266 / 401
03 ー slowly ー
7
しおりを挟む「上着その辺に置いて。今コーヒー淹れるから、座ってて」
そう言われて、素直にいつものソファに腰掛ける。
カウンターのコーヒーメーカーに豆と水をセットし、落とす。
豆を粉砕する音、湯が沸いて落ちる音。小さな工場のようなオートメーションマシン。
「その機械、面白いな」
「ああ、うん。忙しい時はインスタントも使うけどね。今はゆっくり出来るから、少し待ってて。寒くないかい」
そう、ゆっくり待ってて。
すぐ帰らないで欲しいから、わざわざ豆から挽いて、4杯分もセットした。
「豆も色々な産地や種類あるから、面白いよ」
「ふぅん」
立ち上がって、珍しそうにコーヒーメーカーを見に来る。
熱で水が沸き、適量の湯が少しずつ粉を浸して、ガラスのサーバーに落ちる。
「豆も挽き方で抽出が変わるし、機械じゃなくて自分の手でお湯を注いで落とすのも面白いよ」
「お茶なのに、上から落とすんだな」
「紅茶みたいに、お湯に浸けて濾すやり方とか、サイフォン使ったり、色々あるよ。コーヒー自体、実じゃなくて種だし、それを乾燥させて、焙煎して、粉にして、お湯を通してって面倒臭い事する飲み物だよね。一旦動物に食わせたり、バニラの棒入れたり、バター染み込ませたり、何かやたらと面倒臭い事してる。そこまでして何なんだろうね」
「面倒臭いのがいいんだろうな」
「そうだな。僕は面倒くさいの、好きな方かも知れない」
誰かの事も同じようなものか……と少し赤くなった。
海はそんな事には気付かずに、カウンタースツールに腰掛けて、落ちるコーヒーの滴をずっと見つめている。
三箇所の穴からかわるがわる落ちる水音のリズム。
ぽつんと呟く。
「ガラスの中で、雨が降ってるみたいだ」
「そうだな」
可愛い事を言う。
本当に雨が好きだな……と思いながらコーヒーカップを並べて、ミルクと砂糖を出す。
「せっかく買ってもらったし、バナナ食うかい?」と、一応尋ねてみる。
「いいよ。あんたのために買ったんだ。走る時に食べるんだろ」
「まあ、もう途中で補給する程の距離は走らないけど、ちょっと運動する時は便利だな。朝飯とかにもするよ。ありがとうな」
「うん」
コーヒーのつまみに、さっき自分で購入したココアのクッキーを皿の上に並べる。
「俺、コーヒーには砂糖要らない」
「え。大丈夫?」
「大丈夫って俺、そんなに子供じゃないよ」
「だって、坊っちゃん」
うるさいな、と君は少し笑った。
「前に、デザートがある時は、砂糖入れない方が美味しいって教えてくれただろう」
「そうか。憶えてたの」
「うん」
バナナ買ってくれた事もだけど、こういう、自分が話した小さな事を憶えていてくれるのが嬉しい。
「ミルクは入れるかい」
「うん。入れる」
コーヒーをポットに移し、ミルクは冷蔵庫から出したまま、トレイに一式乗せてソファに移動する。
「あ、ミルク温めようか」
「俺のはいい」
そう言って海はマグカップの中で、コーヒー半分を冷たいミルク半分で割った。
「そんなに入れるのか」
「こうすると温度がちょうどいいんだ。苦くなくていいし」
「はあ、なるほど」
やっぱり子供みたいな事言ってる。
彼の作ったのは、要はスタンダードなカフェオレだ。大きな器で飲むやつ。
自分ではこんなに入れた事はないが、真似してやってみると、砂糖を入れていないのにほのかなミルクの甘味があって、なかなかだった。
「美味しいかも」
「だろ。売ってるやつは全然ミルク足りないよ」
「そうかもな」
自分には少し、コーヒーの濃さと温度が足りない。もっと濃くて、熱くていい。
でも彼が楽しそうで、だからそれでいいと思って付き合う。
向かい合ってクッキーを摘みながらコーヒーを飲み、今日職場であったような、他愛もない話をして、少し笑って、穏やかな時間が過ぎる。
目の前で両手でカップを持ちながら、物静かに頷いたり、少し微笑んだりしている姿に見惚れてしまう。
ローテーブルだと、向かい合った時に自然と身体が前かがみになって、少し顔が近くなる感じもいい。
なかなか目を合わせてくれないけれど、たまに長めの前髪の隙間からこちらを見上げてくる。
その黒い目がとても綺麗で、好きだと思う。
「コーヒー、もっと飲む」
「もういい」
「そうか」
コーヒーも飲み終わって、会話が途切れがちになる。
……まだ、帰らないで欲しい。
「隣、座っていい」
「……え……」
何気なく聞いたつもりだったが、それきりしばらく黙られた。
しいん、という音が聞こえるくらい。
「そっちに、行っていい?」
もう一度確認する。海はまたしばらく黙って、それから口を開いた。
「……お前の家だ、好きにすればいい」
「うん……」
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる