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02 ー he ー
24-3
しおりを挟むこの人はどうして俺といるんだろう。俺といたって、面白くも何とも無いだろう。
俺だって自分自身をどうしていいか、何をしていいかも分からないのに。
海はぼんやりと、所在ない自分を持て余し、辺りの木立に目をやる。
そしていつかの夜、季節外れの蝉の死骸を見つけて、埋めた、その樹の根本を見ていた。
たった一人、振り絞るように鳴いて、一人でむくろを晒していた。
次に生まれて来る時は、一人ぼっちじゃない時期に生まれて来いと、祈った。
あの時は、自分も、痛いほど一人だった。
死ぬ時に誰か思い浮かべる人はいるのだろうか、と考えた。
……今は、どうなんだろう。
今は、誰かが傍にいる。
傍にいて、何だかんだ、色々と構って来る。
どうしていいか分からずに、ただ頷くしかなくて、少し困っている自分がいる。
一人ではない重さ。隣に誰かがいると、遮られて、影になる。
けれど、この人のそれは、
きつい日差しも、激しい雨からも、遠ざけてくれる、
流れる涙を隠してくれる、大きな……
……傘…みたいな……
「どうしたの」
声を掛けられて我に帰る。
いつの間にか顔を上げ、隣の相手をジロジロと見ていたようだ。
「僕の顔に何か付いてた?」
バナナしか食べてないけどさ、と、見つめられて照れたように顔をごしごしと拭う。
「……あ、別、に……」
海は、慌てて顔を木の方へ向けて誤魔化した。
「前に……この下に、死んだ蝉を埋めたんだ……」
「そうなんだ」
慌てて口に出した事が、駅で話しかけられた事に連想される。
「……神様を信じるかって言われても、どうしてああいう生き物がいるのか分からない……」
「うん……?」
「あれに生まれたら、どうなるのかと思う」
「……」
「何年も一人で暗い中にいて、やっと外に出られたのに、あっという間に死ぬんだ。あいつらにしてみれば、神なんていない」
班長は、ウーン、と空を見上げて考える。
そんな事考えてるのか。それで怪しい宗教の話なんか聞いちゃうのかな。
水中生物にもそういう生態のがいたな。
他にも、受精後に相手を食っちゃうのや、生まれた子供に自分を食わせるのもいる。
人間だって、脳が大きいのに、女性のあんな狭い所を無理矢理通って産むものだから、いまだに出産が命懸けだったりする。それでも人類は脳を小さくしようとはしない。全て生存戦略としてそうなのだ。
神様に聞いても、そういう風に作ったのだ、としか言わないだろう。
「……どうだろうなぁ。生物の目的が、生殖と繁殖だとしたら、蝉って、成長するまでの人生の面倒を全部取っ払って、地上で一番の目的をすぐに達成出来る事になるよな。それをやり切ってあっさり終わる。結構、単純明快でいいかもよ」
「……」
海はしばらく黙る。
その呆れるほど前向きな考え方に驚いて、言葉も出ない。
そうか。そういう考え方もある。
だとしたら。
何も無い、俺みたいな人間にも何か、この世に役割があるのだとしたら、それまでずっと丸くなって眠って、やり終えたらすぐ、終われるのか。
それがいい。
それになりたい。
俺の役割。それは何だろう。
あるのなら、さっさと、終えて、終わってしまいたい……
引きずる苦しみ。孤独。全部、早く終わらせて。パッと、消える。
そうなりたい。
憧れ。
「ま、僕は、面倒なのも嫌いじゃないけどね」
班長はその考えを見透かすように笑う。
「例えば、君とか」
「……」
また一瞬で胸が詰まる。
「俺……は……」
面倒。
そんなに面倒なら、どうして。あんたは。
「ごめん。でも、そういうのも楽しいからさ」
へへ、と笑って、あ、そうだ、と顔を上げる。
「そうだ、手、怪我、どうなった?」
「え、あ」
急に言われて慌てる。
「今日会いたかったのは、さっきの紫陽花と、それ。こないだ痛そうだったから」
「ああ……、もう、痛みは無い、です」
「絆創膏、貼り替えても、大丈夫かな?」
少し慎重な感じで尋ねられる。
「……ア、……うん……」
覚悟をする。
この前屋上で、嫌な感じにはねのけてしまった事をずっとぐるぐると反省していた。
古いのを自分で剥がしてから、ひと呼吸して恐る恐る手を差し出す。
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