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01 ー nothing ー
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しおりを挟むざあ、と絶え間なく降り続ける、重苦しい雨。
朦朧としながら家に辿り着いて、狭いベッドに倒れ込む。
力尽き何もかもが押し潰されそうだった。
頭が重い。
何の記憶も無いくせに重たい。
気を失うように眠って、少し咳き込んで夜中に目を覚ます。
点けっ放した電気が煌々と狭い室内を照らしている。
深夜。
ぼうっとした頭で起き上がり、ペットボトルの水を一口飲む。
上着を脱いでもいなかった事に気付いて、黒のトレーナーとジャージに着替える。
締め付けないものが好きで、とはいえ何を着ても服がルーズになるくらい痩せていた。
別に困らない。苦しいよりはいい。
苦しいよりは。
ずっと気分が重かった。
余計な事を話した。
この前、あまりにしつこく心配…して来るから、仕方なく呼び名を告げた。
それも嫌だったのに、その名の理由となる、記憶がないままにどこかに捨てられていた事まで話してしまった。
彼が、誰かに言い触らす様な人ではないだろう事も、普段の班長としての動きを見ても分かる。
作業でミスがあれば、誰のせいとは言わずにただ状況だけを上に伝える。そして一緒に考えて対処してくれもする。
面倒見が良く公正な人間だとは感じる。
それでも、くだらない身の上を話してしまったこと、
しんどい重さに目眩がして、吐きそうになった。
空っぽだ。全部。
空っぽだから、こんな少しの重みでもすぐぺしゃんこに潰れるんだ。
空っぽである事を知られた。
自分が誰だか分からない事、誰も自分を探していない事を知られた。
名前を教えたが、それすらゴミみたいな由来だった。
普段番号や渾名で呼び合っている人達も、ちゃんと自分の名前を持っているのだろう。
難民でも犯罪者でも、生まれた時はそれなりに、期待や祈りを込めて付けて貰っただろう。
俺は何だ。
何処から来た。何処にいたんだ。何をしていた。
何も分からない。
ボロクズの様になって捨てられていた、ゴミの様な人間だった。
どうしてそんなゴミみたいな名前を、理由を話してしまったのだろう。
それは、自分がそれしか持っていないからだ。
ゴミしか。
数枚の写真。
それと、発見された時に着ていて、救助時に切り裂かれてボロ切れのようになった衣服。
それだけが、自分の持ち物だった。
とても大事なもの。
けれどまるで意味の無いもの。
ゴミ。
写真は紙焼きで、裏書きも何も無い。
写っているのがいつなのか、誰の顔かも思い出せない。
何だ、これ。
その写真にも、自分は居ない。何処にも居ない。
何だこれ。これは誰だ。
誰。
俺は。
目を閉じても何もない。
夢の中に、記憶の断片がせめてあればいいのに、と思いながら
そのまま後悔と疲労感に押し潰され、また気を失うように眠りに落ちた。
もういい。もうどうでもいい。
どうでもいい。
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