」
「なるほどなるほど」
たしか、角牛山と九狐山、だっただろうか。その2つの山でも、ここと同じように妖怪が暮らしているということになる。
「そして、そんな久遠家の現当主に当たるお方が、凛月様、あなたです」
そんな突拍子もないことを、華はさらりと口にした。
「へ、へええええええ?」
突然やってきた驚愕の事実に目を白黒させながらも、なんとか意識を保とうとする凛月。
「まあ当然といえば当然のこと。久遠の血を引いているのは、今や凛月様しかおられませんし」
「……そう、なんだ」
母は一人っ子と聞いていたし、たしかに過去に預けられた家は全て父方の親戚だった気がする。
「ここまではよろしいですか?」
「う、うん。なんとか」
「では、続いて我々、妖という存在についてです」
少し、嫌なことを思い出してしまった。
ハイペースで進んでいく華の授業に、凛月は置いていかれまいと気持ちを切り替える。
「多くの妖は人間の心の闇から零れ、産み落とされます」
「心の、闇?」
「はい。それは恨み、嫉妬、怒り、悲しみ。挙げればキリがありませんが」
一瞬、華が何かに迷うそぶりを見せる。だが、すぐにそれをひっこめ再び語り始めた。
「……そうですね。具体例として、わたくしたちの話でもしましょうか」
淡々と言葉を紡いでいた華の表情に、すこしだけ影が落ちる。
「あれは凛月様がまだ小学生ほどの頃だったかと。冬の雨の日、とある捨て犬と出会ったのを憶えていらっしゃいますか?」
「小学生の頃、か」
それは凛月にとって、一番触れたくない記憶。
「……あ」
それでも、捨て犬と出会った経験なんてそうそう多いはずもなく。しばらくして、凛月はとある河原での出来事を思い出した。
「もしかして、駄菓子屋のおばさんの」
昔、凛月がボロボロの傘で冷たい大雨の中を下校していた時。通学路だった河原の草むらで、真っ黒な捨て犬を見つけたことがあった。
雨でふやけてしまった段ボール。その中で震えていた泥だらけの子犬を、凛月は当然のように抱きかかえ家に連れ帰った。
だが、当時世話になっていた親戚からは飼育の許可が下りなかった。泣きながら子犬をもといた場所に返しに行く途中で、近所の駄菓子屋の店主に声を掛けられ、そこで飼ってもらうことになったのだった。
「そうです。その子犬が、花です」
あれよあれよという間に外に連れ出された凛月は、あの家で華以外誰も知らないという、見晴らしのいい天然の展望台に来ていた。
「それにしても、私なんかに教えていいの?」
木々の葉に絶妙に隠されたその場所は、眼下に広がる遠月市を一望できる。隠れた名所というやつだろうか。華が他の人には秘密にしたがるのも分かる気がした。
「ええ。凛月様だけは、特別です♪」
そう言いながら、昼下がりの陽の光をちょうどよく遮る木陰のベンチに、2人で腰かける。
「ではさっそく。久遠家と、そしてわたくしたち妖についてご説明をさせていただきます」
心なしか、いつもと違って華の周りの空気が張りつめているように感じる。
そのせいだろうか。前置きもなく、華は突然本題を切り出した。
「まず前提として、大多数の人間はこちらから働きかけない限り我々を視ることは出来ませんし、触れることもできません」
そんな華にわずかな違和感をおぼつつも、凛月はうんうんと頷く。実際、ここに来るまで凛月には妖怪が見えていなかったのだから。
「ただし、いわゆる霊感のようなものがあれば話は別です。そして多くの場合、そういった能力は遺伝しやすいのです」
では、父と母のどちらか……いや、今の状況から見て久遠家は霊感がある家系、ということになるのか。
「久遠家は、江戸時代にこの遠月を最初に開拓した豪農だと聞いています」
想像以上にとんでもない経歴を持つ母の家系に、凛月は心の中で舌を巻く。
「恐らく、その時代から妖のことが視えていたのでしょう。山だらけだったこの地を、ダイダラボッチの力を借りて人の住める土地にした。そうして久遠家の方々は日の本でも有数の権力者となったそうです」
たしかダイダラボッチというのは、それこそ山ほどもある巨大な人の形をした大妖怪だ。妖怪にあまり詳しくない凛月も、なにかの映画で見たことがある。
「その協力の見返りとして、久遠家はいくつかの山を妖怪の住処として提供する。そうして差し出されたのが、この伊吹山を含む遠月三山です」
「なるほどなるほど」
たしか、角牛山と九狐山、だっただろうか。その2つの山でも、ここと同じように妖怪が暮らしているということになる。
「そして、そんな久遠家の現当主に当たるお方が、凛月様、あなたです」
そんな突拍子もないことを、華はさらりと口にした。
「へ、へええええええ?」
突然やってきた驚愕の事実に目を白黒させながらも、なんとか意識を保とうとする凛月。
「まあ当然といえば当然のこと。久遠の血を引いているのは、今や凛月様しかおられませんし」
「……そう、なんだ」
母は一人っ子と聞いていたし、たしかに過去に預けられた家は全て父方の親戚だった気がする。
「ここまではよろしいですか?」
「う、うん。なんとか」
「では、続いて我々、妖という存在についてです」
少し、嫌なことを思い出してしまった。
ハイペースで進んでいく華の授業に、凛月は置いていかれまいと気持ちを切り替える。
「多くの妖は人間の心の闇から零れ、産み落とされます」
「心の、闇?」
「はい。それは恨み、嫉妬、怒り、悲しみ。挙げればキリがありませんが」
一瞬、華が何かに迷うそぶりを見せる。だが、すぐにそれをひっこめ再び語り始めた。
「……そうですね。具体例として、わたくしたちの話でもしましょうか」
淡々と言葉を紡いでいた華の表情に、すこしだけ影が落ちる。
「あれは凛月様がまだ小学生ほどの頃だったかと。冬の雨の日、とある捨て犬と出会ったのを憶えていらっしゃいますか?」
「小学生の頃、か」
それは凛月にとって、一番触れたくない記憶。
「……あ」
それでも、捨て犬と出会った経験なんてそうそう多いはずもなく。しばらくして、凛月はとある河原での出来事を思い出した。
「もしかして、駄菓子屋のおばさんの」
昔、凛月がボロボロの傘で冷たい大雨の中を下校していた時。通学路だった河原の草むらで、真っ黒な捨て犬を見つけたことがあった。
雨でふやけてしまった段ボール。その中で震えていた泥だらけの子犬を、凛月は当然のように抱きかかえ家に連れ帰った。
だが、当時世話になっていた親戚からは飼育の許可が下りなかった。泣きながら子犬をもといた場所に返しに行く途中で、近所の駄菓子屋の店主に声を掛けられ、そこで飼ってもらうことになったのだった。
「そうです。その子犬が、花です」
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