海のこと

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03 ー slowly ー

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「上着その辺に置いて。今コーヒー淹れるから、座ってて」

そう言われて、素直にいつものソファに腰掛ける。
カウンターのコーヒーメーカーに豆と水をセットし、落とす。
豆を粉砕する音、湯が沸いて落ちる音。小さな工場のようなオートメーションマシン。

「その機械、面白いな」

「ああ、うん。忙しい時はインスタントも使うけどね。今はゆっくり出来るから、少し待ってて。寒くないかい」

そう、ゆっくり待ってて。
すぐ帰らないで欲しいから、わざわざ豆から挽いて、4杯分もセットした。

「豆も色々な産地や種類あるから、面白いよ」

「ふぅん」

立ち上がって、珍しそうにコーヒーメーカーを見に来る。
熱で水が沸き、適量の湯が少しずつ粉を浸して、ガラスのサーバーに落ちる。

「豆も挽き方で抽出が変わるし、機械じゃなくて自分の手でお湯を注いで落とすのも面白いよ」

「お茶なのに、上から落とすんだな」

「紅茶みたいに、お湯に浸けて濾すやり方とか、サイフォン使ったり、色々あるよ。コーヒー自体、実じゃなくて種だし、それを乾燥させて、焙煎して、粉にして、お湯を通してって面倒臭い事する飲み物だよね。一旦動物に食わせたり、バニラの棒入れたり、バター染み込ませたり、何かやたらと面倒臭い事してる。そこまでして何なんだろうね」

「面倒臭いのがいいんだろうな」

「そうだな。僕は面倒くさいの、好きな方かも知れない」

誰かの事も同じようなものか……と少し赤くなった。

海はそんな事には気付かずに、カウンタースツールに腰掛けて、落ちるコーヒーの滴をずっと見つめている。
三箇所の穴からかわるがわる落ちる水音のリズム。
ぽつんと呟く。

「ガラスの中で、雨が降ってるみたいだ」

「そうだな」

可愛い事を言う。
本当に雨が好きだな……と思いながらコーヒーカップを並べて、ミルクと砂糖を出す。

「せっかく買ってもらったし、バナナ食うかい?」と、一応尋ねてみる。

「いいよ。あんたのために買ったんだ。走る時に食べるんだろ」

「まあ、もう途中で補給する程の距離は走らないけど、ちょっと運動する時は便利だな。朝飯とかにもするよ。ありがとうな」

「うん」

コーヒーのつまみに、さっき自分で購入したココアのクッキーを皿の上に並べる。

「俺、コーヒーには砂糖要らない」

「え。大丈夫?」

「大丈夫って俺、そんなに子供じゃないよ」

「だって、坊っちゃん」

うるさいな、と君は少し笑った。

「前に、デザートがある時は、砂糖入れない方が美味しいって教えてくれただろう」

「そうか。憶えてたの」

「うん」

バナナ買ってくれた事もだけど、こういう、自分が話した小さな事を憶えていてくれるのが嬉しい。

「ミルクは入れるかい」

「うん。入れる」

コーヒーをポットに移し、ミルクは冷蔵庫から出したまま、トレイに一式乗せてソファに移動する。

「あ、ミルク温めようか」

「俺のはいい」

そう言って海はマグカップの中で、コーヒー半分を冷たいミルク半分で割った。

「そんなに入れるのか」

「こうすると温度がちょうどいいんだ。苦くなくていいし」

「はあ、なるほど」

やっぱり子供みたいな事言ってる。
彼の作ったのは、要はスタンダードなカフェオレだ。大きな器で飲むやつ。
自分ではこんなに入れた事はないが、真似してやってみると、砂糖を入れていないのにほのかなミルクの甘味があって、なかなかだった。

「美味しいかも」

「だろ。売ってるやつは全然ミルク足りないよ」

「そうかもな」

自分には少し、コーヒーの濃さと温度が足りない。もっと濃くて、熱くていい。
でも彼が楽しそうで、だからそれでいいと思って付き合う。

向かい合ってクッキーを摘みながらコーヒーを飲み、今日職場であったような、他愛もない話をして、少し笑って、穏やかな時間が過ぎる。

目の前で両手でカップを持ちながら、物静かに頷いたり、少し微笑んだりしている姿に見惚れてしまう。
ローテーブルだと、向かい合った時に自然と身体が前かがみになって、少し顔が近くなる感じもいい。
なかなか目を合わせてくれないけれど、たまに長めの前髪の隙間からこちらを見上げてくる。
その黒い目がとても綺麗で、好きだと思う。

「コーヒー、もっと飲む」

「もういい」

「そうか」

コーヒーも飲み終わって、会話が途切れがちになる。
……まだ、帰らないで欲しい。

「隣、座っていい」

「……え……」

何気なく聞いたつもりだったが、それきりしばらく黙られた。
しいん、という音が聞こえるくらい。

「そっちに、行っていい?」

もう一度確認する。海はまたしばらく黙って、それから口を開いた。

「……お前の家だ、好きにすればいい」

「うん……」
 
 
 
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